とある眷属の優雅なるひととき
『……うん、やっぱり〝ロノウェ〟の入れるお茶が一番美味しいな』
『ありがとうございます』
霊峰クロム=クルアハ山の麓に広がる、禁忌の森。
山と森の狭間にある洞窟の、さらに奥。
椅子に座りながらアンティークのカップを手にお茶を口に含み、満足げに頷く華奢で色白な美丈夫。
その傍に控えるモノクル(片眼鏡)をかけた燕尾服の男……ロノウェは、深々とお辞儀をする。
ここは岩肌が剥き出しになっている洞窟の中だというのに、貴族が使うような家具と調度品が揃っており、美丈夫もいわゆる貴族服を身に纏っていた。
明らかに、不釣り合いで異様な空間だった。
すると。
『おい! あれを見たか!』
大声で叫びながらやって来たのは、蛇の尾を持つ精悍な顔つきをした、鋼鉄の甲冑を身に纏う屈強な男。
その表情は険しく、今にも暴れ出しそうな勢いである。
『見た? 何をかな?』
『決まっているだろう! あの木の枝に刺さっていた、眷属のことだ!』
惚ける美丈夫に、屈強な男がテーブルを思いきり叩いた。
『はあ……勘弁してくれたまえよ。このテーブルを手に入れるのは苦労したんだぞ』
『知るか! それより、これは明らかに我々眷属に対する宣戦布告だ!』
今朝になって、禁忌の森で最も高い木の枝の先に、縦に両断された眷属の死体が突き刺さっていたのを発見した。
そのことは、面倒くさそうに顔をしかめる美丈夫も認識している。
『〝エリゴス〟様、それであれば私も見ましたよ。まるであれは……そう、百舌鳥の早贄というものですね』
人差し指を立て、どこか得意げに告げるロノウェ。
屈強の男……エリゴスは、そうだとばかりに力強く頷いた。
『ザガン様もあのような姿になり、お可哀想に……』
『君、そんなふうに思っていないだろう? それにあれは、私達のおこぼれにありついただけの醜い下位に過ぎないじゃないか』
よよよ、とわざとらしくチーフで目頭を押さえるロノウェを、美丈夫の男はジト目で睨む。
同格であるにもかかわらず、あえて執事として振る舞うところなど、ロノウェは何かと芝居がかっているところが玉に瑕だ。
『そうかもしれんが、あのような真似をした者の意図くらいは〝アスタロト〟も分かっておるだろう!』
『まあね……』
美丈夫……アスタロトは、僅かに眉根を寄せる。
わざわざ高い木の枝にザガンの死体を刺したのは、見せしめのために他ならない。
つまり、『いずれ貴様達もこうなる』という、眷属に向けた強烈なメッセージなのだ。
『ふん。相変わらずあなたって、くだらないことを気にするのね』
鼻を鳴らして現れたのは、金色の髪を縦ロールにした美しい女性。
真紅のドレスに包まれたその身体は、豊満であるがゆえにたわわに実った胸元が零れ落ちそうになっていた。
『なんだ〝ガアプ〟か』
『なんだとは失礼ね。とにかく、アスタロトの言うとおりザガンなんて醜い雑魚、放っておけばいいのよ』
綺麗にロールされた髪をかき上げ、ガアプは不機嫌そうに言い放つ。
どこまでも傲慢で、尊大で、厚顔不遜な彼女とエリゴスのやり取りを見て、アスタロトは苦笑した。
とはいえ。
『ザガンのことはともかく、今回も『矮小なる怪物』の仕業だろうね……』
お茶を口に含み、アスタロトはぽつり、と呟く。
禁忌の森の頂点に立つ、七十二の眷属。
跋扈する赤眼の魔獣を使役、統率あるいは蹂躙し、主より授かりし祝福をもってこの聖地を守る者達。
――それが、たった一人のニンゲンによって脅かされている。
最初は赤眼の魔獣にすらてこずり、あるいは歯が立たない矮小な存在に過ぎなかった。
それが、森の下層から中層、上層へと少しずつ忍び寄り、五年前に最初の眷属が葬り去られたのだ。
序列最下位の、上層に棲息する赤眼の魔獣より僅かに強いだけの存在に過ぎないものの、それでもまがりなりにも眷属。
主の祝福を受けているにもかかわらず、そのニンゲンが屠ったという事実を覆すことはできない。
今では、早贄にされたザガンを含め、十五の眷属がニンゲンの餌食となった。
そう……矮小なるニンゲンは、怪物へと変貌を遂げたのだ、
眷属に届きうる、『矮小なる怪物』へと。
『アスタロト様の悩みは尽きませんな』
『そうなんだよねえ……まあそれは、外へ遊びに行っている連中が帰ってきたら、少し真面目に考えるとしようか』
下位はともかく、上位の眷属の多くは禁忌の森の外にいる。
主の呪縛から解き放たれ、外へと飛び出した愚者達が。
『そういえば、中層の穴も封鎖されてしまったようです』
『そうかい』
二十五年前、下界に住む大勢のニンゲンが無謀にも開けた、外へと通じる穴。……いや、正しくは森の中へと通じる穴。
今ではアスタロト達上位の眷属には無意味で誰も使っていないが、下位の眷属はあの穴がなければ外に出ることなどできない。
『とにかく、今は好きにさせるさ』
『そうですね。ところで、もう一杯いかがですか?』
『ああ、頼むよ』
ロノウェに追加のお茶を注いでもらい、アスタロトは優雅にそれを口にした。
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