10. 族長様は奇跡的な存在でした
お母さんへの告げ口から翌日。僕はお父さんの背中に乗っていた。
あの日お父さんが戻った後、お母さんが何とか話をつけてくれたのだ。もちろん、お父さんだってかなり渋ってはいた。地上の厳しさなら狩りに出てるお父さんの方が詳しいし、お母さんが言ってダメならこの身不相応だと受け入れるしかない。そう思ってはいたんだけど……
『あーんなに強くて逞しかった貴方が、子供一匹守る自信もなくなってしまったとはね。なんだか悲しいわぁ』
とのわかりやすーいお母さんからの挑発にかかり、半ば勢いで昨日の今日で地上に降りることとなった。地上に降りれて嬉しい半分、これで本当にいいのか不安半分な心境である。
とは言えあれからお父さんも冷静になって、朝頃には狩りのメンバーを募りはじめた。危険な地上で子守りなんてしてくれる戦士なんているのか、なんて一抹の不安を抱えながら待っていると、僕の予想と反し嬉々としてお父さんは僕の元へと返ってきた。
どうやらこの村の四天王と言って遜色ない戦士達に同行を立て付けられたとのことだ。
この村の猫達身も心も温かすぎる問題。いやそれもあるけれど、これはこの村でお父さんが積み立ててきた信頼が招いた結果なのだろう。そう思うと内心僕も鼻が高いのである。
日も高く登ってきた頃、僕とお父さんはその戦士達と合流、するわけではなくひとまず『族長様』が住まわれるこの村の最高階層へと向かうこととなった。
お父さんに理由を聞いてみたところ、ある種の「おまじない」のためらしい。まぁ能力や技能なんかがある世界だ。おそらく気休めとかではなく、ちゃんとした効力のある儀式的ものがあるのだろう。
因みに、大樹の上に立地するこの村は五階層構造となっている。大樹を中心として螺旋状に組み立てられており、各階層で棲み分けがされているのだ。
最下の一階層目は老猫達の住処。二階層目には自立したての若猫達住処となっており、三階層目が僕たちの暮らしている子持ち猫達住処となっている。四階層目にはベテラン戦士達の住処兼、食糧庫なども存在しており、最上の五階層目、そこに族長様が住まわれてるとの話を聞いた事がある。
僕達が住まう階層が一番広いらしくて、その面積は僕の感覚として半径五百メートルは下らないと思ってる。
もちろんその謎の建築技術もそうだけど、半径五百メートル近い床を螺旋状に組み立てておきながら、それでも幹の反対側まで到達していないこのクソデカ大樹も今更ながら相当おかしいと思う。
最上階層に近づくにつれて心臓の鼓動が早まる。実は族長様とは今日がお初の顔合わせなのだ。
高校二年で人生を終え、面接なんか高校受験以来ろくに受けてこなかった。相手が猫であれいきなり社長、いや規模感で言えば総理大臣と面談するような緊張感に心臓が口から飛び出てしまいそうだ。もしこれで気に入られなかったらまさかの追放?!と言うこともあり得るかもしれない。そう思うとゾッとする。
お父さんはと言えば慌てふためく僕の様子に気がついて一時宥めようとしてくれたけれど、僕の子供らしい一面に和んでいた。全くこっちはそれどころじゃないんだけど。
結局心が落ち着かない中、最上階へ辿り着いてしまった。ここには族長様しか住まわれていないとの事で階層の広さとしても他と比べるとかなり狭い。目算およそ半径百メートル程だろうか。
『族長様。お連れいたしました』
いつの間にかお父さんは息子可愛がりモードから凛とした態度に切り替わっておりお座りをしていた。僕も心底緊張しながらお父さんの背中から降りて隣に並んでお座りする。
そして、目の前の老猫の姿を見て僕は目を疑った。
族長様は三毛猫柄だった。そう、『雄の三毛猫』だ。
化猫でも珍しいのかは分からないけど、少なくともこれまでこの村で雄の三毛猫は見たことはなかった。更に言えば族長様は僕と同じで『能力猫』という。
雄の三毛猫が生まれる確率は僕の知る世界ではおよそ三万分の一。更に、能力者が生まれる確率はお母さん曰く一万分の一という。
つまり、単純計算で三億分の一の確率。
およそ0.0000003%の奇跡の存在ということだ!
