20. 後悔『屠所の黒猫』
俺はなすがままゴブリンに担がれ、開けた場所まで連れて来られた。
ここ周辺木々が切り倒されていて、数十ものゴブリン共が屯していた。焚き火の跡や寝床なんかも見られる。
おそらく、ここがコイツらの棲家なんだろう。
そして、俺はとあるゴブリンの目の前に放り投げられた。四足は変わらず木の棒に縛り付けられて全く動かない。
頭もクラクラする中、俺は目の前のゴブリンに顔を向けた。
そのゴブリンの身体は他の個体と比べると、一回り大きく全身が赤色だった。
しかし、最も他と異なるのはその威圧感だろう。
頭が全く働かない今でもはっきりと分かる。
この赤色のゴブリンは、お父さんと並ぶほど強い。
赤色のゴブリンはまるでゴミでも見るような目で俺を見ていたが、深く息を吐いてゆっくりと腰を上げた。
「マダ幼いナ。ココが我々の縄張りであるコトは理解しているナ?」
人間の言葉は学んだことはなかった。
でも何故だか何を話しているのかが理解できていた。
『お前どうやっ――ッ!?』
何が起きたのか理解できなかった。
奴は俺の視界から消えたかと思うと、次の瞬間俺の頭に足をかけていた。まるで潰れるかと思うほどの力。
本気を出せば俺なんて、簡単に踏み殺せてしまうのだろう。
赤色のゴブリンは地面に唾を吐いた。
「コレだから獣はキライダ。オマエ、自分の立場が分かってネェなァ?化猫のガキ。質問にダケ答えロ。ココが我々の縄張りだと、理解しているナ?」
とてつもない威圧感に体が震える。
でも、ここで取り乱すわけにはいかない。
俺には戦士長の血が流れているんだ。
もうこれ以上、その誇りを傷つけることはできない。
『……ッ北の森の、ゴブリンの縄張り……』
赤色のゴブリンは俺の答えに薄く笑った。
「あァソウダ。そンじャあ、ソノ縄張りに立ち入ったモノがドウなるのか、わからないワケじャあネェダロ?」
そいつは心底楽しそうに俺を見下す。こいつにとって、俺なんて取るに足らない存在でしかないんだろう。
でも同時に、俺の頭には一つの疑問が浮かんでいた。
それを聞いて殺されるのかは分からない。
いや、もうそんなこと考える意味もない事は分かってる。
俺がこの場から助かる方法なんて、ありはしないんだから。
最期ぐらい、覚悟を決めろよ臆病者。
『生きて帰れるとは、思っていないッ……だが、どうして俺を生かしてここに連れてきた?……いったい何が目的だ?』
普通であれば、こんな取るに足らない侵入者を生きたまま長の前に差し出すなんてことしないはずだ。
たかだか子猫一匹、殺そうと思えば簡単に殺せただろうし、俺なんてゴブリン達にとっては脅威にもならない。ただの食糧でしかないはず。
そのまま殺さなかったのには何か理由がある。
それを知ったところでどうなるか。
そんなこと聞いてみてから考えればいいし、もし答えてくれなくてもこのまま死ぬだけだ。
俺の問いかけに赤色のゴブリンは少しの間黙っていた。
「…………別に、コロしちまっても良かったんダガナ。ココ最近、化猫について気になる事があったンダ。ダカラ、ソレを聞いてカラにしよう思ってナァ」
奴は俺の頭から足を退け、しゃがんで俺の頭を鷲掴みに持ち上げた。
「最近森が騒がしいンダ。フダン西側にしか生息しないはずのデカブツが、ここまで侵入してきたりナ。前々カラなくはなかったンダガ、最近ソレが顕著になってきやがっタ…………そンでよォ、試しに西側の森を調べさせてみたら、俺らの仲間がワケの分からねェコトを言うんダ。何デモ、子猫が熊のデカブツを真っ二つに引き裂いたってナァ。オマエどう思うヨ?そんなバカげた話があると思うカ?…………オマエ、何か心当たりはネェカ?」
『――ッ!』
それは紛れもなく茶の子のことだ。西側の森は北側と違って、立ち入ること自体は許されてないわけじゃない。ましてや、お父さん達と一緒に狩りに出てるなら、西側付近でも狩りもした事はあるはず。
茶の子を探し出してどうするのかは、考えなくてもわかる。
『…………いやない。俺のことじゃないか?偶に抜け出してからな』
奴は期待していないとでも言う様に、つまらない顔で俺を見ていた。
「いいやオマエは知ってイル。尻尾が反応してンだよマヌケ」
そして、そいつは俺の頭を握る手の力を強めた。
とてつもない握力に頭が潰れてしまいそうだ。痛みに泣き叫ばずいられるのは、体が変に痺れて感覚が鈍っているおかげなんだろう。
「ナァガキ。オマエに死に方を選ばせてヤル。ココで今皮引っ剥がされた後、串刺しにされて死ぬか、ソノ猫をココに連れてきて一瞬で首を飛ばされて死ぬか。どっちガ良い?」
『ハッ、お優しいことだなッ……ここにその仲間を連れてきたらどうするつもりだよッ……真逆もてなしでもしてくれるのか?』
「森を荒らす危険因子ナド若い内に摘んでおいた方がいいダロウ。コレ以上縄張りを侵害されるのも面倒ダ……サァ選べ。今死ぬカ。その化猫共々死ぬカ」
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……………………………………
……………………
覚悟は、もう決まっていた。
今更死ぬことは避けられないなら、
俺は、俺は……!!
