急報
「先生! 大通りに美味しい魚料理を食べさせてくれるお店があるんです! 一緒に行きましょう!」
ジェフリーがギルドに部屋を借りて暮らすようになり、二週間が過ぎた日の正午。
ほぼ毎日のようにギルドを訪れるようになったクローディアが、早速昼食に誘ってきた。
橋梁工事や魔獣討伐、そのための王宮への報告や関係各所との調整など、ただでさえ忙しいはずの王国軍参謀長であるクローディア。
なのにこんなところで油を売っていてよいのかと、ジェフリーは不安になる……が、秘書のカイラが非常に困った様子で傍に控えている姿を見ると、やはり大丈夫ではないようだ。
そこへ。
「……あなたに来られると、先生もボクも迷惑なの」
予定調和とばかりに現れたのは、王国に十人しかいない黒曜等級冒険者の一人であり、元教え子のアリス。
この二週間、欠かさずギルドに顔を見せてはクローディアと一触即発になり、ギルド職員の面々を戦々恐々とさせていた。
なお、クローディアがギルドの隣に引っ越してきた時、誰よりも悔しそうにしていたのはアリスである。
ジェフリーをギルドに住まわせれば独り占めできると考えていた彼女だったが、むしろクローディアをジェフリーに急接近させる結果になってしまい、焦って同じくギルドに部屋を借りて引っ越そうかと真剣に画策していることを、まだ誰も知らない。
「フフ……これまで足繁く通わせていただいたが、先生は迷惑などと一度もおっしゃったことはないが? むしろ私が邪魔になるというのなら、すぐにでもここから出ようじゃないか。先生と一緒に」
「……っ!?」
「ああもう! どうして二人とも、顔を合わせたらすぐに喧嘩するんだよ!」
二人の間に割って入り、こうやってなだめるところまでが最近のギルドの日常。
ジェフリーは二人のせいで気苦労が絶えず、さっさと魔獣を倒してギルラントに帰りたいと毎晩ベッドの中で弱音を吐いている。
実際、ギルド職員からは騒動の元凶として、かなり睨まれていた。
「とにかく、ここじゃ迷惑になるから別のところに行くぞ」
ということで、ジェフリーはカイラを含む三人の女性を連れてクローディアがお薦めする店に入った。
「先生、この女も同席させるおつもりですか? せっかくの料理が台無しになってしまいますが」
「……ならあなたが消えればいいの」
「っ! 先生にここをお薦めしたのは私だ!」
「ほら、他の客の迷惑になるから静かに」
腹を満たせば少しは落ち着くだろう。そんな呑気なことを考え連れてきたのだが、やはり騒がしいことには変わりなく、周囲の視線が痛いジェフリー。
だがその視線には、迷惑な客への抗議というものだけでなく、第一王女とその秘書、黒曜等級冒険者と、王都でも有名な三人の美女を連れているジェフリーへの嫉妬が大いに含まれていることに、彼は全く気づいていない。
「ふん……まあ、ギルドに他の黒曜等級の連中がいないことだけが唯一の救いか」
「……あの人たちがいるなら、先生をギルドに住まわせるわけがないの」
「当然だ」
この二人が揃ってこれほどの嫌悪感を示すということは、王都の黒曜等級冒険者はきっとろくでもないに違いない。
ジェフリーはこれ以上面倒なことにならなくて済んでいることに、胸を撫で下ろすが。
「そのー……今の二人の話だと、王都には他にも黒曜等級の冒険者がいるんだよな?」
アルグレア連合王国には十人の黒曜等級冒険者がいるが、全ての黒曜等級冒険者が王都のギルドに所属しているわけではなく、拠点は異なる。
「……ん。王都にはボクを含め、四人の黒曜等級冒険者がいるの」
「あとは南東の港湾都市ドーベルに二人、西の最果てにある小さな街エンドオブランドに一人、それと中央に位置する交通の要衝リンズに一人。残る二人は特定の拠点を持ってはいませんね」
アリスとクローディアの説明を興味深そうに聞くジェフリー。
辺境とはいえギルラントのギルド教官を務めているにもかかわらず最高位である黒曜等級冒険者のことを知らない彼に、三人の会話を無言で聞いていたカイラは怪訝な表情を浮かべた。
「……そういえば、本当は過去に黒曜等級の冒険者がもう一人いたそうなの。でも活動していた期間がそれほど長くなくて、北へ向かったという王都の記録を最後に、忽然と姿を消したって」
「へー……って、おっと。料理がきたみたいだな」
店員がテーブルの上に料理を並べると、ジェフリー達は早速舌鼓を打つ。
「おお! さすがは王都だけあって、めちゃくちゃ美味いな!」
「先生に喜んでいただけて何よりです」
喜ぶジェフリーを見て、ここを紹介したクローディアはご満悦である。
ただ、彼女としてはここにアリスとカイラがいなければ完璧だったことは否めない。
「……先生、また一緒にここに来よ?」
「ああ、そうだな」
「っ! 貴様! ここを紹介したのは私なのだぞ! 抜け駆けは許さないからな!」
「……うるさいの」
すかさず次の約束を取り付けようとするアリスに、クローディアは立ち上がって猛抗議する。
彼女からすれば、アリスは泥棒猫以外の何物でもない。
「こほん……とにかくこの女は無視して、橋梁工事についてご報告を。カイラ」
「はい」
クローディアから会話を引き継いだカイラが、説明を始める。
破壊された橋について、木酢液の効果によるものかは分からないものの、あれ以来魔獣が現れることなく工事は順調で、魔獣が現れた時と同程度まで建設が進んでいるとのことだった。
(王都に現れたという魔獣は、俺の考えている奴とは別だった、ということか……)
赤眼の魔獣であれば、木酢液などものともせずに襲いかかってくるはず。
当てが外れてしまったことに、内心落胆を隠せないジェフリーだった……のだが。
「ク……クローディア殿下!」
傷ついた一人の兵士が、店の中に飛び込んで来た。
「どうした!」
「は……はっ! アイシス川の建設中の橋付近で魔獣が出現! 現在第二軍団総出で交戦中です!」
「なんだと!?」
やはり魔獣は橋の状況を把握し、意図的に攻撃していることは間違いない。
そして、不謹慎ながらジェフリーはテーブルの下で拳を握りしめる。
「ようやく、お出ましか……っ」
「「先生……」」
ジェフリーの呟きを聞き取ったクローディアとアリスは、複雑な表情で彼を見つめた。
今もなお囚われている、誰よりも大切な師を慮って。
「……では残念ながら、木酢液は魔獣に効かなかったということだな」
「そ、それが……」
「なんだ?」
「……実は工事において、木酢液は使用しておりません」
「っ!? それはどういうことだ!」
兵士が重い口を開いて告げると、クローディアは思わず声を荒げた。
「は、はっ! ノーマン副官及びコンラッド軍団長より、『木酢液は不要』との指示でして……!」
「ふざけるなッッッ!」
「ヒッ!?」
兵士は直立不動で答えるが、クローディアの怒気に当てられ、思わず腰を抜かしてしまった。
「あの馬鹿どもが……っ!」
「とにかく、すぐに現場へ向かおう!」
「……ん、ボクも一緒に行くの」
「カイラ! 貴様は万が一に備え、参謀本部に待機! いざとなったら、他の軍団に応援を要請することも視野に入れておけ!」
「かしこまりました」
カイラを一人残し、ジェフリーはクローディア、アリスとともに店を飛び出して橋の建設現場へと急行した。
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