25. 攻略『蠱毒の地下迷宮』 第一階層①
僕は地下迷宮を前にして、あるニオイと音を知覚し足を止めていた。
まるで色々な毒が混ざり合ったような鼻を刺す悪臭。
そして、無数の虫がカサカサと蠢くような音に、羽虫が羽ばたくような音。
更に「上感覚」によって研ぎ澄まされた僕の聴覚は、地下空洞内の羽虫が羽ばたく反響音から、この地下迷宮の内部構造まで捉えられていた。
『この地下迷宮…………めちゃくちゃに広いし相当深いね』
内部は複雑に入り組んでいるように感じられた。例えるなら、蟻の巣を人間サイズにまで巨大化したかのような構造になっているみたいだ
僕は心の中でため息をつく。
『まぁ、何であれ僕のやることは変わらないんだ。これだけ中が広いっていうなら尚のこと、もたついてる暇はないよね』
僕は意を決してその地下迷宮へと飛び込んだ。
技能『隠密』を使いながら、技能『固空』によって空気を道のように固めて空中を歩いていく。羽虫に警戒はしつつ、地面で蠢く虫達に察知されないよう神経を尖らせる。
どうやら『隠密』を使っていれば誤魔化しは効くようだ。
それからいくらか歩みを進めていると、完全に地上からの光が途絶えて、一寸先すら見えなくなってきた。
まぁ僕の場合は能力「上感覚」のおかげで、やろうと思えば一瞬で目を暗闇に適応させられるし、今時点で聴覚や触覚で十分に補えてるから特に問題はないんだけど。
視覚から得られる情報だってバカにはならない。
僕は視覚を研ぎ澄ませて暗闇に目を適応させた。
そしてその瞬間、僕はその内部に存在する『無数の虫』の存在を視覚でも捉えた。
この地下迷宮の内部、地面や壁面だけじゃない。天井にもびっしりと小さな昆虫が蠢いていた。
聴覚ですでに感じ取っていたとは言え、実際に目で見ると体のゾワゾワが止まらない。
ポタポタ何かが落ちる音も聞こえてると思ってたけど、天井から虫が落ちてきていたのだ。これ魔毒とか関係なしに、ダメな人はとことんダメな部類だと思う。
僕も正直、そういうのは得意な猫じゃないんだけど。。。
でも同時に、ちょっとだけ興味もあった。
この有象無象の虫達なんだけど、地上では全く見たことがなかった。
それも当たり前だ。地上には『魔毒』を扱う魔物なんていなかったのだから。
見た目は蟻と蜂っぽいんだけど、数が多すぎて単体の姿がどういうものなのかすらよく分からない。
『ちょっとステータスでも見てみよっかなー』
僕は興味本位で、その虫たちに意識を向けて『ステータス』を覗いた。
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種別:魔物擬〈ノンスター〉
種族:魔毒刺蟻〈トキシパラポネラ〉
技能:『魔毒生成』『強痛針』『強蟻酸』
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種別:魔物擬〈ノンスター〉
種族:魔毒雀蜂〈トキシヴェスパ〉
技能:『魔毒生成』『毒嚢針』『飛針』
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『へぇーー、やっぱり魔毒っていうのに特化した生き物っぽいね。でも「魔物擬」っていうのは初めて見た。擬ってことは純粋な魔物とは違、う………………ん?』
『隠密』を使っているとは言え迂闊だった。
『ステータス』がどう言うものはかよく分かっていないけれど、どうやら使われた側は察知するらしい。
そう言えば、赤肌のゴブリンも『ステータス』使った後なんか反応していたのを今頃になって思い出す。
さっきまでは聞こえてこなかった「カチカチカチカチ」という顎を鳴らすような音が、地下迷宮内に響き渡る。
うん、どう聞いても威嚇音でしかないね。
嫌な予感が最高潮に達する。
その次の瞬間。
洞窟の半分以上を埋め尽くすほどの虫の大群が一斉に僕へと向かってきた。
迫り来る集合体に、僕の体は反射的に動いていた。
『――ッうわあああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!きもいきもいきもいきもいきもいきもいッッ!!!!!』
僕は全力で『空蹴り』をして、勢いよく空を駆け全力疾走する。『隠密』なんて最早なんの意味もなしていなかった。
技能『固空』を使って蜂達の進路を妨害してみるけど、いかんせん数が多すぎて焼け石に水にすらならなかった。
そして僕が蜂達に意識を向けていると、地面から何か訳わからない液体が飛んで来るのを認識する。
まぁそれは「上感覚」の目の能力。
「相手の体の動きや癖を見て、数秒先どう行動するかを予測できる能力」によって既に察知済みだ。
僕はその液体を『空蹴り』によって固めた空気の足場を更に広がることで直撃を防いだ。
見たところただの唾液というよりも、強烈な酸液っぽい。たぶん、さっき見た蟻の技能『強蟻酸』がこれにあたるのだろう。
今の内に触れておいてこの酸に対する耐性得るのもいいけど、そんな余裕は今の僕にはない。
僕は全速力で地下迷宮の奥へ奥へと空蹴りをする。一応スピードとしては僕のほうが速いようだけど、僕の体力も無限じゃない。
