引き留めたい
「では……参るッッッ!」
叫びにも似た言葉とともに、クローディアは力強く地面を蹴った。
その姿はさながら獅子のように勇壮で、不敵に笑う紅い口元から犬歯を牙のように覗かせる。
(これは……っ)
一歩目の速さは、第二軍団長コンラッドの比ではない。
一瞬で距離を詰めつつ、長剣の利点を活かしてジェフリーの間合いの外から攻撃を仕掛ける。
何より。
「はあああああああああああああああッッッ!」
一八〇センチ以上もの長さのある剣を自由自在に操り、連撃を繰り出すクローディア。
これでは間合いを詰めようにも、おいそれと近寄るわけにもいかない。
「く……っ!」
クローディアの剣を捌き続けるが、このままでは防戦一方。ジェフリーは後方へ飛び、距離を稼いだ……のだが。
「逃がさんッッッ!」
それを許さないとばかりに、クローディアはさらに前に出て間合いを潰す。
常に自分にとって有利な状況を生み出し、敵を仕留める。教え子時代にジェフリーが教えてきたことが、存分に発揮されていた。
「は……はは……っ」
攻撃を防ぐだけで手一杯だというのに、ジェフリーは思わず笑みを零す。
アリスとの試合の時もそうだったが、やはり教え子の成長を身をもって感じる喜びは、教官冥利に尽きる。ジェフリーはそう思った。
一方で。
「随分と……余裕ですね……っ!」
「うおっ!?」
鍔迫り合いから一気に弾き飛ばし、ここで逆に距離を取ったクローディア。
せっかく追い詰めていた状況で離れてしまったことを不可解に思えるが、彼女とて無尽蔵に剣撃を繰り出せるわけではない。
それが、ジェフリー=アリンガムであればなおさら。
そう……ここまでクローディアは、一気呵成に攻め立てはしたが、それも全てはジェフリーに攻撃の機会を与えないため。
息を吐かせぬ連撃で身動きができないように縛りつけておかなければ、一瞬にして形勢を返されてしまう。……いや、敗北に繋がってしまうのだ。
そのことを、ジェフリーの教え子であるクローディアは誰よりも知っている。
そういうわけなので、並の相手であれば一度も剣撃が止むことなく倒し切ってしまうクローディアも、極限まで酷使した集中力と緊張による疲労から限界を迎え、こうやって息を吐く間を確保しなければならない。
「な……何なんですか、これは……っ」
二人の闘いを見守っていたノーマンが、目を見開いて思わず零す。
長年仕えてきたのだ。クローディアが隔絶して強いことは、存分に理解していた。
彼女に認めてもらうために第二軍団で討伐しようとしたものの、もしクローディアがいれば青鱗の魔獣を我々だけで仕留めることができると、ノーマンは確信している。
同じく、ジェフリーがそれに匹敵するほど強いことは、コンラッドとの決闘、そして青鱗の魔獣討伐で承知済み。
だから互角の闘いになると予想していたものの、既にそれを遥かに超える戦いぶりだった。
「行きます! 先生!」
「ああ、こい!」
二人とも笑みを浮かべ、ただひたすらに剣を交え続ける。
時折離れて呼吸を整えたりはするものの、ノーマンはその動きを追うのがやっと。常人離れをした二人に戦慄した。
それと同時に。
「……僕では、足元にも及ばなかったということですか……っ」
唇を噛み、拳を握りしめるノーマン。
いつかクローディアに追いつき、追い越し、その隣に立つことを夢見てきた彼だからこそ、二人の闘いから目を離すことができず、嫉妬で狂いそうになる。
既に分かるとおり、本来であれば青鱗の魔獣を討伐するのにジェフリーは必要なかった。
クローディアさえいれば問題ないことは、目の前の闘いを見ても明らかだ。
それでも彼女がジェフリーを招聘したのは、それを望んだからに他ならない。
ノーマンも、詳しい理由までは知らない。久方ぶりにかつての師に逢いたかったからなのか、それとも、他に目的があったのか。
いずれにせよ、クローディアが求めてやまないのは自分ではなく、見た目はうだつの上がらなそうな辺境ギルドの教官だったということ。
彼女の心の隙間に、自分が入り込む余地はないのだと。
「はあ……はあ……っ」
闘いが始まってから、およそ十五分。
肩で息をし、疲労が窺えるクローディア。
「ふう……」
そんな彼女を見つめ、ジェフリーは深く息を吐く。
僅かに疲れているように見えなくもないが、どちらに余裕がないかは比べるまでもない。
ノーマンは信じたくはないが、実力はジェフリーのほうが主よりも上なのだと認めざるを得ない。
「……やはり先生はお強いですね。五年前と……私の知っている先生と、いささかも変わっておりません。……いえ、あの頃よりもさらに強く」
「それはディアも同じだ。ギルラントを出てからこれまで、君はこんなにも成長していたんだな」
「あ……」
笑顔のジェフリーの言葉に、クローディアは胸を詰まらせる。
やむを得ずギルラントを離れた後も、ジェフリーの教えを守り己を磨き上げ続けた。
いつか、大切な師に見ていただくために。
いつか、大切な師に褒めていただくために。
その想いが今、報われた。
「さあ……そろそろ決着をつけよう」
「はい……っ」
この闘いはジェフリーを引き留めるため、クローディアが望んだもの。
教え子だったあの頃のように、いつまでも稽古をしているわけにはいかない。
だから。
「はあああああああああああ……っ」
クローディアは剣を正眼に構え、特殊な呼吸を繰り返す。
静寂の夜の中で、その息遣いだけが響く。
ジェフリーもまた、霞の構えでそれを迎え撃つ姿勢を取った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
雄叫びとともに、クローディアが地面を蹴る。
先程までの疲労が嘘のように、この闘いで最も速く、最も力強い動き。
「シッ!」
間合いに入った瞬間、連続で突きを繰り出すクローディア。
ノーマンにはたった一突きしかしていないように見えるが、実は違う。
クローディアは刹那とも呼べる一瞬の時の中で、なんと五回もの突きの連撃を放っていたのだ。
眉間、喉、心臓、鳩尾、明星。正中線に並ぶ急所を、全て正確に。
彼女の強さの本領は、その見事な体躯でも、身長ほどもある長剣を自在に操る膂力でも、肉食獣を彷彿とさせる瞬発力でも、そのいずれでもない。
狙いすました位置に的確に攻撃を放つ、正確無比に尽きる。
それはジェフリーから学び、出逢ってからこの七年間で休まず磨き上げてきた技術の賜物。
クローディアは今、その全てを恩師にぶつける。
だが。
「……悪いがそれは経験済みだ」
積み上げた七年間を、その想いの全てを剣で受け止めてみせたジェフリーは、クローディアの首元に刃を優しくあてがった。
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