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22. 赤小鬼は狡猾でした その②


 目の前で薄ら笑いを浮かべる赤肌のゴブリンに対し、僕は臨戦体制を取る。

 黒一の傷は治したことだし、これ以上話し合う理由はない。


 

『どこからでもかかって来なよ。野生なんて勝った方が正義だ。自分の縄張りを守りたいのなら力づくで守れ』


 

 最早僕の方が侵略者で悪い気もしてきた。

 でも、こいつもそう簡単には応じないだろうことは感覚で分かっている。



 薄ら笑いを浮かべ続けるゴブリンに、僕は少しの嫌な予感を覚えた。


 

『キヒヒヒッ……いいや?誰が貴様の様なバケモノと正面切ってヤリ合うモンかヨ。ホラ、良いのカァ?ソコの黒猫、マダ苦しそうにしているゾ?』


 

 いや、僕の回復薬で黒一の体は完全に治したはずだ。

 そう思い僕は黒一に視線を向けるけれど、確かに赤肌のゴブリンの言う通り、黒一の体は薄く痙攣している様に見えた。今も意識だって戻っていない。


 

『ッ……これはッ』


 

 僕は黒一の体に頭を当てる。

 黒一の体から伝わる感覚から、内臓や骨の損傷はおおよそ治っている様に思える。ただ気になるのは、黒一の体から微かに毒のニオイが残っていることだ。

 


 けれどそれはおかしい。

 薬草の中には毒消効果のあるものも混ぜていた。毒にかかってるのは触れて理解はできていたし、毒痺蟻〈パラリシス・アント〉と毒痺蜘蛛〈パラリシス・スパイダー〉の毒は解毒できることも検証済みだった。

 

 薬は十分に与えたし、蟻や蜘蛛の毒だって命を落とすほど強力なものじゃないはず。



 感じていた嫌な予感がどんどん強まっていく。


 

 僕は黒一の体内に残る毒に意識を集中させる。

 そして、僕の「上感覚」はすぐさまその不純物の正体を感じ取った。


 

『ッ……オイお前ッ……自然には発生しないような毒を使ったな?』

 

 

 この世界には『魔物』が存在する。

 それならきっと『魔力』も『魔法』だってある世界なのだろうということは薄々わかっていた。

 


 今黒一の体には自然にはない様な『特殊な毒』が回っている。例えるなら『毒性を持った魔力』とでも言えばいいのだろうか。

 

 物理的に身体をむしばむのでは無くて、生命力に直接作用する様な性質。感覚的には毒というよりも『呪い』と表す方が正確かもしれない。確かに、それならただの薬草なんかじゃ治せないはずだ。


 

 赤肌のゴブリンは僕の問いかけに更に口角を上げる。



「そこまで気づくカ!その通り!コイツを射た時、矢先に『魔毒』を塗っていたのサッ!!魔毒はココらに生息してイル蟻や蜘蛛の毒とは比べモノにならネェ!!西の森の『地下迷宮ダンジョン』から採取したコノ世界でも最上級のシロモンだ!!たかがこの森でとれる薬草やハイポーション程度じャア治す事は出来ネェのサ!!」


 

 じゃあさっきの取引に乗っていたとしても、黒一は死んでたって事か。


 

『バカだねお前。それを僕に言ったらどうなるか分からない?毒を使うのならば当然解毒の手段ぐらいは持ち合わせてるよね?寄越せよ』


 

 毒の使い手は自らが毒に侵されない様に、解毒薬を常備するという話はよく聞くけど。この赤肌のゴブリンの気持ちの悪い笑み。

 流石に相手は野生の魔物だし持ってないのか。


 

「キヒヒヒッ……まァそう焦るなヨ。オマエは感情に身を任せ俺らに危害を加える暴走猫の様ニモ思えるガ、コレ以上化猫の仲間に危害が及ぶ様な動きをする様な考えナシデモネェ。ソノ四人だって殺せるはずだったのに殺してネェのがイイ証拠ダ。ココは正当な取引といこうヤ」


 

 赤肌のゴブリンはそういうと、近くの丸太に腰をかける。本当に実力行使には出るつもりはない様だ。

 


 僕もとりあえず『尖爪せんそう』と『甲化』の技能を解く。


 

 第一に大切なのは黒一の命だ。

 


『時間がない。もしまたふざけたこと抜かしてみろ。この森からゴブリンが消え去ると思え』


「まァそう言うナヨ。察しの通りオレらもコノ魔毒に対する薬は持ってねェンダ。ソンナ上級な毒消なんぞ普通じャ手に入らネェ…………ダガ、全く手段がネェワケじャあネェンダ」


『その手段って何?』



「コノ魔毒を採取した西の森の地下迷宮ダンジョン。ソノ最奥にある『魔石』を使えャ良いノサ。コノ魔毒を生み出した魔石、ソレ自体を使えャ、コイツの体質は変わっちまうかもしれネェが、耐性ぐらいは得られるダロウヨ」



