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青鱗の魔獣を屠る

「……まさか王都にまで、中層(・・)の奴が出張ってくるなんてな」


 分厚く重厚な片刃の剣を手にした、ジェフリー=アリンガムがいた。


「そのせいで俺は、こんなところまで来る羽目になったんだ。責任とれよ」


 青鱗の魔獣と対峙しているにもかかわらず、軽い調子で悪態を吐くジェフリー。

 だが魔獣は、ジェフリーに斬られた痛みで今もなお地面に身体を打ち付けて暴れており、それどころではない。


 そもそも魔獣が人の言葉など理解できるはずもないことは常識。冒険者ギルドの教官であるジェフリーなら当然分かっているはず。

 なのに彼の様子からは、とてもそんなふうには見えない。


「まあ、もちろん償ってもらうがな」


 話を切り上げたジェフリーは剣を構え、ジェフリーの顔から一切の表情が消え失せる。

 何も考えていない、魂の抜けたような……そういったものとは違う。


 むしろ全ての感情を塗り潰し、ただ黒く染まっていくような、そんな感覚に囚われた。


(これは本当に、あの男なんですか……?)


 魔獣と対峙する彼を見つめ、ノーマンは戦慄する。

 コンラッドとの決闘でジェフリーの実力は知っているが、それでも、クローディアに振り回されて頼りなさを感じさせる、人畜無害な男。そんな印象だった。


 だが、目の前の男はそんな生易しいものじゃない。

 どこまでも深い闇の底から(にえ)を捕食しようと(のぞ)き見る、不気味な怪物(・・)といったほうが正しいかもしれない。


 すると。


「ノーマン、無事か!」

「あ……ク、クローディア、殿下……」


 倒れているノーマンを見つけ、駆け寄るクローディア。

 青鱗の魔獣の一撃によって怪我を負い、心が弱っていたからだろうか。ノーマンは無意識のうちに手を伸ばす。


 いつもなら、決して届かない存在に手を伸ばすことなど、あり得ないのに。


「も、申し訳ありません……殿下の命令を無視し、勝手に魔獣に挑んでしまいました……」

「その話は後だ。とにかく今は、邪魔に(・・・)ならない(・・・・)ように(・・・)下がるぞ」


 そう言うと、クローディアはノーマンを抱え、魔獣から距離を取った。


「……ん。あなたは部下の面倒を見てるといいの。ボクは先生に加勢……」


 弓を手にし、ジェフリーのもとへ行こうとするアリスの腕をつかみ、クローディアは止めた。


「……離して」

「駄目だ。たとえお前が私と同じ元教え子だとしても、先生の邪魔は(・・・)させない(・・・・)


 アリスは振り払おうとするが、それでもなおクローディアは行かせない。


「……ボクはもう、あの頃(・・・)とは違うの。先生の力になることができるの」

「それは私も同じだ! ……それでも、まだ駄目(・・・・)なのだ(・・・)