とは言えこの村だけで僕を合わせたら四匹も能力猫がいることや、単純に雄の三毛猫がこの世界でもそれほど珍しいのか分かっていないから机上論でしかないけどね。
そんなことを考えながら心を落ち着かせている中、族長様はゆっくり僕の方へと歩み寄る。そのゴワゴワとした毛並みから相当お年は召していそうではあるけれど、歩む姿から身体的な衰えはあまり感じなかった。
因みにこの化猫という種族なのだが実は寿命は人間よりである。お母さんから聞いた話、大体八十〜百歳がおおよその平均で、その中で族長様はなんと百五十歳は軽く超えているらしい。生きる伝説、奇跡の存在。いくら言葉を並べても足りないほどの偉大な猫なのだ。
しかしこんな可愛い猫等をモンスター呼ばわりするこの世界だけど、寿命に関しては全くいい仕事をしてくれたと褒めてやりたいところだ。
族長様は僕の元まで辿り着くと静かに腰を下ろし、犬のようにポンと僕の頭にお手をした。
『……なるほど。ただの親バカというわけではないか。よろしい。認めよう』
族長様は何を感じ取ったのか僕とお父さんにそんな意思を向ける。それと同時、僕の体の中に何か温かいものが入り込んだ。一体何なのかと族長様を見上げると、優しい感情を僕に向けたのちに頭から手を離した。
今までに感じたことのない、エネルギーのようなものが体に満ち溢れるような感覚。今なら空蹴りだってできる気がする。もしかすると族長様の能力の効能だったりするのかな。それとも普通にそういう事ができる世界なのか。
こんなにも気分がいいんだしなんだっていっか。
『ありがとうございます族長様。この子は責任を持って私が守り抜きます』
『なぁに、心配なぞしておらんよ。さっ、お行き。黒らも待っておろう』
『はっ』
『えっ、あっ……ありがとうございます!』
結局何をされたのかも説明のないまま、僕達はその最上階を後にすることとなった。
***
僕達はお母さん達がいる階層まで降りると、そこには逞しい猫三匹がお母さんと一緒に帰りを待ってくれていた。
実を言うと彼ら三匹とは初めましてではない。コミュニケーションお試し期間中に顔を合わせたことはあった。見た目の頼もしさとは別に、とても優しい猫達であることは既に知っている。本当に血筋から環境まで恵まれすぎてて怖いぐらいだ。
まず一匹目は黄色い目をした筋肉隆々の黒猫。彼が『戦士長』と呼ばれるこの村で一番強い化猫であり、能力猫である。サイズや体格的にはもはや猫というより黒豹に近い。見るからに近距離パワー型。佇んでいるだけでも威圧感を覚える。
二匹目は青い目をした灰色の猫。元の世界ではサバトラ柄と言われる模様だ。黒の戦士長とは違い、身体はゴツゴツしていないもののその目つきの鋭さったらたまらない。滑らかな身体と綺麗な毛並みには美しさすら覚える。パワー系というよりスピードで翻弄するタイプ、だと勝手に思ってる。
三匹目はベンガルっぽさを感じる豹柄の猫。どこか飄々とした雰囲気を感じる。体に巻き付けている袋や小物を見るに色々と戦術とか立ち回りとか考えるのが得意そうな印象を受ける。所謂参謀タイプといった所だろうか。
これがこの村の最大戦力。こんな猫達と狩りに出かけられるんだからこんな贅沢なことはない。族長様からの謎パワーも合わさり僕は深夜テンションばりに気分が高揚していた。
そんな中お父さんはというと、さっきまでの凛とした態度は何処へやら。また少し弱気な表情を見せていた。今まではカッコ良いお父さんばかり見ていたけど、結構心配性なところもあるようだ。そう言えば族長様からは親バカなんて言われてたし結構裏では子煩悩なのかな?
いや普通に生後四ヶ月程度の子猫を狩場に連れてく方がおかしいのか。
『なぁ、本当に連れて行くのか? この子はまだ半年も経っていないんだぞ?』
『族長様からのお許しもいただいたのでしょ? 何も一匹で行動させるわけでもないんだから』
『そうは言ってもなッ……』
『お父さんも分かっているでしょ? この子は貴方の子よ。能力にも恵まれてるのにくすぶらせておくのは勿体無いわ』
『……まぁ確かにこいつは俺に似て天才だけどな』
お父さんと話せるようになってからちょっと思ったけど、見た目クールに見えて結構気がいい猫のように思える。
お母さんはお父さんの反応にクスクスと笑った。
『それとも、まさかこーんな小さな息子に越されてしまうなんてことを怖がってるとは言わないわよね?』
『馬鹿いえ! 生まれて半年も満たない息子に越されるわけないだろ。ほらしっかり掴まれ。教えはちゃんと守るんだぞ』
『はいお父さん! 人間には手を出さない。単独で歩き回らない。許可があるまで狩りの手出しはしない、ですね!』
『本当にしっかりした奴だなお前は。流石は母さんの子だ』
『あら煽てもなにもでないわよ?』
『心から思っているよ。他の子達もきっと偉大な子に育つさ。何せ俺たちの子供だからな』
『あらまぁ』
この親達は子供や同僚の前でイチャイチャと。まぁ仲がいいことは喜ばしい事だ。とりあえず僕は何もわからないフリでもしておこう。一方、呼び付けられた仲間三匹はと言うと『またいつものことか』とでも言いたげな顔で呆れていた。
お父さんもハッとなり頭をフルフルした後キリッと表情を整える。残念ながら全く誤魔化せてはいない。
お父さんはそんな空気も察しつつ、お母さんの鼻に鼻を当て村の外方向へと体を向き返った。
『……ッよし! そんじゃあ行くぞみんな!』
最後までお読みいただきありがとうございます!
もし本作について「先が気になる!」「なんか面白いかも?」等思ってくださいましたら、『ブクマ』や下あたりにある『⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎』にて評価をいただけましたら嬉しいです!