12. 帰るまでが初狩猟でした
それから、僕はお父さんの上で真剣に見学した。
お父さんから許可をもらって瀕死の蜘蛛と、凍りついた蟻を触らせてもらった。僕には毒を生み出す器官や糸を生成する器官もないから今すぐ技能として取り入れられなかったけれど。実際に毒に触れた事で『毒耐性の身体』への変化は完全にマスターした。
更に地上の生き物の動きもよく観察できた。今までは蝿や蚊、甲虫のようにこっちに殺意を持って攻撃を仕掛けてくるような生き物にはあまり出会ってこなかったから、積極的に攻撃を仕掛けてくる生き物の動きはとても勉強になった。
結局、僕の出る暇もなく日はどんどん暮れていき木々の隙間から橙色の光が差し込んできていた。もう時間も時間。後は村に帰るだけかと思ったのだけど、その時お父さんから待ったが入った。
『さて。食料も毒も十分回収できたわけだが、一回お前も狩ってみるか?』
『え!?い、いいの?』
『あぁ、お前ならもう毒系統の小物は問題ないし大型相手も目で追えていたからな。単純な力量不足が気になるがお前ならば問題ないだろう。ちゃんと、言うことも聞いていたしな』
『だな。俺も異論はない。経験はしておくべきだ。ここらの魔物であれば問題はないだろう』
『まぁ心配すんな。何かあった時ぁ俺がサポートしてやるから』
全員一致で異論なし。僕もこのまま帰宅というのは少し味気ないところだったから願ったり叶ったりである。
それに、お父さん達もこれ感じ取っているからこその提案だったのだろう。この地を這う音と感覚は間違いない。
アイツが近くに居る。
『大牙蛇〈ファングスネーク〉』
ここらに相当数生息しているアナコンダのような大蛇の魔物。最初出会った小物に貪り食いつくされていたのもこの蛇だ。みんなならタイマンで相手をしても余裕で仕留められる相手。
けれど、それはみんな明確な攻撃手段を持っているからだ。
黒のお兄さんは強靭な顎で体を噛みちぎり、人間化した灰のお兄さんはそのスピードを活かして蹴りで頭を吹き飛ばし、豹柄の猫は道具を巧みに使い動きを拘束した上で刃物で仕留めていた。
お父さんはというと、空中戦が得意なようで空蹴りで蛇を翻弄していたかと思うと「蛇の動きを静止」させた。
蛇は大口を閉じることすらもできず口の中から脳天めがけ爪で抉り切り裂かれ生き絶えた。僕はその時黒のお兄さんの背の上にいたから何をしたのかはよくわからなかったけど、黒のお兄さんは『そんなもの使う相手じゃない』とぼやいていた。おそらく蛇の動きを止めたのは「能力」で、僕の目の前でいいとこ見せたかったのだろう。
現にとっっってもかっこよかった!
さて、それじゃあ僕はどうやってこの大蛇を仕留めれば良いのか。そんなものはここまで戦いを見てきた僕には考えるまでもないことだった。
『ありがとうございます。それでは何かあった時だけ、お願いしますね』
僕はお父さんの背中からヒョイと地面に降りる。
そしてその落下の勢いのまま踏ん張り、地面を蹴り飛ばし更に『空蹴り』で追加速させる。
空蹴り。お父さんが村から降りた時、能力を使ってこの技能の感覚は掴んでいた。
再現しようと思えば何だってできる。
これこそ能力「上感覚」最大の強みだ。
『この年でここまでのスピード。悪くない』
『まっ、ここからが見ものだな』
僕は爪を剥き出しに、勢いそのまま蛇の右目と鼻部分を切り裂いた。速度は申し分なく奇襲は成功。
まず右目と鼻付近にあるピット器官を潰す。
ピット器官とは蛇の持つ熱を感知する器官だ。僕も生物の授業で軽く触った程度で詳細は分からないけれど、実際みんなとの戦闘を見ていて『目』ではなく『熱』として対象を追うような行動もとっていたし潰しておくに越したことはない。
勢いのまま適度に距離を取り、元々使用していた技能『反応速度強化』の効力を強める。単体でも相当便利な技能ではあるんだけど。
その効能は感覚に特化した「上感覚」と合わせる事で真価を発揮する。
この合わせ技によって僕は「体感時間を超絶スローにさせる」ことができるのだ。
それは人間時代、死の間際味わった「あの地獄のような走馬灯」を我ものにすることと等しい。
その気になれば時間を殆ど停止させるようなことだって可能!