『……ッ俺は不吉を招く黒猫なんかじゃないッ!!誰がお前の言うことなんて聞いてやるかよッ!!どちらにせよ死ぬってのに仲間を売るわけないだろバーーーカッ!!!』
「ならばシネ」
『ッ――!!』
奴は俺の頭を鷲掴みのまま投げ飛ばした。
勢いよく吹き飛び、木に体が打ちつけられる。
衝撃に口から血と鈍い声が漏れた。グシャリと体の中の何かが潰れ、骨も何本か折れた音が体内から伝わる。
体の痺れ程度では誤魔化しきれない痛みが、全身を駆け巡った。
そしてそれを皮切りに、それまで大人しくしていた緑色のゴブリン達が立ち上がり俺に近づいてくる。
その手には、よく皮が剥げそうな刃物が握られていた。
これから俺がどうなるのかは、さっきの赤色のゴブリンの言った通りなのだろう。
…………あぁ。今ので死ねてたらさぞかし楽だったろうなぁ。
俺の猫生いったい何だったんだ?尊敬するお父さんには近づけず、才能ある茶の子に嫉妬して、地上にたった一匹で降りて、更には北の森のゴブリン共の縄張りを侵害した。
きっと、このゴブリン共は俺を殺した後、茶の子にも手を出すつもりだ。俺が北の森の縄張りを侵害したせいで、コイツらが俺らの村に侵攻するきっかけを作ってしまった。
俺が村に『不吉』を呼び寄せる要因になってしまった。
ゴブリンは俺の目の前で立ち止まった。手には鋭い刃物が握られており、醜い笑みを浮かべていた。
…………あぁ、覚悟は決めてた筈なのにッ
これ以上ッ……痛い思いなんて…………
したくないなぁ…………
黒猫のイメージに泥をつけてッ……
茶の子とも、仲直りできずにこのままなんてッ……
…………死ぬのが、怖いッ
……………………まだ、生きていたいッ
痛いのは嫌だ。いやだ。。。
いやだ……いやだ……いやだいやだいやだッ。。。
もう逃げることすら叶わない。
ゴブリン共はゆっくりと、俺のもとへと歩み寄ってきている。
いやだッ……やめろッ……!
こっちに来るなぁ……くるなぁぁ……!
お父さんごめんなさい俺これから言うこと聞くからッ……もう我侭も言わないからぁッ……!!
どれだけ命乞いをしようとしても、意思を周囲に伝えられるほどの力も残ってなかった。力があったとしても、こんなところに助けに来れる仲間なんていない。
ゴブリンはその凶悪な鋭い刃を勢いよく振り上げた。
いやだ……ッ助けておとうさ――
鋭い刃が俺に振り翳される次の瞬間。
俺の瞳に映ったのは
両腕と頭が切り飛ばされる目の前のゴブリンの姿と、
全身の毛を逆立てている茶色い子猫の姿だった。
『……おい、屑小鬼共。そんな汚い手で猫に触れるなよ……ぶっ殺すぞ』
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