出頭命令
「悪いがそれは経験済みだ」
「っ!? なっ!?」
急所を捉えたはずの三連の刺突はジェフリーが無造作に抜いた片刃の剣によっていなされ、気づけば軍服から覗く女性の細く白い首に刃が添えられていた。
「んふふー。この勝負、ジェフさんの勝利ですね」
決闘前までとは打って変わり、豊満な胸を張りながらご機嫌な様子で二人の傍へ歩み寄るエマ。
ジェフリーが容赦なく勝利してみせたことで、少しは疑いが晴れたようだ。
一方で。
「や、やっぱエマさんは怖いな……」
「ああ……相変わらず敵に対しては、容赦ない」
フィルとエリオットは、顔を見合わせてうんうん、と頷き合う。
普段はギルドの看板娘としてギルラントの冒険者達の羨望を一身に集めているエマ。
朗らかで清楚な彼女の普段の様子からは考えられないかもしれないが、怒ればこの街で最も恐い。
まだ冒険者になって一か月程度の二人ではあるが、実際に敵を前にした時のエマの姿を知っている。
二人はその時のこと……ジェフリーに近づこうとした敵が悲惨な目に遭った姿が脳裏に浮かび、恐怖した。
「……そうですね、完敗です」
意外なことに、軍服の女性は素直に敗北を認める。
彼女は表情すら変えることなく、淡々とした様子。悔しさといった感情がまるで見受けられない。
「満足しました? なら、さっさとこの街から出て行け」
にこやかな表情から一変し、どこまでも冷たい視線を向けて低い声で辛辣に告げるエマ。その姿に、ジェフリーは思わず戦慄する。
ところが。
「このような真似をしたことについては、謝罪いたします。……ですが、私も遊びでこの辺境まで来たわけではありませんので」
軍服の女性は深々とお辞儀をしたかと思うと、姿勢を正してそう言い放つ。
その真紅の瞳からは、強い意思が感じられた。
その前に、彼女は先程の決闘で一切本気を出していないことは分かっていた。
つまりジェフリーは、試されていたのだ。
何かあるのだと、ジェフリーはそう思わずにはいられない。
「……申し遅れました。私はアルグレア王国軍参謀本部所属、〝カイラ=リンドグレーン〟と申します。この度王命により、ジェフリー殿には王都への出頭命令が出ております」
「「は……?」」
ジェフリーとエマは、声を揃えて呆けた声を漏らした。
◇
「現在、王国軍第二軍団は、王都に流れるアイシス側の橋梁工事の任務を受けております」
「は、はあ……」
ギルド内に戻るなり軍服の女性……カイラから説明を受け、ジェフリーは曖昧に相槌を打つ。
ちなみにエマは仕事に戻り、今は受付のカウンターから二人に射殺すような視線を向けていた。
「だけど、軍隊っていうのはそんなことまでするんだなあ……」
「平時は訓練のほか、土木や建設工事に主に従事しています。これも国防のために必要なことですので」
彼女曰く、王国軍は防衛や治安維持だけが仕事というわけではないらしく、大規模工事などの任務も与えられる。王国の税が使われている以上、大勢の兵士を遊ばせるわけにもいかない。
それに、戦場においても拠点設置や防衛線を張るための土木及び建築工事は必須であり、むしろ兵士の訓練という意味でも重要だとのこと。
「ですが、いざ工事を行うに当たり、問題が発生しました」
「問題……っていうのは?」
「アイシス川の下流から、一体の魔獣が出現したんです」
おずおずと尋ねたジェフリーに、カイラが僅かに眉根を寄せて告げた。
「……つまり、俺に魔獣討伐の手伝いをしろと?」
「お見込みのとおりです」
「待ってください。王国軍の第二軍団といえば、第一軍団と並んで国防の一翼を担う要じゃないですか。たかが魔獣一体程度で、しかも辺境ギルドの一教官に過ぎないジェフさんに王国が助けを求めるなんて、おかしいと思うんですけど」
聞き耳を立てていたエマが、会話に割り込んでくる。
