24. 序章『蠱毒の地下迷宮』
ディビナス帝国の東南側には、『ユグコットル』と呼ばれる大聖樹が存在している。天を貫くほど高く聳え立つ大聖樹、それを中心として広大な森林が広がっており、そこには主に魔物を中心とした生態系が築かれていた。
そして今、その森林の北側に位置するゴブリンの縄張りでは、人知れずひりついた空気が流れていた。
大人の化猫が二匹と子供の化猫が一匹。
内子供の化猫は魔毒に侵され意識を失っている。
対して、その猫三匹を囲うように緑色のゴブリン達は身構えていた。王からの命令一つで、今直ぐにでも襲いかかれるといった様子だ。
「……ッハァァァァーー…………ッタク、肝が冷えルナ。安心シロ。貴様らに手を出すつもりはネェ」
ゴブリンの王である赤色のゴブリンは、茶トラ柄の子猫が去ったのを確認するや否や、大きな溜め息をついた。
緊張の糸が解けたように全身脱力し、近くの丸太に腰をかけ緑色のゴブリン達に軽く合図を送る。
緑色のゴブリン達は顔を顰めながらも、臨戦態勢を解いた。
一方でそんなゴブリンの王の姿を見て、化猫の戦士は二匹は変わらず身構え続けていた。隙だらけに脱力している今ですら、赤色のゴブリンの持つ威圧感に全身の力を抜くこともできなかった。
『…………いったい何を企んでいる?お前らにとっちゃ今暴れようが日暮れまで待とうが話はそう変わんねぇだろ』
化猫の戦士は思考していた。
例え、ここで暴れずに茶の子が魔石を咥え戻って来たとしても、茶の子が素直に取引に応じる保証なんてどこにもないのだ。茶の子からしてみれば、魔石を手に入れて黒の子を解毒さえしてしまえば、その後魔石を折半する意味はないのだから。逆に、黒の子に手を出したことに対する報復行為だって考えられない話じゃない。
赤色のゴブリンにとって、茶の子が帰還した時点で身の安全は保証できないのだ。
例え茶の子が日暮までに帰還しなければ、今すぐ暴れてしまっても問題にはならないし、茶の子が帰還したとした時は、どちらにしろ身の安全が保証できないのだから暴れ得というものだろう。
赤色のゴブリンにとって、茶の子が『意味を失った取引』に応じる可能性を信じて、受け身でいる必要性などないはずなのだ。
赤色のゴブリンは化猫からの問いに、薄ら笑いを浮かべる。
「まァそう言うナ。俺にも立場ってモンがあンダヨ。今はお互い大人しくしようヤ。別に、仲間連れて来たって止めやしネェ。俺らは危害を加えられナイ限りは動かネェからヨォ」
一方の赤色のゴブリンは至って冷静であった。
「(ココで今、コノ猫共を殺しちまッては『被害者』でいれなくなるからナ。コッチは縄張りを侵害された挙句、仲間一人殺されてンダ。当事者の子猫二匹殺したところデ、マダ釣りは来るダロウ…………ナニより、コイツらは縄張り侵害があッたコトを証明できる貴重な存在ダ。ココで腹いせに殺しちまえば逆に、俺らの首を締めるコトになりかねナイ…………ッタク、アノ茶猫はどこまで見通してンダかナ)」
化猫の戦士は赤色のゴブリンの答えの意味を探ろうと考えたものの、少ししてから大き首を振った。
『……んまぁ細けぇことはいいか。お前らが何を企んでいようが関係ねぇ。茶の子が帰ってくりゃそれで終わる話だ』
「キヒヒヒヒッ……あァーソウダナ。無事に、帰ってこれりャあナ」
赤色のゴブリンの嘲笑に、化猫戦士は鼻で笑うような感情を向け返す。
『あの餓鬼はそんなやわじゃねぇよ。アイツの力を身近に感じて確信した…………アイツは既に、戦士長や自分の父親なんてとうに超してやがる。地下迷宮がなんだか知らねぇが今のアイツの敵じゃねぇよ』
「キヒヒヒヒッ、信じるのは貴様らの勝手ダがァー…………ソウダナ、貴様らに一つ面白イ話を聞かせてやるヨ」
そして赤色のゴブリンは、近くの切り株に大股を開いて座り直す。自分が優位であることを確信しているような不適な笑みを浮かべながらも、その表情の中には少し物憂げな様子も多少なりともうかがえた。
「コレは俺がマダ青小鬼の頃。まァそう昔の話じャあネェがァ、王の兄者を頭に他の仲間共連れてアノ地下迷宮に潜ったコトがあンダ……………ダガ、結果は散々なモンだッタ。第一階層で仲間の大半を失イ、次の階層でワケもわからネェまま全滅しかけタ。俺やココにいる奴らは運よく地上まで帰れたガ、兄者や他の仲間は魔毒の沼に沈んじまッタ…………酷ェモンだろ?俺以外の青小鬼なんて全滅しちまったンダゼ?………………ありャあ、地下迷宮と言う名の処刑場ダ。茶猫も相当なバケモンダガ、ありャ野性の魔物が挑んで攻略できるようなシロモンじャネェンダヨ」
赤色のゴブリンは語るに連れて、その表情を暗くしていく。しかしそんな機微など化猫の戦士二匹にとっては至極どうでも良かった。
化猫の戦士はゴブリンの話を鼻で笑うような感情を向けた。
『いいや、アイツは必ず帰ってくる。そう言ういけすかねぇ野郎なんだよ。いくら無理難題を押し付けられても、それに応えちまう。俺らはアイツのそう言うクソ生意気なところを嫌いになったんだからな』
『だな。お前はあの餓鬼のこと分かった気になってるだけだ。地下迷宮がどんなに恐ろしかろうが、そんなのは関係ねぇ。アイツに常識が通じると思うなよ』
赤色のゴブリンは一瞬固まっていたが、心底くだらないとでも言いたげな表情を浮かべた。
「ハッ、仲間の帰りを待つ猫のセリフとは思えネェなァ。まァ、そっちの話は興味はネェサ…………しかし、アイツの泣き叫ぶ姿を直で見れないのは残念ダナ。今頃は子猫らしク良い声で泣き喚いているだろうヨ」
『そんなたまじゃねぇよアイツは。お前こそ、茶の子が帰って来た時せいぜい吠え面かくなよ』
***
『――ッうわあああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!きもいきもいきもいきもいきもいきもいッッ!!!!!』
洞窟の中に入って早々、僕は毒虫の大群に追われていた。全力で技能『空蹴り』によって空中を駆けながら、地下迷宮の奥へ奥へと進んで行く。
さて、僕がなぜこんな目にあっているのか。
それを語るのには数分前に遡ることとなる。
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