なんなら猫の専門は長距離走じゃなくて短距離走なんだ。このまま逃げているだけじゃ、自分の首を絞めるだけだ。
『とは言えこの数の毒虫なんてどうしたら――ッ!?』
後方を確認しながら空蹴りをして距離を取ろうとしていると、背後から酸液とは別の何かが飛んで来るのを視覚の能力で察知した。
僕はこの瞬間に技能『反射神経強化』を使い、体感時間を引き延ばして擬似的に時間を止めて、それがなんなのかを認識した。
それは針だった。
先端は鋭く尖っていて極小の返しがいくつもついている。それに何が凶悪かって、この針にくっ付いている丸っこい臓器のようなものだ。
その臓器のようなものは一定の間隔で心臓のように収縮を繰り返し、その度に針の先端から嫌ぁな液体が飛び出している。
そう言えば前世、蜂に関してこんなことを聞いたことがある。
確か蜜蜂だったと思うんだけど、蜜蜂の針は内臓とつながていて、針を刺すとその内臓ごと抜け落ちてしまって絶命してしまう、とかなんとか。
ただこの魔物名前的にはスズメバチだし。しかも、この針飛ばしてきた蜂も死なずになんか次の針をリロードしているように見えるんだけど。
まぁそこはやっぱり異世界ということなんだろうと納得するしかないだろう。
これは間違っても直撃はしたくない。
魔毒の耐性はこの地下迷宮に入る前には獲得はしているけど、自分の体に得体の知れない液体が入り込むのはよしとしたくない。
僕は擬似的に時を止め続けている中、じっくりと思考する。
『んー、この状況。どうしたものかなぁ。この洞窟、先がかなり細かく分岐してるんだよねぇ。一応反響音から最短ルートで奥に潜れてはいると思うんだけど、一度でも間違えて行き止まりに当たったものなら…………あんまり想像したくないね。ほんと殺意の塊すぎるよ』
追われてはいるものの道を違えることなく、順調に最短ルートで奥へ歩みを進めてはいる。
魔石がどこにあるかは知らないけど、どうせこういうのは最奥だろう。現に、ここあたりにそれっぽい力を秘めた石は確認できてない。
でも、状況を整理できたおかげか気持ちも落ち着いてきた。
ここはちょっと僕も反撃策を考えないと。
『今僕にできる最大の攻撃と言ったら、やっぱり『アレ』かな?』
僕は『変化』によって自身の身体をいつもの三倍近くまで肥大化させ、牙大蛇〈ファングスネーク〉の技能である『筋肉流動』により右前足に筋肉を一点集中させる。
更にダメ押し、空甲虫〈スカイビートル〉の『甲化』により前足を硬め、尖爪烏〈クローレイブン〉の『尖爪』により爪の切れ味をも強化する。
『よし。体力消耗もまぁまぁキツイけど、これしか道ないしそんなこと言ってられない。後はー…………あった!』
この洞窟の中には自然にできた石柱が数多く立っている。そこにも虫がビッシリついてるのがなおのこと気持ちが悪いけれど、この石柱を利用しない手はない。
石柱切り離して防壁にして進路を塞ぐ?
いいや、それよりももっと確実な方法がある。
僕は切れ味を強化した爪によって、石柱の根元と天井部分を切り離す。そして『固空』によって切り離した石柱周りの空気を固める。
『よし!これで完成!』
数々の石柱を切り離してそれを『固空』によって束ねあげる。これで『砲弾』の用意は完了だ。
残るはあの技能だけ。
それはこの森には生息していない魔物の持つ技能。
豹柄のお兄さんが僕の能力を見越して、人間の市場からその食用の魔物を仕入れてくれたおかげで覚えられたのだ。
元の世界には魔物も技能もなかったけど、その小さな身体に合わない『常識はずれのパンチ』を放つソイツはそれなりに有名だった。
魔物ですらないはずのソイツの放つパンチは、海水を沸騰させる程の威力を持つ。
その生物の名は蝦蛄。
時速八十キロのパンチを放つ海底のボクサー。
その常識はずれのパンチ力はこの異世界においても健在だ。
これこそが今の僕の最高火力。
砕岩蝦蛄〈クラッシュリンプ〉の持つ超凶悪な技能。
『瞬 殴 打ッ!!』
――――ボゴォォォォォォォォォォン!!!
『固空』によって固定した巨大な石柱の束を全力で殴り抜ける。
まるで大砲でも撃ったかのような、強烈な衝撃音が洞窟内に響き渡った。
とてつもない反動が腕に響く。
『甲化』がなければ正直腕の原型は留められていなかっただろうし、正直これでもかなり痛い。
でもそう言ってもいられない。
僕はすぐさま『隠密』で身を潜めた。
僕のパンチで吹き飛んだ石柱は虫の大群に直撃し、洞窟内を削りながら吹き飛んでいった。
今はもう背後から迫る虫の気配は完全に消えている。更に砂埃も舞立た事で視覚的にも隠れられているはずだ。
まぁこれだけ暗い環境に適応してるなら、そもそも目はあんまり発達はしてない可能性もありそうなんだけど。
今度は調子に乗らず、息を殺して空中で身を固める。
今の衝撃で騒がしくなっていた虫達は結局僕の気配を探ることはできず、次第に落ち着きを取り戻していく。
僕は慎重に虫達の様子をうかがいながら、ゆっくりと歩みを進めるのであった。
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