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就職希望

「おはようございます、ジェフリー殿」

「なんでいるの!?」


 次の日の朝、ジェフリーがギルドに出勤すると、何故かクローディアの秘書カイラがいた。


 ジェフリーは青鱗の魔獣を討伐した次の日の夜に、王都を発った。

 ギルラントに帰ってきたのは昨日。つまりカイラは、ジェフリーが王都を出た翌日には、このギルラントを目指して出発したということになる。


「実は今回の青鱗の魔獣討伐の一件を受けて、あのような死と隣り合わせの危険な職場にいては命がいくつあっても足りないと思い、転職することにしました」

「へ、へえー……」


 そもそも彼女のいた王国軍参謀本部は、前線で戦うというより後方での戦略立案が主な仕事のはず。確かに有事の際には前線に駆り出される可能性も否定はしないが、それでも軍の中でも比較的安全な職場なのだが。

 青鱗の魔獣討伐も、結局のところ戦ったのは第二軍団であり、参謀本部は個人的理由で参加した以外は不参加。今回の件をきっかけに思い直すなど、違和感しかない。


「それに、上司であるクローディア殿下は我儘(わがまま)で横暴で、秘書の私がどれだけ言っても仕事をしてくれず、もう付き合いきれません」

「ああー……」


 むしろその理由を先に行ってくれたほうが納得できたのに。ジェフリーはそう思った。

 実際に王都でカイラが苦労している姿を目撃しているからこそ、余計に。


「そういうわけで、せっかくですので王都とは縁もゆかりもない辺境の街で人生をやり直すことにしました。ちょうどジェフリー殿がギルラントにいらっしゃることに思い至り、こうしてやって来た次第です」

「いや、たった一日で思い立ったの?」


 魔獣討伐の翌々日には退役してギルラントに来たということだから、仕事の引継ぎなどはどうしたのかなど、色々と疑問に思うジェフリー。

 何より、あのクローディアがそう簡単に優秀な人材を手放すとは思えない。


 ……ひょっとしたらカイラは、クローディアに退役することすら告げていないのではないだろうか。


「そういうわけですので、是非ともこのギルドで私を雇っていただきたいのですが」

「『そういうわけ』って、どういうわけ?」


 よりによって、どうしてこんな辺境のギルドを再就職先に選んだのだろうか。

 王都での彼女の仕事ぶりを見た限りでは、もっと好待遇の仕事を選べそうなものだが。


 すると。


「…………………………」


 ギルドのカウンターの奥から、エマが無言でジェフリーを呼びつける。

 その絶対零度のまなざしは、これからジェフリーを不幸のどん底に落とす気満々だった。


「な、なんでしょうか……」

「あの女が、どうしてここにいるんですか?」


 ただならぬ雰囲気を感じたジェフリーは思いきり(へりくだ)ると、エマがカイラを顎で指し示し尋ねる。

 返答次第ではただでは済まないことを、藍色の瞳で言外に告げて。


「……そのー、王国軍に嫌気がさして、ここに再就職したいそうです」

「は?」

「ひっ!?」


 どすの利いた低い声を出すエマに、ジェフリーは軽く悲鳴を上げた。


「あり得ないですね。というか、絶対に裏があるに決まっています。そうですね……オフィーリアさんが、ジェフさんを引き抜くために送り込んだと考えるべきでしょう」

「そ、そうかな? 俺なんか引き抜いても、意味がないと思うんだが……」

「意味ならありますよ。いろんな(・・・・)意味(・・)が」


 確信めいて告げるエマ。ジェフリーも思い当たる節がないわけではない。

 アリスもそうだが、クローディアは決闘をしてまで自分を引き留めようとした。とはいえ、自分はギルラントから離れるつもりなど毛頭ないのだから、それは無理な話だ。


「ハア……分かりました。いずれにしても、うちのギルドにクローディアさんの犬など必要ありません。丁重に王都にお帰りいただきましょう」

「え? ちょ!?」


 深く溜息を吐いてそう言うと、エマはジェフリーを無視してずんずんとカイラへ歩み寄る。


「ジェフさんからお話は伺いました。カイラさん、と呼ばせていただきますね」

「はい」

「残念ですが、うちのギルドでは間に合ってますので、お帰りください」

「?」


 扉を指し示し、ギルドから出るように促すエマ。

 だがカイラは首を傾げ、理解できないというような素振りを見せる。


「分かりませんか? うちのギルドでは、カイラさんを雇わないと言っているんです。ついでに言うなら、ギルラントからも出て行ってください」


 冷たく言い放つエマ。かなり辛辣(しんらつ)だが、殺気を抑えているだけましかもしれない。


「すみませんが、このギルドの責任者に合わせていただきたいのですが」

「その必要はありません。私の決定はギルド長の決定と思ってください」


 そんな権限はエマに与えられていないが、余計なことを言って巻き込まれてはたまったものではない。

 ジェフリーは貝のように口を(つぐ)む。


「話になりません。責任者に会わせていただくまで、ここから動く気はありませんので」

「……聞こえないの? 私は出て行けって言ってるんですよ」


 一歩も退かないカイラに、エマが苛立ちを見せる。

 最近は鳴りを潜めているが、本来のエマは色々な面で躊躇(ちゅうちょ)がない。


「お、おい……」


 このままではまずいと思い、ジェフリーがエマをなだめようとしたところで。


「うへえ……面倒事は嫌だけど、ここでエマ君に暴れられるのはもっと嫌だからねえ……」

「「ギルド長」」


 今までずっと執務室に引きこもっていたギルド長のヘンリーが、心底嫌そうな表情で姿を見せた。

 ジェフリーは出てくるならもっと早く出てきてほしいと思いつつ、ヘンリーが重い腰を上げるほど危険な状況だったんだな、と、改めて認識する。


「僕がここのギルド長のヘンリーだよ。それで、君は……?」

「申し遅れました。私の名はカイラ=リンドグレーン、是非ともこのギルドで働かせてください」


 訝しげな表情で尋ねるヘンリーに名乗ると、カイラは懐から一通の書状を渡した。


 すると。


「……カイラ君は、今日からうちの職員ね」

「っ!? ギ、ギルド長!」


 あの書状に何が書いてあるのかは分からないが、二つ返事でカイラを採用したヘンリーに、エマが食ってかかる。


「私は認めませんよ! 今すぐ撤回してください!」

「こ、これは決定事項だから! エマ君が反対しても駄目なものは駄目なの! ……ぐえっ!?」


 怪力のエマに思いきり振り回されて変な声を上げつつも、カイラの採用を撤回しないヘンリー。

 このままだとヘンリーの息の根が止まってしまうかも。ジェフリーは呑気にそう思った。


「無事採用されましたので、本日からどうぞよろしくお願いします」

「あ、ああ、うん。よろしく……」


深々とお辞儀をするカイラに、ジェフリーはなんとも言えない気分のまま同じくお辞儀をして返した……まではよかったのだが。


「それでは同じ職員のよしみで、ジェフリー殿にお願いしたいことがあるのですが」

「お、お願い……?」


 カイラの言葉に嫌な予感しかしないジェフリーは、思わず身構える。


「この私ともう一度、手合わせ願えますでしょうか」

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