 赤肌のゴブリンは正直に答えている。特に嘘をついているニオイも感じ取れない。

 


 でも、その情報そのものを取引材料にしないとなると、つまりはそういうことだろう。


 

『……なるほどね、要はあれか。もし僕が地下迷宮ダンジョンに潜って、その魔石を取って来られれば黒一は助かるし、その時は縄張りの件も目を瞑る。もし取って来られなければ、黒一はそのまま死んで、最悪僕も地下迷宮ダンジョンで死ぬ。そうすれば縄張りの件を知ってるものがいなくなるから、後はお前の好き勝手できるってわけね』



「話が早くて助かル。魔石の取り分は半分半分、猶予は日暮マデダ。どうせソノ黒猫の命はそれ以上持たネェからナァ…………まァ、オマエがコノ取引に応じずコノ黒猫を見捨テ、不慮の事故だったと尻尾を巻いて逃げても良いガナァ?ソノ時はオレらも縄張りの件は目を瞑ってヤルヨ。キヒヒヒ……さァ、どうするよ。茶のバケモノ」 



 タイムリミットは日暮まで。黒一から伝わる感覚、それもおおよそ目算間違いではなさそうだ。もちろん黒一を見捨てるなんてことは絶対にできない。

 


 今のところ魔石以外での解毒の方法はないのなら、向かう他ないんだけど。

 

 

『良いよ分かった。その地下迷宮ダンジョンとやらに行って、石取ってくるだけで良いんだろ?受けてやる。だけど、取引というならこっちにも考えがある』


「ほぅ、何ダ?」

 

『僕が無事に魔石を取ってきたら、化猫の子供が今後この北の森に落ちてきても、命を奪わず僕らの縄張りに戻す事を約束しろ。それぐらい言っても良いだろ?だってゴブリンの王であるお前ですら、その魔石を回収できないでいるんだもんな』


 

 赤肌のゴブリンは気味の悪い笑みの中に、少し痛いところをつかれた様な反応を返す。


 

「…………良いだろウ。魔石を持って帰って来れたのナラ、今後の化猫との付き合い方を考えてヤル。ダガ、コレ以上はダメダ。譲れナイ。魔石の力は強大ダ。その力をオマエの手に渡すンダ。地下迷宮ダンジョン探索というリスクはそれなりにデカいが、リターンもバカにならないほどデカい」


『じゃあそれで良いよ。魔石がどんなのかよくは知らないけど、利用できるものは利用させてもらう……』


 

 そして僕は黒一に目をやる。

 今も変わらず黒一はまだ苦しそうにしていた。


 

『ッ……ごめんね黒一。絶対に助けてあげるからね』


 

 僕は黒一に頭を擦る。時間は惜しいけど一度村に戻って――


「あァソウダ。言い忘れていたガ、『魔毒』ってのはタダの毒じャネェ。特にソノ感染力がマタ恐ろしくてナァ。感染源が死なナイ限り毒は広まり続けるンダ。オマエだって例外じャネェ……ソイツもオマエも、解毒する前に村に戻ンのはオススメしネェゼ?」

 

 

『ッ――!』



 赤肌のゴブリンは見計らった様にそんなことを語る。



 僕への感染については『魔毒』と言う存在を知覚した直後に、『変化』で魔毒耐性をつけておいたから問題はないし、耐性を獲得した分『魔毒』というが、感染者に触れるだけでも危険だということは理解しているつもりだった。



 しかし、黒一の扱いについてまで考えが及んでいなかった。確かに赤肌のゴブリンの言う通り、そんな毒に感染させたまま、化猫の村になんておいておけない。例え村の戦士達に見守らせたとしても、感染は少なからず広まる可能性は否定できない。


 

 でも、それじゃあどうすればいいって言うんだ。

 黒一を村に置いていけなくなったってことは、ここに黒一を置いていくか、将又はたまた一緒に連れていく他ない。


 ゴブリンの王ですら攻略しきれなかった地下迷宮ダンジョンを、黒一を背負って攻略しなければいけない。そんなこと可能なのか?いいやでも黒一をここに置いていくなんて、そんな危険な真似はできない。



 赤肌のゴブリンは、口が裂けそうなほど口角を上げている。

 


「キヒヒヒッ、どうした行かないノカ?早くソノ猫を背負って行ったらどうダ?場所は西の森。魔毒が最も濃い場所を辿れば、貴様なら辿り着けるダロウサ」


『………ッ!』


 

 辿り着ける着けないなんて今問題じゃないことなんてこいつも分かっている癖に、奴は心底楽しそうに気持ちの悪い笑みを浮かべ続けている。



 いや弱気になるな。もう道はこれしか残っていない。

 僕だってこの森で色々な技能を覚えてきたんだ。今更、地下迷宮ダンジョンの一つや二つなんだって言うんだよ。



 僕は『変化』で背中周りの毛を伸ばし、黒一を背中に乗せようとしたその時。

 