結局は二人が気になって仕方がなく、仕事もおぼつかないようだ。
だが、エマの指摘ももっとも。
先程の決闘でジェフリーの実力の片鱗を見たとはいえ、それでも、こうして王都から片道一週間もかけ、わざわざ参謀本部の軍人を派遣してまで呼びに来るなど、明らかにおかしい。
しかも王国は、どうやってジェフリーの存在を知ったというのだろうか。
考えれば考えるほど深まる疑問に、二人はカイラに懐疑的な視線を向ける。
「……お二人の疑念はごもっともです。ですが、こちらとしてもここで全てをお話しするわけにはまいりません。何分、機密事項に触れますので」
話を聞けば聞くほど、大事に巻き込まれそうな予感をひしひしと感じるジェフリー。
わざわざ決闘を挑んできた理由も分かった。その魔獣を討伐するために、自分の実力を試したのだということを。
「と、とりあえず、その話は今は置いといて、出現した魔獣というのは俺なんかの手を借りなければいけないほどの奴なのかな……」
「はい。先程の手合わせで分かりましたが、ジェフリー殿のお力は間違いなく必要です」
何故そこまで確信めいたことを言えるのかは分からないが、とにかく現れた魔獣は一筋縄ではいかないようだ。
だが、剣を交え彼女の実力を肌で感じたジェフリーは、違和感を覚える。
彼女が隠している実力を加味すれば、どんな魔獣でも易々と倒してしまえるだろう。
しかも第二軍団総出で魔獣討伐に乗り出すのだ。別にジェフリーを加えなくても、どうとでもなると思うのだが。
「魔獣を目撃した兵士達の証言によれば、その大きさは十メートル以上。弓矢や魔法による遠距離攻撃を仕掛けたものの堅牢な鱗に覆われており歯が立たず、建造中の橋を破壊してそのまま去っていったそうです」
「待ってください。何度も言いますけど、その魔獣がどれだけ強くたってジェフさんには関係ないじゃないですか。それよりもむしろ、王国自慢の黒曜等級冒険者にでも依頼したらどうですか?」
再びエマが会話に割って入り指摘した。
冒険者には等級がある。登録したばかりの青銅等級から始まり、黒鉄等級、銀等級、金等級、白金等級と続く。
そして、黒曜等級こそが最上位の等級。
歴史に名を遺すような英雄達はすべからく黒曜等級の冒険者であり、その実力も、その価値も計り知れない。
極論を言えば、黒曜等級の冒険者が自国にどれだけ存在するかによって国の価値が決まると言っても過言ではない。それほど、彼等の力は突出しているのだ。
戦をすれば、黒曜等級の冒険者が一人いるだけで戦局を左右してしまうほどに。
なお、このアルグレア連合王国には十人の黒曜等級の冒険者がおり、西方諸国では屈指の保有数である。
「……残念ながら、黒曜等級冒険者のうち四人は別の依頼を受けていて対応不可、三人は明確に断られ、残る三人は連絡すらつきません」
「ふむ……って、ちょっと待ってくださいよ!? ただのギルドの教官に過ぎない俺を、黒曜等級の連中と同格に扱わないでください!」
「いえ、ジェフリー殿の実力は本物。決して黒曜等級冒険者にも劣らないと思います」
先程から終始べた褒めのカイラ。
たった一回の手合わせでそこまで分かるはずもなく、むしろそんなに持ち上げてまで自分を王都に連れて行きたいのか。ジェフリーはますます王都に行きたくない。
何より、ジェフリーにはやるべきことがある。
ギルド教官として、教え子達の指導に当たること。そして……。
「すまないが、俺は王都には……」
「魔獣が現れた時、残念ながら私はその場におりませんでしたが、目撃した兵士達によれば通常の魔獣と異なり、その眼は赤く輝いていたそうです」
「「っ!?」」
言葉を遮ってカイラがそう告げた瞬間、ジェフリーは息を呑み、エマは思わず立ち上がった。
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