元教え子達は諦めない
ジェフリーから教えを受けながらギルラントで冒険者をしていた、十七歳の冬。
従者のノーマンから知らせを受け、クローディアは王都に帰ることを決断した。
曰く、『王宮が二つに割れ、妹の〝シャルロット〟が危機に瀕している』というもの。
恩師であり憧れの存在であるジェフリーから離れることは身を引き裂かれる思いだったが、それでも、大切な妹に危険が及んでいるのであれば行かないわけにもいくまい。
こうしてジェフリーと別れ、王都へと帰還したクローディア。
ノーマンに所在を隠してもらっていたことが幸いし、気づかれることなく妹シャルロットと合流。彼女を守り抜くことに成功した。
その際、当然ながらジェフリーから学んだ冒険者としての技術、経験、知恵は大いに役立ち、敵を一掃。二度と同じようなことが起こらないよう、クローディアは王国の姫でありながら軍人になる道を選んだ。
王国の軍事の全てを、掌握するために。
有事が起こらなければ、クローディアはきっと憧れの人のかつての職業である冒険者を目指していただろう。
残念ながら、その選択はもうあり得ない。
その出来事により、クローディアにとって冒険者という存在が、金と欲望に染まる下賤な職業に成り下がってしまったのだから。
ギルラントに行く前……つまり王立学院に入学する前から、王宮騎士はおろか歴戦の勇士であるコンラッドですら太刀打ちできないほどの強さを誇っていたクローディア。
その実力は王都内に知れ渡っており、軍人となるやすぐに第二軍団長に抜擢された。
もちろん、武力一辺倒では人の上に立つことができない。
だが、クローディアは違った。
実務能力や指揮能力も非常に高く、何より王国の姫君。その求心力は王国軍の全ての将校も足元に及ばない。
クローディア二十歳の春。
アルグレア連合王国は、犬猿の仲である隣国〝クロヴィス王国〟と交戦。
序盤は劣勢だったアルグレア軍だったが、クローディア率いる第二軍団が戦列に加わると形勢は一気に逆転。
電撃戦による敵陣の一点突破と包囲殲滅戦術により、クロヴィス軍は瓦解。さらには戦に参加していたクロヴィス王国が誇る『鬼狩り』の異名を持つ黒曜等級冒険者、〝ティボー=アロン〟を見事に斬り伏せてみせたのだ。
その巧みな戦術と類まれなる武力を讃えられ、この功績により最高位の『金獅子十字勲章』が授けられるとともに、クローディアは将軍に昇格。軍事作戦の要となる王国軍参謀長に任命された。
また、戦場での彼女の活躍から、味方からは『雷霆の戦姫』と呼ばれ尊敬と称賛を、敵であるクロヴィス王国からは『鉄血の戦鬼』と呼ばれ畏怖を集めることとなった。
王族の姫君でありながら、輝かしい経歴を持つクローディア。
クローディア自身は王族という身分に興味はなく、むしろ自由を奪う邪魔なものでしかない。それでも、彼女の目的を達成するためには大いに役に立つ。
王族としての身分、軍人としての地位、名誉、実績。
この一年、クローディアは自身の持つそれら全てを最大限活用し、準備も、根回しも全て終わっている。
あと必要なのは、認知させるための実績のみ。それも、今回の魔獣討伐の一件で条件を満たした。
だというのに。
「はあ……やはりもっと強引に引き留めるべきだったか……」
王国軍参謀本部の執務室。
クローディアは机に突っ伏し、何度目か分からない溜息を吐く。
そもそも今回の魔獣討伐を彼に依頼したのは、もちろん赤眼の魔獣だからということもあるが、何より尊敬するジェフリーをギルラントから誘い出し、何としてでも王都に骨を埋めてもらうため。
そのためだけにこの五年間、クローディアは頑張ってきたのだ。
精鋭ぞろいの王国軍第二軍団ですら歯が立たなかった魔獣をジェフリーが倒すことで、王国の全ての者に彼の実力を認めさせる。
そのためのお膳立ても整え、魔獣博士シルトンから青鱗の魔獣が特異な存在である旨のお墨付きも得た。
