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待ち構えていた来訪者

「〝ジェフリー=アリンガム〟殿、どうかこの私と手合わせ願えますでしょうか」

「へ……?」


 何故か待ち構えていた軍服と(おぼ)しき服を着た女性にいきなり勝負を挑まれ、ジェフリーは思わず呆けた声を漏らした。


 当然だ。ジェフリーは二十八年間生きてきた中で、こんな人間の美女に絡まれるようなことをした覚えがない。


 艶やかな黒髪を垂髪にまとめ、ルビーのように輝く真紅の瞳。非常に整った目鼻立ちに桜色の唇。その(たたず)まいからは知性を漂わせていた。

 それだけじゃない。一糸乱れぬ姿勢からは身体が鍛え込まれていることが(うかが)え、その抜群のスタイルは例えるならしなやかな豹を想起させた。


 そう……まごうことなき美女。

 ジェフリーがもし街で見かけたら、目に焼き付けて絶対に忘れることができないほどの絶世の美女なのである。


 そんな彼女の瞳からは、覚悟と決意、それに使命感のようなものが(うかが)える。

 つまりこれは、彼女がジェフリーに対して思うところがあるということなのだろうが……どうにも身に覚えがないのだから、どうしようもない。


「そ、そのー……俺、何かやっちゃいました?」


 まるで物語に登場する色々と無自覚な主人公のような台詞(セリフ)を吐き尋ねるジェフリー。

 それが余計に、目の前の女性を不快にさせたらしく。


「どうでもいいですが、早く決断なさってください。この私と手合わせをすることを」

「っ!?」


 怒りを滲ませた視線を向けられ、ジェフリーは思わず息を呑んだ。

 彼女からは『絶対に叩きのめす』のだという気概が(うかが)える。本当に身に覚えがないだけに、戸惑うばかりだった。


「……先生、何やらかしたんだよ」

「ていうか俺は、先生なら女の人に飢え過ぎて、いつかやらかすと思っていたけどな」

「何をだよ!? 何もやらかしてないよ!?」


 様子を(うかが)っていたフィルとエリオットに白い目を向けられ、ジェフリーは慌てて否定する。


「だけど先生だからなあ。あんな綺麗な女の人と痴情のもつれなんてことは絶対にありえ得ないし、となると何か犯罪まがいなことをしたとしか考えられない」

「痴漢とかわいせつ行為とかな」

「教え子からの信頼がゼロなんだけど」


 二人に好き放題言われ、ジェフリーは悲しみで袖を濡らす。

 もちろんジェフリーも男であり、女性に対して色々と……そう、色々と妄想や願望などがないわけではない……いや、むしろ二十八年分も溜まっているだけにものすごくあるが、それでも犯罪に手を染めるようなことはしない。


 何より、冒険者ギルドの教官という職を失い、路頭に迷うわけにはいかない。独り身とはいえ彼にも生活というものがあるのだ。


「もういいですか? なら、表へまいりましょう」

「いい、いやいやいや! ちょっと待ってくださいよ!」


 外に出ようと扉に手をかけた女性を、ジェフリーは緊張と焦りから普段は滅多に使わない敬語で引き留める。

 何せ、ただでさえ状況が飲み込めず、しかも意味も分からず手合わせ申し込まれても、ジェフリーからすれば戸惑いしかない。


 すると。


「……へえー。ジェフさん、そんな綺麗な女性(ひと)とお知り合いなんだ」

「エマ!?」


 接客中の冒険者そっちのけでカウンターから出てきたエマが、ジェフリーの絶対零度の視線を向ける。

 どうやら彼女も、このやり取りを見て勘違い(・・・)してしまったようだ。


「い、いや、俺も初対面だから!」

「どうだか。ていうか、やけに必死ですよね。何かやましいことでもあるんじゃないですか?」


 ずい、とエマが顔を近づけ、ジェフリーをねめつける。

 色々と想定外のことが起こって混乱している状況で、さらに彼女の顔が互いの息がかかるほど近くにあるのだ。彼女いない歴二十八年のジェフリーが、こんな修羅場じみた状況に耐えられるはずがない。


