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静かになった部屋

「うーん……この魔獣、どうやらシーサーペントで間違いないですな」


 ジェフリーの手によって討伐された青鱗の魔獣を眺め、モノクル(片眼鏡)をかけた一六〇センチにも満たない背の低い男が告げる。

 彼の名は〝ロバート=シルトン〟。王宮に仕える魔獣博士だ。


「シーサーペント……ですか?」

「ええ。海に棲む魔獣で、時折獲物を追って川の下流に出没することもあるんですが……いやはや、まさかここまで大きく育ったシーサーペントが、ロンディニアまでアイシス川を上ってくるとは思いませんでしたな」


 そう説明すると、感心しきりで頷くシルトン。


 ノーマンとコンラッドをはじめ、多くの負傷者を出した王国軍第二軍団。

 参謀長のクローディアも王宮や王国軍本部など、各方面への報告に……いや、正しくはジェフリーの功績を讃え認めさせるための売り込みに追われており、魔獣が現れた橋の建設現場では仕方なく秘書のカイラが指揮を執りつつ、こうしてシルトンから意見を求めていた。


「シーサーペントというのは、ここまで被害を与えることができるほどの魔獣、ということなのですね」

「まさか。普通のシーサーペントは、たまに小さな船を襲うことは知られていますが、話に伺ったような橋を破壊するなんてことはあり得ませんし、ガレー船を(くわ)えて放り投げるなんて芸当もできるはずがない。何より」


 地面に横たわる青鱗の魔獣……シーサーペントの(そば)へ行き、シルトンはこん、こん、と拳で鱗を叩くと。


「竜種のようにブレスを吐くなど、聞いたことがないですよ」

「そう、ですか……」


 つまりそれは、このシーサーペントがいわゆる普通のものとは違うということ。

 突然変異なのか、あるいはシーサーペントではない、別の魔獣なのか。


「いやはや、興味が尽きませんな。聞いた話ですと、このシーサーペントは眼球が赤かったそうじゃないですか。ああ……できれば一つくらい、残っていてほしかったなあ……」


 赤い眼があった頭部を見つめ、肩を落とすシルトン。

 魔獣学者だけあって、珍しい魔獣には興味が尽きないようだ。


「シルトン博士、お手数ですが……」

「うむ、お任せくだされ。私がこの魔獣を、頭から尻尾の先の隅々まで調べ尽くしてみせますとも」

「よろしくお願いします」


 カイラはお辞儀をし、その場を離れる。

 被害状況の確認や負傷兵の把握、残された兵の再編など、やるべきことは山ほどある……のだが。


「……危険(・・)、ですね」


 夕日に照らされて緋色(ひいろ)に染まるアイシス川を見つめ、カイラはぽつり、と呟いた。


 ◇


「ということですので、先生には是非とも王宮主催の祝勝会に参加いただきたいのです」

「『ということですので』って、どういうことだよ」


 青鱗の魔獣を討伐した翌日の朝、冒険者ギルドに突撃してきたクローディアがジェフリーの部屋へ押しかけ、何の説明もなしに用件だけを告げた。

 寝起きで頭が回っていないジェフリーは、もはや彼女が何を言っているのか理解できない。


「……相変わらずあなたは、色々と礼儀知らずなの。それに先生は、今夜ボクと魔獣討伐のお祝いをするから無理」

「その話も初耳なんだけど」


 音もなく現れたアリスが、残念なものでも見るかのような視線をクローディアに送りつつ、そんなことを(のたま)う。

 どうして元教え子たちは、勝手に自分の予定を立てるのか。王都に来てから毎日がこうであり、ジェフリーは首を傾げる。


「悪いがこちらの祝勝会は王命でもある。お前の予定は却下だ」

「……む、王様の命令なんて関係ないの。ボクは先生とお祝いする」

「駄目だ! 抜け駆けをしようとしても、そうはいかない!」

「……それはこっちの台詞(セリフ)なの。絶対によからぬことを考えてる」

「よし、喧嘩ならよそでやってくれないかな」


 このままだといつもどおりの展開になると判断したジェフリーは、二人に部屋から出るように促す。

 するとどうだろう。あれほど一触即発だった二人は、まるで何事もなかったかのように態度を改めた。最初からそうしろと、ジェフリーは声を大にして言いたい。


「とにかく、俺にはそんな(かしこ)まったところに出席なんて無理だよ。悪いが辞退させてもらう」

「むう……仕方ありません。ではせめて参謀本部と第二軍団の、内輪だけでの祝勝会に変更しますので、そちらには参加してください。さすがに何のお礼もなしというのは、私だけでなく救われた兵士達の気持ちがおさまりません」

「ま、まあそれなら……」


 きっかけこそクローディアからの依頼ではあるものの、結果的には自身の目的だった赤眼の魔獣の討伐。

 本来なら礼を言われる筋合いはないのだが、それでもこうまでして懇願されては無下にできない。


 気乗りはしないものの、ジェフリーは渋々頷いた。

 だが、それで納得できない者がここにいる。


「……先生は、ボクと一緒にお祝いするのは嫌なの……?」

「い、いや、そんなことは……」


 元教え子から上目遣いでそんなことを言われ、ジェフリーはいたたまれなくなる。

 こちらの元教え子を立てれば、もう一人の元教え子が立たない。究極の選択を迫られ、ジェフリーは頭を抱えると。


「ふう……仕方ない。今回は特別に、アリスもうちの祝勝会に参加するといい」

「っ!? い、いいのか!?」

「ええ。私としても、先生を困らせたくはありませんから」


 ジェフリーが悩む姿を見かね、クローディアはそう提案した……わけではない。

 ここは自分のほうがジェフリーのことを大切に想っているのだとアピールし、アリスにマウントを取ってきたのだ。


 その証拠にクローディアは、どこか勝ち誇った笑みをアリスに向けた。


 そのことに気づき、アリスは悔しさで歯噛みする。

 教え子にはなんだかんだ言って甘いジェフリーの心につけ込み、あのようなあざとい行動に出たことを後悔した。


「夜になったらまた迎えに来ます」


 そう言い残し、クローディアは部屋を出て行った。

 扉を開けた時に僅かに見えたカルラのジト目からも、きっと昨日の後始末など仕事に追われているのだろう。


「……ボクも夜になったら来るの」

「そ、そうか……」


 アリスも席を立ち、同じく部屋を出て行く。

 思えば王都に来てから、黒曜等級冒険者として忙しいはずのアリスは、ずっとジェフリーの世話を焼いてくれていた。


 そのことに感謝しつつも。


「なんだか静かだなあ……」


 (かしま)しい二人がいなくなり、久しぶりに一人きりになったジェフリーは、ほんの少しの寂しさを覚えた。

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