果たすべき悲願
「確かに納品いただきました。それでは、こちらが報酬になります」
禁忌の森の中層で発見された抜け穴での、眷属ザガンとの会敵から一週間後。
ギルド職員となったカイラが座るカウンター席の前には、今日も男の冒険者達による長蛇の列ができていた。
……いや、列には男だけでなく、女性冒険者の姿も。
とはいえ、同性であるにもかかわらず他の男連中と同じようにカイラに下心があるとか、そういったものではない。
ただ単に、今のギルラントの冒険者ギルドには、カイラしか窓口対応できる職員がいないだけなのだ。
何せ。
「んふふー、次はこっちの果物が食べたいです」
「はい……」
ザガンとの死闘により、左腕と右脚を骨折し、他にも全身に怪我を負ったエマ。
当然ながら業務に従事することができず、食事をするにも介助が必要な状態なのだから。
だというのに、エマはわざわざ松葉杖をついてまで冒険者ギルドに出勤する。
もちろん、ジェフリーにお世話をしてもらうためである。
「それにしても、先生も完全に尻に敷かれてるよな」
「うんうん」
そんなジェフリーを見て、教え子のフィルとエリオットが何故か納得顔。
普段からエマに頭が上がらないジェフリーだけに、教え子達の言葉に反論できずにいた。
(はあ……残念だが、今日は禁忌の森に行くのはお預けだな)
ご満悦のエマに気づかれないように心の中で溜息を吐き、ジェフリーは項垂れる。
だが、中層までに棲息する赤眼の魔獣については、抜け穴の調査とザガン討伐時にジェフリーとエマによってかなりの数を間引くことができた。しばらくは禁忌の森の入り口をはみ出て出没したりはしないだろう。
つまり、このギルラントに危険が及ぶことはない。
「ジェフさんも、私のお世話ができて嬉しいですよね? ね!」
「はい……」
笑顔のエマの強烈な圧に、ジェフリーはただ頷くことしかできない。
それというのも、全ては禁忌の森への同行を求め、カイラを守るように頼んだことによってエマに大怪我を負わせてしまったことへの罪悪感がそうさせていた。
もちろんエマは、ジェフリーに同行することも、身を挺してカイラを守ろうとしたことも、それによってザガンに大怪我を負わされたことも、ジェフリーのせいだと欠片も思っていない。
それどころかジェフリーに相棒と認められ、頼られ、あの眷属から守ってくれたことへの喜びだけが溢れていた。
ただ、そのことでジェフリーが甲斐甲斐しく世話をしてくれて、尽くしてくれることが嬉しくて仕方ない。
なのでこの状況を最大限に利用し、これでもかというほど甘えているわけである。
だけど。
「あは……こんな怪我さっさと治して、またジェフさんと一緒に禁忌の森に行かなきゃ」
「……そうだな」
蕩けるような笑顔を見せて告げるエマに、ジェフリーも微笑みを返して頷く。
彼女が望み求めるのは、こうして世話をしてくれるジェフリー……というのも間違いではないが、何より彼の隣に立ち支えること。
なら、いつまでもこうして休んでいる場合ではない。
一方でジェフリーの心中は、エマをまた同じ目に遭わせたくないという思いと、頼れる相棒として一緒に来てほしいという思いでせめぎ合っていた。
今回討伐したザガンは眷属の中でも下位の部類に入る。つまり、より強力な上位の眷属が現れた場合、エマはさらに酷い目に遭う可能性が高い。
だがそれ以上に、エマは可能性を示した。
彼女が放った一撃は、下位とはいえ眷属に届いてみせたのだ。
このまま経験を重ねれば、彼女は間違いなく眷属と渡り合える。
何よりエマは、小心者で女性に免疫のないジェフリーが唯一気を許し、気負わずに接することができるただ一人の信頼する女性。
十年もの間孤独に戦い続けてきたジェフリーにとって、エマはかけがえのない大切な女性なのだ。
禁忌の森の赤眼の魔獣……眷属どもを、全て駆逐するための。
(……俺は最低だな)
笑顔のエマを見つめ、ジェフリーは嫌気がさす。
エマが自ら望んでいることを分かってはいるが、彼は自身の目的のためにその気持ちを利用していると思っている。
大切な女性だと思っているからこそ、余計に。
「……目障りですので、職場でそのようなことをなさらないでください」
「っ!?」
忙しく働くカイラにジト目で睨まれ、ジェフリーは思わず息を呑む。
怪我を負わせた負い目から世話をしているだけではあるが、確かに周囲から見れば勘違いをされてもおかしくはない。職務怠慢だと言われかねない状況に、ジェフリーは頭を抱える。
反対にエマはといえば素知らぬ顔でそっぽを向いた。
そもそも最初からエマは、『ジェフリーは絶対に渡さない』のだと、カイラをはじめ女性達に見せつけるために狙ってやっている部分もあるのだ。
「とにかく、このことはクローディア殿下にご報告いたしますので」
「っ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ふい、と顔を背け仕事に戻るカイラに、ジェフリーは慌てて駆け寄る。
ザガン討伐の後、カイラはジェフリーとエマに対し、自身の目的を話した。
第一軍団長の命により、ジェフリーを監視するためにギルラントにやって来たこと。クローディアから、定期的に彼の近況報告を求められていることを。
身を挺して助けてくれたエマに、眷属の恐怖から救ってくれたジェフリーに、自分にできる精一杯の誠意を見せるために。
「ややこしくなるから、お願いだからクローディアにはどうか内密に」
平伏すジェフリーを見て、滅多に表情を変えないカイラがほくそ笑む。
これは彼に貸しを作る絶好の機会。それを逃すつもりはない。
カイラの真の目的は、自分を捨てたリンドグレーン家を見返し、『バケモノの子』と罵った墓に眠る母に唾を吐きかけ、まだ見ぬ父に逢うこと。
そのためなら、どんなことでもやり遂げると誓ったのだから。
「仕方ありませんね。では、今回のことは貸しということで」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
何度も地面に頭を擦りつけ、心からの感謝を告げるジェフリー。
その姿を見たギルドにいる冒険者達は、『ジェフリーは相変わらず女に弱いな』と苦笑した。
◇
「ふう……」
鬱蒼と茂る木々の隙間から陽の光が差し込む、禁忌の森の上層。
山のように高く積み重なった何体もの赤眼の魔獣の天辺に腰かけ、ジェフリーは息を吐く。
上層の魔獣、そして下位の眷属であれば圧倒できる強さを手に入れるまでに、ジェフリーは十年の月日を費やした。
果たして彼は、あとどれほどの経験を積めば、あとどれだけの月日を重ねれば、悲願を成し遂げることができるのか。
……いや、ひょっとしたら、彼の生があるうちに果たすことができないかもしれない。
それでも。
「これで、十七……残る眷属は、あと五十五」
ジェフリー=アリンガムは、赤眼の魔獣が……眷属がこの世界から消え去るまで、屠り続ける。
――十年前に奪われた、大切な人の復讐のために。
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