 それに、エマも軍服の女性に負けず劣らず美人なのだ。

 職場の同僚として八年来の付き合いということもあり、今では普通に接することができるものの、それでも、この距離では緊張で手汗がすごいことになってしまう。


「と、とにかく、何度も言うが本当にこの人は知らないから!」

「ふうん……で、どうなんですか?」


 顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに告げるジェフリー。

 それを見てまだ疑ってはいるものの、エマは軍服の女性に尋ねた。


「私はよく存じ上げておりますが」

「ほらやっぱり! ジェフさんの嘘つき!」

「ちょ!? まっ!?」


 襟首をつかみ、エマは思いきりジェフリーを振り回す。

 首が締まって窒息しそうになり、彼の顔がみるみるうちに青紫色になっていく。


「茶番はそれくらいにしていただけないでしょうか。こちらもあまり時間がないのですが」

「……誰のせいでこんなことになってると思ってるんですか」


 ようやくジェフリーを離し、エマは軍服の女性の前に立つ。

 身長差があるためエマが少し見上げる格好になっているが、その圧力は半端ない。


 このままではとんでもないことになる。

 そう考え、ジェフリーは慌てて間に割って入った。


「お、俺に用があるんだろう? なら、早く行こう!」

「ちょっ! ジェフさん!」

「……最初からそうしていただければよかったのです」


 ここでエマに暴れられるくらいなら、面倒だが軍服の女性の要求に応じたほうがまし。

 そう判断したジェフリーは、エマの抗議を無視して女性をギルドの裏手にある訓練場へと連れて行った。


「さて……では、始めましょう」


 訓練場の中央に立ち、軍服の女性は腰にある細剣……レイピアを抜く。

 よく見ると、その柄頭には鳳凰の意匠が施されていた。


「ま、待ってくださいよ。どうしてあんたが俺と闘いたいのか、せめてその理由だけでも教えてもらえませんかね」


 いきなり訳も分からずに勝負を挑まれては(たま)ったものではない。

 ましてや、同僚や教え子達からは疑いの目を向けられているのである。冤罪を晴らすためにも、そこははっきりとさせておきたかった……のだが。


「お答えしかねます。……が、それでも知りたいのであれば、私に勝利してください」

「おうふ……」


 どうやら最初から、答える気はないらしい。

 ジェフリーはちらり、と一緒について来たエマを見ると。


「…………………………」


 射殺すような視線を、ジェフリーと軍服の女性へ交互に向けていた。

 きっと軍服の女性の今の一言も、エマに更なる疑念を持たせるには充分だったようだ。


(はあ……やるしかないか)


 正直言って、ジェフリーは気乗りしなかった。

 身に覚えがないことで絡まれ、信頼する同僚からは疑われ、教え子達からは白い目で見られる。


 とにかく、気に入らない。


 それによくよく考えれば、軍服の女性はあえてエマを誤解させるような態度を見せていたような気がする。

 それもきっと、ジェフリーと問答無用で手合わせをするためなのだろう。


 だからこそ、ジェフリーは相手のやり口に乗せられているみたいで嫌なのだ。


 それでも。


「ふう……分かった。やろうか」


 大きく息を吐き、ジェフリーはようやく頷く。

 本当はこんなくだらないことに付き合うなどお断りだが、それでも、エマや教え子達からの信頼を失いたくなかった。


 何故かって? そんなもの、答えるまでもない。

 エマと全ての(・・・)教え子は、彼にとって何よりも大切なもの(・・・・・)だからだ。


「ありがとうございます」


 一切心のこもっていない会釈と抑揚のない声で感謝の言葉を告げると、軍服の女性は一枚の金貨を取り出す。


「この金貨が地面に落ちたら、試合開始の合図です」

「え!? ちょ、いきなり!?」


 急なことでジェフリーは戸惑うが、そんなことはお構いなしに金貨は軍服の女性の指で弾かれた。

 宙を舞い、くるくると回転しながら金貨が地面に落ちると。


「シッ!」

「っ!?」


 女性は地面を蹴り、細剣……レイピアを(さや)から抜いて一気に肉薄する。

 思わず面食らったジェフリーは、一歩後退(あとずさ)ろうとするが。


「甘いです」


 さらにもう一歩踏み込み、女性が刺突を繰り出した。


(……速いな)


 ジェフリーへと向けられた剣の切っ先は、正確に眉間と喉、心臓を捉える。

 つまり、ほんの一瞬で三連の突きを放ったということ。


(この女性……一体何者だ?)


 予想外の彼女の実力に、思わず舌を巻くジェフリー。

 これほどの動きができるものは、ここギルラントの冒険者にはいない。


 だが。


「悪いがそれは経験済み(・・・・)だ」

「っ!? なっ!?」


 急所を捉えたはずの三連の刺突はジェフリーが(さや)から無造作に抜いた片刃の剣によっていなされ、気づけば軍服から(のぞ)く女性の細く白い首に刃が添えられていた。

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