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善は急げ

「……悪いがそれは経験済み(・・・・)だ」

「……っ!? なっ!?」


 必殺必中の攻撃を、ジェフリーは見事な体捌きで身体を反転させて入れ替え、鋼鉄の弓は空を切る。

 気づけばアリスの首元には、彼の重厚な剣の刃が添えられていた。


「……ボクの負けなの」


 アリスは静かに目を閉じ、敗北を宣言する。

 残念ながらこの態勢から、反撃に出る(すべ)はない。


 もし仮に強引に剣を払おうとすれば……いや、指一本を僅かでも動かせば、その時は首が胴体から離れてしまうことだろう。

 ジェフリーの剣からは、そう思わせるだけの不気味な気配を漂わせていた。


 だがアリスには、その気配をどう表現してよいのか分からない。

 あの温厚でどこか頼りなさそうに見える彼の中にある、得体のしれないなにか(・・・)がそうさせているのだろうか。


 それでも。


「はああああ……」


 大きく息を吐き、気が抜けてそのまま尻もちをついてしまうジェフリー。

 その姿は、アリスがよく知っている彼そのものだ。


「いやあ、強くなったなあ」


 身体を弛緩(しかん)させ、ジェフリーは顔を(ほころ)ばせる。

 弓使いは、(さえぎ)るものも何もないこんな訓練場などではなく、遮蔽(しゃへい)物が多い場所で地形を利用して姿を見せずに敵を狙撃する戦いこそが本来のスタイル。


 このような不利な状況下でこれだけ渡り合ってみせたのだから、やはり黒曜等級は伊達じゃない。


「……でも、先生はやっぱり強かったの」

「はは、まだもう少しアリスの先生でいたいから、頑張ってみたよ」

「……ん、嬉しい」

「わっ!?」


 アリスはジェフリーにだけ見せる最高の笑顔で、彼の胸に飛び込んだ。

 たとえ彼が何かを(・・・)抱えている(・・・・・)のだとしても、構わない。


 そんなことどうでもいいくらい、アリスはジェフリーが大好きだから。


 ◇


「ところでそのー……例の奴(・・・)の手掛かりは……?」

「…………………………」


 試合を終え、二人は冒険者ギルドの近くにある食堂で旧交を温める中、ジェフリーがおずおずと尋ねると、アリスは無言で首を左右に振った。


 ジェフリーから冒険者として必要な全てを教わり、断腸の思いで彼の(そば)を離れて王都に移ったのは、父を殺したなにか(・・・)を調べ、仇を討つため。

 黒曜等級冒険者になったのも、普通の冒険者であれば絶対に入手できないような情報も手に入れることができるからに過ぎない。


「……気休めかもしれないが、いつかきっとアリスのお父さんの仇は取れるよ」


 ジョッキになみなみと注がれたエールを一気にあおり、ジェフリーはそう告げる。

 教官であるならば、本当は父親の仇を忘れて自分の道を進むようにとか、そんな模範的なことを言ってあげるべきなのかもしれない。


 だが彼には、そんなありきたりなことを言うことなどできなかった。

 アリスの身に危険が及ぶようなことになるかもしれないと分かっていながらも、幼い頃からその想いだけを糧に生き続けた彼女を、止める資格も権利もないのだから。


「まあだけど、俺もエマもギルラントで引き続き調べてはいるから、何か分かったら教えるよ」

「……ん。でも、先生はともかくあの人のお世話にはなりたくないの」

「おいおい……」


 クローディアもそうなのだが、実はエマは何故かアリスと仲がよろしくない。

 ギルドの看板職員だから、最初は同性としてのやっかみなのかと思ったこともあったが、別にエマは他の女性冒険者と仲が悪いわけでもない。むしろ彼女達の相談相手になってあげるなど、関係は良好だ。


 ただ、どういうわけかジェフリーの教え子達とだけはそりが合わないのである。


「……それより先生も部屋も借りたことだし、ギルラントの冒険者ギルドから王都のギルドに転属してしまえばいいの。ボクが推薦すればすぐに叶う」

「い、いやいや、そういうのはいいから」


 アメジストの瞳を輝かせて提案するアリスに、ジェフリーは全力で断る。

 彼はギルラントの冒険者ギルドの教官であり、王都のギルドは関係ない(・・・・)のだから。


「……むう。でも、あの女から先生を救出できたのは僥倖(ぎょうこう)なの」

「んぐっ!?」


 アリスのその一言で、ジェフリーは流し込んでいたエールでむせてしまい、我に返る。

 そう……彼はクローディアに、ギルドに住むことを伝えなければならない。


 魔獣討伐をする上で、住む場所を共有しておかなければいざという時に困る……のだが。


「ど、どうしよう……」


 きっとこのことを伝えたら、クローディアは猛反対するだろう。

 かといって彼女の世話になれば、下手をすれば人生が終了してしまう可能性も、無きにしも(あら)ず。


 それに、自分の我を通すためにどのような手段も辞さないのが、クローディア=レクス=アルグレアという女性。

 師としてそのことを知っているからこそ、どうすればよいのかと頭を抱えた。


「……ん、任せてなの。ボクも一緒に行って、あの女に言ってあげる。……先生は永遠にあなたのところには行かないって(ボソッ)」


 最後のほうは聞き取れなかったが、アリスも一緒なら心強い。

 情けない話だが、ジェフリーは彼女に同行してもらうことにした。


「……じゃあ善は急げ。すぐにあの女のところに行く」

「ちょ!?」


 テーブルの上のエールや料理はそのままに、アリスはジェフリーの腕を強引に引っ張って店から出る。

 もちろん黒曜等級冒険者らしく、代金としては銀貨一枚程度で足りるにもかかわらず、その百倍の価値のある金貨を、『釣りはいらない』とばかりに店員に一枚放り投げる太っ腹ぶり。


 そして。


「うう……だ、大丈夫かなあ……」


 王国軍幕舎を前にし、ジェフリーは緊張と不安で身震いした。

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