 僕の頭上から、ゴブリンとは異なる気配を感じ取った。


 


『おい、餓鬼が勝手にゴブリンなんかに喧嘩売ってんじゃねぇよ』




 そしてその意思の方向に振り返ると、そこには黒一が地上に降りる原因になった元凶、馬鹿三匹がたたずんでいた。



 こんなタイミングで今一番、出会でくわしたくない奴らに出会でくわしてしまった。


 

『お前らッ……何だよ小言なら後にしてよ。今はそんな余裕はないんだよッ……』


『見りゃわかる…………茶の子。黒の子はここに置いていけ』


『ふざけるなッ!!!お前ら黒一を地上に追いやっておいて、まだ生きているこの子を見捨てろって言うのか!?…………それに言ったはずだよ。二度と僕と黒達の前に現れるなってさぁッ……』



 僕の意思に馬鹿三匹から大きな反応は返ってこなかった。怯えもせず、僕の目をまっすぐ見ていた。


 

 けれどそれは敵意なんかじゃない。

 その瞳には、覚悟が感じられた。


 それも、これから死んでも構わないと言うほどの強い覚悟だった。


 

『誰も見捨てろなんて言ってねぇよ。これから魔毒が湧き立つ地下迷宮≪ダンジョン≫に潜るんだろ?…………その猫はここにおいてけ。村でこんな毒流行らせるわけにもいかねぇし、背負ってても邪魔になるだけだろ。お前が帰ってくるまでここで見守っててやる』

 

『………………』


 

 戦士三匹の意思には何も偽りもない。それは僕の「上感覚」がよく感じ取ってくれている。

 この申し出も願ったり叶ったりではある。けれど、この三匹がいなければ、こんなことになっていなかったのも事実。

 


 僕は三匹の覚悟に、意思を返せないでいた。


 すると三匹の内、一匹が大きく息を吐いた。

 


『そりゃ、信じられるわきゃねぇよな…………本心言わせてもらうがよ。俺はお前が嫌いだ。それは今も変わらねぇ。能力持ちで俺らがいくら嫌味伝えても、いつも余裕そうにニヤニヤしやがって…………信じたく無かったんだ。こんな餓鬼が俺らより強いなんてな。だから、お前の親父や戦士長に頼んで、お前と狩りに同行することも出来なかった…………結局俺も、この黒いのと同じだったんだ。いや、この黒いのはお前が強いと分かった上で、お前に近づこうとしたんだ。同じと言うのも烏滸おこがましいか』


『…………お前の言う通りだった。今の俺らは戦士でも何でもない。嫉妬に狂った仲間殺しでしかねぇ……せめて、ここでつぐなわせてくれねぇか?俺らができることは命を賭けてこの餓鬼を守ることぐらいだ……俺らが地下迷宮ダンジョンに潜って魔石をとって来られりゃよかったんだが…………無力な大人ですまない……』


『情けない話だ。化猫の仲間達を守るために戦士になったってのに、いつしかそんな目的も忘れて自分の地位に執着していた……俺もお前のことは嫌いだし、お前はまだいけすかねぇ餓鬼だが…………俺らなんかよりも、お前はよっぽど戦士だった』


 

 三匹はそれぞれ懺悔ざんげの意思を僕へと伝えた。


 そして気がつかされた。

 この三匹も黒一と同じなんだと。僕の人間としての中途半端な態度が、この村の三匹の戦士を変えてしまったんだ。


 もちろん黒一の件と違って、僕が全面的に悪いとは思わないけど、僕が普通の猫だったらこんなことにはなっていなかったんだろう。


 

 今この三匹は今しっかり戦士の瞳をしている。

 


 それなら僕も戦士として返さなきゃいけない。

 ただの好き嫌いで意地張っていてはダメだ。今この場で最も大切なことは、黒一や村のみんなの安全なんだから。


 

『…………君らの気持ちはよく分かったよ。わざわざ面と向かって嫌いとか言われるのは、傷つくんだけどさ…………でも、僕こそ君らを挑発する様な態度を取ったりした。一方的に君らが悪いとは言えないよ』



 僕も今日何度目になるか、深く深呼吸をして息を整える。



『分かった。君らのことは苦手だし嫌いだけど、戦士として頼む。黒一のことをお願い』


 

 僕の意思に三匹はしっかりと頷いた。


 

『任せろ。お前も死ぬんじゃねぇぞ』


『そっちこそ…………あっ、ただ三匹ここでって言うのはちょっと危ないから、内一匹は今の状況を村の戦士達に伝えてくれたら嬉しいな。今は猫の手も借りたい状況だからね』


『い、言われなくてもそのつもりだっての!黙ってさっさと行け!時間ねぇんだろ?』

 

『……うん。ありがとうね。君らの覚悟は無駄にしない』


 

 そうして僕は三匹の戦士達を信じ、振り返ることなく魔毒のニオイのする方へと空を駆けた。


 

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!

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