帰路に就く
「……悪いがそれは経験済みだ」
積み上げた七年間を、その想いの全てを剣で受け止めてみせたジェフリーは、クローディアの首元に刃を優しくあてがった。
「ふふ……この勝負、私の負けです」
膝を落とし、クローディアは微笑みながら敗北を宣言した。
唯我独尊で負けず嫌いの彼女であるが、その美しい顔に悔しさはない。
あるのはジェフリーと思う存分に剣を交えることができた喜びと、登りついた先の、まだ遥か先の頂を歩く師への、溢れる崇敬の念。
「ああー……よかったあ……」
そう言うと、心から安堵した表情でその場にへたり込むジェフリー。
この勝負はジェフリーが王都に留まるか、ギルラントに帰るかを賭けたもの。
だが彼にとっては、教え子との大切な時間でもあった。
彼女の成長を確かめ喜びつつ、師としてその先を示すことも必要……そう考えていたのだ。
ジェフリーのその想いは、ちゃんと伝わったようで。
「やっぱり先生は、尊敬する私の先生です。いつかあなたを超えるため、これからも精進します」
「は、はは……お手柔らかに」
クローディアの差し伸べた手を握り、ジェフリーは願う。
お願いだから、もう少し先生としての威厳を保たせてください、と。
「…………………………」
そんな二人の微笑ましい様子を、ノーマンは口惜しそうに見つめる。
クローディアの従者となって十五年。ジェフリーよりも長く傍にいて、ジェフリーよりも長く見続けてきた。
それでも彼女にとって、ノーマン=ウォルフォードの存在はジェフリーよりも軽い。
どれだけ尽くしても、どれだけ想い焦がれても。
思わず無力感に苛まれ、全てを投げ出してしまいたくもなる。あるいは、どんな手を使ってでも奪い取ってしまいたくなる。
(……いやいや、何を考えているんだ僕は)
はっと思い直し、ノーマンはかぶりを振る。
ただの従者に過ぎない自分が、クローディアの特別になれないのは当然ではないか。彼女の特別になりたいのならば、自他ともに認められる特別な存在になるしかないのだ。
正直なところ、ノーマンの実力は王国軍の中でも指折り。第二軍団長コンラッド=バークレーよりも上であり、黒曜等級冒険者にも匹敵することは間違いない。
それでも、彼は青鱗の魔獣に歯が立たなかった。
易々と魔獣を討伐してみせた、ジェフリー=アリンガムの足元にも及ばないのだ。
もちろん、クローディアにも。
何としてでも強くなる。強くなって、クローディアも、ジェフリーすらも超えてみせる……と意気込んでみるが、七年前に同じように一念発起した上で現在がある。
そのおかげで今の実力を手にすることができたものの、二人はまだ遥か先。一生かけても追いつけるかどうか、分からない。
(僕は、どうしたらいいですか……?)
自分には絶対に見せたことがないクローディアの笑顔を見つめ、ノーマンは胸元を握りしめながら己に問い続けた。
◇
「……それじゃ、俺はもう行くよ」
クローディアとの……元教え子との二人だけの時間を楽しむと、ジェフリーがおもむろに告げる。
これ以上は、何よりも譲れない目的がある彼であっても、後ろ髪を引かれてしまう。
「先生……青鱗の魔獣については、こちらでも引き続き調査いたします。どうしてアイシス川に出没したのか、目的は何だったのか、どこから……いえ、これは言うまでもありませんね」
そう言うと、クローディアは苦笑してかぶりを振る。
赤眼の魔獣が棲む場所など、アルグレア連合王国において……この世界において、一つしかない。
――ギルラント北部に位置する、禁忌の森のみ。
ジェフリーの教え子であり、禁忌の森で逃れられぬ死に直面した彼女だからこそ、赤眼の魔獣の恐ろしさを理解している。
鍛え上げたこの強さも、それを乗り越えるためにあるのだから。
「俺も向こうに戻り次第、すぐに調べるよ。何か分かったら、ディアに知らせるから」
「ありがとうございます」
いずれにせよ、こうして王都に出没した以上、赤眼の魔獣は王国にとっても脅威。
王国の全てをもって、赤眼の魔獣を駆逐する。クローディアは改めて決意を込め、お辞儀をした。
「それじゃ、またな」
「あ……ふへへ」
クローディアの頭を優しく撫でると、ジェフリーは翻って城門を抜ける。
その嬉しさから、彼女はだらしない表情を浮かべた。
「……僕は、二度と会いたくありませんね。もちろんクローディア殿下にも、会っていただきたくありません」
「そ、そうですか……」
すれ違いざま、ノーマンは低い声でジェフリーに告げる。
嫉妬によるところも多分にあるが、それ以上にジェフリーを危険な男だと判断したため。
絶対に、この壊れた怪物をクローディアに近づけてはいけない。
さもなければ、いずれ彼女に最悪の未来が訪れてしまうことを予見して。
そのために彼は、青鱗の魔獣によって受けた怪我を押して、クローディアから鉄拳制裁を受けると分かっていても、彼女に随伴したのだから。
一方でジェフリーは、ここまで一方的に嫌われる理由が分からず、居たたまれなくて仕方がない。
小心者ゆえに他人の評価を大いに気にしてしまうのだ。
そうしてジェフリーは城門をくぐり、肩を落としながら帰路に就く……のだが。
「あれ? そういえばつい昔の癖でディアの頭を撫でたけど、ひょっとしてやらかしてしまったのでは……?」
ギルドの研修でも、女性に馴れ馴れしく触ったりすることは性的な嫌がらせ……いわゆるセクハラに該当し、訴えられることもやむ無しと習った。
しかも相手はアルグレア連合王国第一王女であり、王国軍参謀長を務めるクローディア。確実にアウトである。
「あああああ……! だからノーマン殿は、あんなに怒っていたのか!」
自分のしでかしたことの重大さに気づき、経験済みな辺境ギルドの教官は、自らの失態に思わず頭を抱えた。
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