それにより、父でありアルグレア連合王国の王である〝リチャード=レクス=アルグレア〟をはじめ、多くの者にジェフリーを知らしめたのだ。
全てが思惑とおりに事が運び、準備も整った。
ところが、だ。
「先生がいなければ、何の意味もないではないか……」
そう呟き、溜息を吐くクローディア。
禁忌の森で救われた一件からジェフリーの教えを受け、彼のことを知るようになってから、彼女はずっと、いつか彼が本来いるべき場所で正しい評価を受けることを望んでいた。
……いや、違う。
クローディアは、ジェフリー=アリンガムという男が呪縛から解き放たれ、救われてほしいと願い続けているのだ。
そのためだけに、クローディアは王都に帰還してからの五年間の全てを捧げてきたのだから。
すると。
「……やっぱりなの」
カイラに通されて執務室に現れたのは、ジェフリーのもう一人の教え子であり、黒曜等級冒険者のアリス。
クローディアにとって妹弟子に当たる彼女は、その口振りからも分かるとおりジェフリーがこのような行動に出ることを予見していたようだ。
それを受け、クローディアが落ち込むことも。
「お前か……残念ながら、先生はもう帰ってしまわれた」
「……そんなことは分かってるの。ただ、お別れの挨拶くらいはしたかった」
表情に変化はないものの、アリスはどこか寂しそうに告げる。
彼女にとってもジェフリーは特別な存在。突然の別れというのは、やはりつらいものなのだろう。
「なあ……お前は先生の実力が世間に認められて、この王都で暮らせるようになったら、その……どう思う?」
「……嬉しいに決まってるの。でも、きっと先生はそれを望まないことも分かってる」
「そう、だな……」
この五年間の全てが独りよがりであることは、クローディア自身が一番理解している。
でも……それでも、クローディアは願わずにはいられなかったのだ。
「……ん。だからちょっとだけ、あなたには期待してるの。先生が少しでも、心変わりしてくれることを」
「あ……」
どうやらアリスは、クローディアのことを励ましているつもりらしい。
もちろん、本当にジェフリーの気が変わり、王都に移り住むことを心の底から望んでいるのも事実のようだが。
「フフ……ならお前も、少しは手伝え。ただでさえ頑固で自己肯定感の低い先生を心変わりさせるのは、大変なのだぞ?」
「……今は無理なの。ボクにはそれよりも先に、やるべきことがあるから」
誰よりも慕うジェフリーのもとを離れ、二年前に王都に来たのには理由がある。
そのために彼女は形見の弓を扱えるようになり、冒険者となったのだから。
「そうか……まあ、先生のことはこの私に任せて、お前は指を咥えて悔しがるがいい」
「……あり得ないの。むしろ先生に袖にされたあなたを、ボクが慰める未来しか見えない」
「どうしてそうなる!?」
ちょっとした皮肉を言ったクローディアだが、アリスに簡単に言い負かされて思わず叫ぶ。
基本的に直情型のクローディアは口では太刀打ちできないようだ。
「やはり冒険者は大嫌いだ! ……だがまあ、一応はお前も妹弟子だからな。もし困ったことがあれば、その時は話くらい聞いてやる」
「……出来の悪い姉弟子を持つと大変なの。だからいらない」
「何だと!」
怒り心頭のクローディアにくるり、と背を向けると、アリスはちろ、と舌を出して逃げるように……だけど、どこか嬉しそうに部屋から出て行った。
「ふう……まったく」
部屋の入口を見つめ、息を吐くクローディア。
気づけば彼女は口の端を持ち上げ、次はどうやってジェフリーを王都に連れてこようかと、策をめぐらせ始める……のだが。
「ん? どうしたカイラ」
「クローディア殿下、折り入ってお話があるのですが……」
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