まぁ、そこまでしたら僕も動けないんだけどね。でも実際窮地に陥った時に策が浮かぶまで無限に等しい時間を得られるのだから、こんな大きなアドバンテージはない。
激しく体を振り回す大蛇。
ジタバタする尻尾が僕を薙ぎ払おうと振るわれる。
しかしそんな動きは既に察知済み。
このスロー状態は僕の目の能力の「未来視」と事更に相性がいい。
事前に体感を超絶スローにさせておき、蛇の身体を観察。目の能力により攻撃の軌跡を事前に予測していたのだ。
僕は空蹴りで真上へと避けた後、百八十度体を回転させる。そのまま潰した右目側へと降下しながら空蹴りで更に速度をつける。ついでに『隠密』も発動。
空蹴りをした先の木に足をつけ、思い切り踏ん張り更に加速。
空蹴りは空気を固めそこを足場にするような技能。結局どれだけ強度のある足場を作れるかが加速度具合にモロに影響する。
今まだ幼い僕が確実に速度を出したいのであれば、地面や木を足場にした方が速いといった仕様があるのだ。
僕は勢いそのまま大蛇の背後へと旋回する。
更に加えて、技能『甲化』に『筋肉流動』を使用。
ちなみに『筋肉流動』はこの大蛇の持つ技能だ。みんなが戦っている最中、あの大蛇が自身の筋肉を特定の部位に一時的に移動させて攻撃しているのを見ていた。
その時は目で見ていただけだったからその技能を覚えられなかったんだけど、今さっき右目を抉った瞬間に能力を使い時間をスローにさせた上で感覚を覚えておいたのだ。
正直この大蛇相手では空甲虫〈スカイビートル〉の『甲化』だけじゃ致命傷を与えられない。でもこんな小さい猫だって一箇所に筋肉を集めそれを固めればそれなりの攻撃力にはなる。
大蛇は『隠密』状態の僕を追いきれていない。
勢い殺さず背後から爪を最大限伸ばし蛇の脳天を貫く。
僕の爪は蛇の口内まで達していた。
しかし油断はしない。
勝利を確信した時ほど危険であるということを僕は知っている。人間時代、あのナイフの男がそうだったように。
それ以上の追い打ちはせず爪を引き抜き、直様空蹴りで大蛇から距離を取る。大蛇はジタバタとのたうち回っていたが、僕の目の能力から再起不能であることは見てとれた。
これで、僕の完全勝利だ。
蛇が一切動かなくなるまでお父さん達は唖然としていたけれど。そのあり得ない現実を徐々に受け止め始めた。
『さ、流石は俺の息子だよ!よくやったなぁ!すげぇだろコイツまだ生まれて四ヶ月だぞ!?天才すぎないか?!』
『まさか苦戦すらしないとは恐れ入ったぜ。しかも空蹴りも使いこなしちまってそりゃー虫程度じゃ退屈にもなるわなぁ』
『能力だけじゃない。技能もそうだが的確な判断力。致命傷を与えた後も慢心せず距離を取った。まだ一人前と認めるには経験は浅いが、これから共に地に足をつけ同行させるのも良いかもしれないな』
『これだけの才能っすもんねぇ。俺も賛成だ』
『文句はない』
そんな大絶賛を受け気分が良くなっていたのも束の間。
正直その後の方がよっぽど辛かった。
自分が仕留めた獲物は自分で持ち帰れと言われたのだ。
この大蛇の全長は十メートル程。かく言う僕の全長なんて五十センチほどしかない子猫だ。
つまり軽く十倍以上ある獲物を、上空数百メートル所まで空蹴りで持ち帰らないといけない。確かに僕は転生して能力や技能面じゃ不自由はしていない。
だけど、筋力があるわけじゃないのだ。
いやそれを知ってるからこその命令なのかも知れない。
もはや狩りよりも辛かったし、村に着いた頃にはもうヘトヘトだった。
空蹴りも無限にできるわけでもなく、ステータスとしては現れないけど『MP』的な概念は存在するようだ。魔物が存在する世界だしおそらく『魔力』的なものなんだろうと思う。
***
それから日も落ち、僕はお母さんに包まれながら夜空を見ていた。
この世界に来て僕は猫として生きることを心に決めた。
新しい家族。お父さんが大好きで頭の回る心の強いお母さん。プライドと戦闘能力が高くて、息子離れできなそうなお父さん。可愛い可愛い僕の弟妹達。
両親は僕のことを大切な息子だと思ってくれてる。だから僕も人間であった時のことは表面上にはできる限り出さないように、元々この世界の記憶しかないかのように振る舞ってきた。
でも、獲物を仕留めてとても喜んだ母親に、それを得意げに語る父親の姿を見て申し訳なく思ってしまった。
本来の化猫ならば生まれて四ヶ月で狩りはしない。
能力も技能も使わない。気だって配らない。
『流石俺達の子供だ!』
という意思は確かに僕の心を抉っていく。
空を見る。夜空には相変わらずキラキラと星が輝いていた。
猫になっても前の家族の顔、声は鮮明に思い出せる。僕の元の家族が今の僕を見たらどう思うんだろうか。失望するのかな。それとも喜んでくれるのかな。
考えても仕方がないことだけれど、夜中の空気は思考を止めることを知らない。
そんな憂鬱に心を蝕まれている中で、ふと頭を舐められた。お母さんだ。お母さんはいつものように優しく寄り添ってくれていた。
とても暖かかった。
猫になって色々受け入れ難い現実もあった。
でも、これだけは確かなことだ。
家族はこんなにも、僕を愛してくれてる。
この村には言葉もなければ名前だってない。けれど確かに僕の上感覚はお母さんからのメッセージを感じ取ってくれる。
『無理しないでね』
その思いは、僕の心を猫にするには十分すぎるものだった。
今日僕が得られた技能と『変化』により得られた耐性。
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耐性:『毒耐性』『麻痺耐性』『熱変動耐性』
技能:『筋肉流動』『鋭牙』『熱探知』
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