29. 予兆『異変と探り』 その①
これは茶トラ柄の化猫の、地下迷宮攻略の数日前の出来事。
ディビナス帝国内のグレイマーシュ辺境伯領地には今、冒険者達が集まり始めていた。
この領地は城塞国ウォーリルとの国境付近に位置しており、その土地の大半は森林が占めている。そして近年、その森林から熊や猪の魔物が、人間の生活域まで降る問題が顕著に現れていた。
領主は本件について逸早く手を打ち、自国のみではなく、近隣国で活動している冒険者達へも魔物討伐の依頼要請をしたのだった。
そしてその要請を受け、冒険者「アーサー・ベネット」もその領地へと赴いていた。
黒髪赤目の高身長な齢三十程の男。背中には一メートル近い大剣。顔には魔物に引っ掻かれた様な古傷と、体格としてはゴツイとまではいかないものの、ヒョロくは見えない程には筋肉がついている。
そんな彼はソロで活動しているA級冒険者である。
冒険者は基本的にパーティを組むのが一般的だ。
後衛での、仲間を支援から火力まで務める魔法使いや弓使い。中衛での、主に魔物の様子を観察し前衛の補助などを行う魔道具使いやテイマー。前衛での、皆を守る盾士や前線を張る剣士等、役職を挙げればキリはないが、強大な力を持つ魔物達に対抗するために、人間達は知恵と連携を用いて対抗していた。
対して、彼は基本的にパーティを組むことはない。
時折、ギルドの依頼〈クエスト〉受注条件により居合わせた冒険者達に同行を依頼することはあるものの、その仲間達にも背中を任せることはない。
信じられるものは己の力のみであり、自分以外の冒険者など足手纏いとしか考えていないのだ。
彼はたった一人でA級冒険者の階級まで上り詰めた。
それは「国家を滅ぼせる力を持つ魔物と渡り合える実力者」と認められる階級。
冒険者の中でもこの階級は、上位一%ほどしか存在せず、更にパーティを組まずしてこの階級まで上り詰めたものなど、歴史的に見ても片手で数えられるほどしか存在しない。
A級の中でも特に世界に名の知れた、まごうことない実力者である。
そんな彼は今、ギルド長からの要請により冒険者ギルドへと訪れていた。彼は受付でとある手紙を見せると、直様面会室まで案内された。
そこに待ち構えていたのは、ガタイの良い齢四十程の大男。このギルドの長である。
「緊急の呼び出しに応じてくれた事、感謝しよう。今最もS級に近い男に力添えをもらえるのは心強い限りだ」
彼は腰を上げると、ゆっくりとアーサーへと歩み寄り手を差し出した。アーサーはその手を軽く握り返した後、ポンの背中を軽く叩く。
「窶れているわりに、冗談を言える余裕はあるようだな。茶もいらん。長居する気はない」
アーサーは彼の返答を待たずに、目の前のソファーへと腰をかけた。ギルド長は彼の様子に軽く息を吐いた。
「こちらへの心遣いありがたい限りだ。あまり表には出さないようにしていたのだが…………いやそうだな。さっさと本題に入ってしまおうか。知っての通り、あの森についてだ」
ギルド長はアーサーの対面に座り、彼へとまとめ上げられた書類を手渡す。
アーサーは直様、資料を受け取り目を通し始めた。
彼はページを捲るごとに、眉間に皺を寄せていく。
「血飢熊〈ブラッディベア〉に黒突猪〈ブラックラッシュボア〉。どちらもB級相当の魔物だな。それがこれ程上がっているとは、想像以上だな」
B級相当の魔物。
これは「町を滅ぼせる力を持つ魔物」を指している。
それがここ毎日、人々が行き交う貿易路に現れるという異常事態が発生していた。
現状の被害を最小限に抑えられているのは、早期に通行規制を行い、近隣の住民へ外出を控える様に領主からお達しを出せていること。
それに加えて、人類が魔物の脅威から身を守るために作られた国際組織『国際魔物対策評議会』、通称『IMC』により、本魔物討伐に対する報酬金の引き上げ措置が行われたこと。それによって自国のみならず、他国からも冒険者の手が回っていたからであった。
ギルド長は深刻な面持ちで重い口を開いた。
「明確な原因は未だ不明だ。おそらく大森林内にて、勢力争いがあったのではないかと推察はされているが…………これだけのB級の魔物が動き出す事態だ。こちらとしても慎重にならざるおえなくてね」
ギルド長の自嘲気味な声調に、アーサーは鼻で笑い返す。
「いや、安易にB級冒険者を集め森へと派遣しなかったのは、懸命な判断だ。まずは脅威度が明確であるB級の魔物退治を優先させ、その後A級へ大元の調査依頼を頼むというのは至極真っ当だろう」
「理解を示してくれてありがたい限りだ。脅威度を見極め、適切な等級に定めるのが我々冒険者ギルドの仕事だからな。更にいえば、ユグコットルの大森林の西方でA級の化け物となれば尚の事、な」
ギルド長は険しい表情を浮かべながら、また別の書類を手渡す。その書類の表紙に書いてある内容に、アーサーはピクリと反応を見せた。
「…………やはり『蠱毒の地下迷宮』か」