 加勢しようと弓を構えたアリスだったが、口惜しそうに唇を噛むクローディアを見て、ゆっくりと手を下ろす。

 憧れの女性と、王国に十人しかいない黒曜等級冒険者にこれほどまでの表情をさせるあの男は、一体何者なのか。


 今さらながらノーマンは、ジェフリーに色々な意味(・・・・・)畏怖(いふ)の念を抱く。


 そして。


『キょアあアあアあアあォぉオぉオあオあオえ゛ェ゛え゛ェ゛えエえエっ゛ッ゛づ!』


 雄叫びを上げ、青鱗の魔獣はジェフリーに戦いを挑む。

 その動きは、第二軍団を相手にしていた時とは比べ物にならないほど速く、先程まで自分達が相手にもされていなかったのだとノーマンは思い知らされる。


 逆に言えば、あの魔獣はジェフリーを全力で戦わなければならないほどの強敵だと認めたということ。

 いくらコンラッドを子供扱いするほどの強さとはいえ、青鱗の魔獣は規格外。本当にやり合えるのだろうか。


 そんなノーマンの疑問は、杞憂(きゆう)に終わる。


『っ゛ッ゛!? きョえ゛ェ゛あ゛ア゛っ゛ッ゛っ゛ア゛あ゛ア゛あ゛ェ゛オぉオぉォロろロろ゛ロ゛ろ゛ロ゛……ッっッ!?』


 青鱗の魔獣の襲撃を(かわ)しざま、無造作に振られたジェフリーの剣。

 全く歯が立たず、バリスタや投石器を用いてやっと数枚の鱗を剥がせただの強固な身体に、鮮血が飛び散った。


 あり得ない光景に、ノーマンは思わず目を見開く。


「いくら堅い鱗に覆われていても、その内側にあるのは柔らかい肉に過ぎない。鱗の一枚一枚の境目を通してやれば、簡単に斬れる」


 何でもないことだとジェフリーは言うが、あれほど無限に変化する素早い動きの敵に対し、針に糸を通すような精密な斬撃を与えるなど、できるはずがない。


「あ、あの人はどうして、あんな芸当ができるんですか……」


 ジェフリーの常人離れした戦いを見つめ、ノーマンは思わず呟くと。


「先生はご存知(・・・)なのだ(・・・)。あの魔獣の攻撃パターンも、弱点も、思考も、その何もかもを。……いいや、違うな」

「……ん。先生は、どんな魔獣とも戦ってきたの。何度も、何度も、数え(・・)きれない(・・・・)くらい(・・・)


 そう……ジェフリー=アリンガムは、あの日(・・・)からずっと戦い続けている。

 幾千、幾万という途方もない数の戦いを経て得た経験(・・)が、彼に差し示すのだ。


 ――全ての戦いにおける、最適解を。


 ノーマンはふと、主であるクローディアを見る。


「…………………………っ」


 なおも無慈悲に斬撃を繰り返すジェフリーの戦いを見つめ、彼女は拳を握りしめて悔しそうに歯噛みしていた。

 それは隣に並ぶ黒曜等級冒険者、『審判の射手』アリス=ウェイクも。


 二人の元教え子たちから伝わる、何もできない自分への忸怩(じくじ)たる思い。

 ジェフリーとこの二人の間に何があるのかは分からないが、残念ながらノーマンに入り込む余地はなかった。


『きョえ゛エっ゛!? キょ、キょオぉオ゛ぉ゛オ゛お゛オ゛おォおッっッ!?』


 無表情で作業のように繰り返すジェフリーの斬撃によって、青鱗の魔獣はその太く長い巨体の全身を自身の血で染め上げる。

 時折、川の中に逃げ込もうと試みるも、ジェフリーが立ち塞がり、それを許さない。


 まるで、魔獣の行動の全てを把握しているかのように。……いや、把握しているのだ。


眷属(・・)になれなかった分際で、赤眼などおこがましい」

『ッっ゛!? キ゛ょエえエぇエえェえェオぉオ゛お゛ォ゛お゛オぉオっッっ!?』


 八つの赤い眼のうちの一つに無慈悲に剣を突き立てると、青鱗の魔獣は絶叫し、涙と血を一緒に(こぼ)す。

 なおも容赦なく二つ、三つと、赤い眼を突き刺していくジェフリー。


 その表情には、なんの感情もこもっていない。

 怒りも、憎しみも、悲しみも、苦しみも、愉悦も、嘲笑(ちょうしょう)も。


 そんなものは、とうの昔に黒く塗り潰してしまっていた。


 ノーマンは思う。

 あの男は、人として壊れてしまっているのではないか、と。


 魔獣に残された赤い眼はあと一つ。

 七つ目の赤い眼から剣を引き抜き、ジェフリーが刃を突き立てようとした、その時。


「むっ!?」

『キょオおオおオあア゛あ゛ア゛あ゛ァ゛ぁ゛ン゛ん゛ア゛ん゛ア゛あ゛ン゛あ゛ッ゛っ゛ッ゛!』


 青鱗の魔獣が全身を震わせ、ジェフリーを振り落とした。

 とはいえ、魔獣は既に満身創痍。ここからどうにかする術はない。


 逃げることもできず、目の前の敵を倒すこともできない魔獣に残されているのは、ただ無残に殺されるのみ。


 だというのに。


 ――青鱗の魔獣は、確かに(わら)った。


『――――――――――――――――――――――――――――ッ!』


 周囲の全ての音がかき消してしまうほどの超高音の絶叫とともに、巨大な口から放たれた超高圧の水のブレス。

 この世界においてブレスを吐く魔獣は、竜種と呼ばれる特別な種族のみ。


 規格外とはいえ竜種ではなく、所詮は蛇の魔獣に過ぎない。

 だが青鱗の魔獣は、そのドラゴンに匹敵する起死回生の奥の手を隠し持っていた。


「せ、先生……っ!」

「……先生、は……?」


 駆け出そうと地面を蹴るクローディアとアリスは、ジェフリーへと視線を向けると……既に彼は、そこに(・・・)いなかった(・・・・)


「残念だったな。悪いがそれは経験済み(・・・・)だ」

『ぎョ゛、え゛……エ゛……っ』


 いつの間にか魔獣の頭部に飛び移っていたジェフリー。

 残されていた最後の赤い眼に剣を根元まで突き立て、ぐりん、と(ねじ)ると、青鱗の魔獣は奇妙な(うめ)き声を上げて沈黙した。

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