「今世界で確認されている、数少ないA級相当の地下迷宮。一階層でもB級と危険度は高く、これまでの犠牲となった冒険者は数知れない。現時点の見解として、この地下迷宮の関わりが濃厚とはされているが…………地上では生命活動を維持できない魔物擬の特性上、断定とまではいかない状況だ。アーサー。君はこの状況をどう考える?」
ギルド長の問いかけにアーサーは顎に手をあて長考する。
「…………一概に、あり得ない話ではないな。あの地下迷宮の脅威は主に『魔毒』だ。この魔毒の恐ろしい点は、生命の核心に関わる魔力を汚染させる効力と、その解毒手段の少なさがよく挙げられるが、自然の毒では見られないその『感染力』も馬鹿にできたものではない。これは仮説に過ぎないが、地上の魔物があの地下迷宮に足を踏み入れ、魔毒を地上に持ち帰ってしまったとすれば、地下迷宮付近の西方の森が荒れるのには説明はいく」
「……もしその仮説が正しいのであれば、問題は西方のみに収まらない、か。いや、もう既に手遅れなのかも知れない」
ギルド長はアーサーの返答にわかりやすく頭を抱えた。
彼はその様子に渡された資料を目の前の机へと置いた。
「……その心は?」
「実を言えば西方の森の魔物達が活発化している一方で、北方に生息しているゴブリンからの被害が、数年前から著しく減っているのだ。当初は前々から観測されていたゴブリンロードが、西方の森へ侵略行為を行なっていることで、相対的に人間への被害が減ったと考えていたが………」
「ゴブリン共が地下迷宮を刺激した可能性も考えられなくはない。が、こればかりは実際に調べてみない限り推測の域を出ないな。最悪の事態を考えるのならば、まずは西方の森と『蠱毒の地下迷宮』への調査を急ぐのが良いだろう」
「全くもって、その通りだな。分かった。ユグコットルの大森林の西方及び、『蠱毒の地下迷宮』の調査依頼についてはこちらで正式な依頼〈クエスト〉として手配しよう」
「事態は急を要する。あくまで調査依頼であり攻略依頼でないのならば、B級での依頼〈クエスト〉としてさっさと俺の方で対処してしまっても構わないが?」
「いいやそれは認められない。あの地下迷宮の危険度は未知である今ですらA級の見積だ。ギルドとして、A級冒険者一人では受け入れる訳にはいかない。こればっかりは上の取り決めでな。事態の緊急性はこちらとしても十二分に理解してはいるが、少なくともB級冒険者パーティ四組は取り付けて欲しい。こちらも急ぎ後続対応は進めよう」
『国際魔物対策評議会〈IMC〉』にて定められた規定として、B級以下の対応であればギルド長の承認のみで正式な依頼〈クエスト〉として定めることができる。
そして、A級冒険者の特権として緊急度の高い事象の場合は、事後承認として即時対処を実施することは可能なのだ。
しかしA級以上の対応となる場合は、必ずギルド長からIMCへ承認対応が必要となる。またこの承認を得るためには、事象や対処の方針等の説明が必要となるため、即時での対応はできない。
歴史としてA級以上かつ、冒険者が対処しなければならない即時の事象が過去確認されてないため、この様な取り決めとなっているのだ。
アーサーはギルド長からの返答に、わかりやすくイラついた。
「現場を知らない上の定めた規定か。面倒な事だな」
「まぁそう言うな。A級以上の実力者の損失は人類の存続に関わるんだ。理解して欲しい」
「分かっているただの小言だ。しかしA級見積の依頼〈クエスト〉でB級四組、A級一人のアサインとはそれなりの譲歩だな」
「あぁそれなんだが。実は本件について、領主殿から兵を派遣いただけるとお達しがあってな。地下迷宮調査であってもお力添えを頂けることは既に確認済みだ」
「流石、この国は魔物の危険性をよく理解している。こちらとしても、統率の取れた戦力が加わるのはありがたい。しかしそこまで取り付けたのなら、そのB級四組を取り付けるのもギルド長の役割ではないのかな?」
アーサーの揶揄う様な口調に、ギルド長は乾いた笑いを返した。
「よく言えたものだ。お前私の選定したパーティーを何度蹴ってきたと思ってるんだ。それに今回はA級相当の依頼になる。こちらで勝手に選ばれるよりも、お前の信じられる相手を好きに選んでもらう方がいいだろう」
「分かった。B級パーティ四組。そうだな、後二人B級で取り付けたい人材がいるのだが問題ないか?」
「多い分には問題ない。分かった。それではこちらでも取り急ぎ手続きを進める。何かあったら俺が責任を取ろう。今はお前だけが頼りなんだ…………あぁ、ただ一つ、今回の調査について領主殿から要望を受けてな。これは一応伝えておかなくてはな」
「要望だと?原因調査とは別でか?」
「あぁ。本調査中、ユグコットルの大森林内に生息している『茶色の子猫』を見かけたら殺さず無力化し捕えろ、と。意図はよく分からないが、頭の隅にでもおいておいてくれ」
「……了解した」
アーサーは何か腑に落ちないような顔を浮かべながらも、その場を後にしたのだった。
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