魔獣対策
「フフ……ですが先生の実力を目の当たりにして、彼等も思い知ったことでしょう。自分達など足元にも及ばないことを」
コンラッドとの決闘が終わり、参謀本部の執務室へと戻って来たジェフリー達四人。
紅茶を口に含み、クローディアは微笑む。
決闘を挑まれて戸惑いこそしたものの、結果的に誰一人傷つけることなく終わり、ジェフリーも少なからず胸を撫で下ろした。
ただ、魔獣討伐に向けて協力し合うはずの第二軍団の面々とさらに溝が深まったように感じるのは、気のせいではないだろう。
「……ところでカイラさん。今回の魔獣討伐に当たっては、黒曜等級冒険者に要請をしたものの、全員に断られたって話だったが……」
「はい」
ジェフリーの問いかけに、傍に控えるカイラが頷く。
「その……さっきコンラッド殿が決闘の直前に言っていたが、今のディアは冒険者を毛嫌いしているらしいじゃないか。それなのに、本当に要請を出したのか?」
訓練場で抱いた疑問を、ジェフリーはここぞとばかりに尋ねる。
冒険者を毛嫌いしているなら、最初から要請などするはずがない。考えられるのは、そもそも要請をしていなかったということ。
「はい。間違いなく要請しました。何せ、上からの指示でしたので」
「あー……」
眉根を寄せて不機嫌な表情を浮かべるクローディアを見て、色々と察したジェフリー。
ただ、彼女の上司となると同じ王族しかおらず、つまりはそういうことなのだろう。
何度も言うが、アルグレア連合王国に限らず西方諸国のほとんどは、冒険者の立場と能力を重要視している。
なら、こういったいざという時に、王族も冒険者を頼るのは当然だった。
とはいえ、冒険者は重要ではあるものの、国にとって面倒事や危険なことを丸投げするための、いわゆる『使い捨ての駒』と言えなくもないのだが。
「黒曜等級の冒険者どもはコミュニケーションも満足に取れない変人ばかりですし、こちらとしては断ってくれたおかげで先生のお力をお借りすることができましたし」
「は、ははー……」
コミュニケーションに関しては『お前が言うのか』とツッコミを入れそうになるのをぐっと堪え、ジェフリーは顔を引きつらせて愛想笑いを浮かべた。
「とにかく、これから考えるべきは魔獣討伐のみ。そこで、これまでの経緯などについて詳しく説明いたします。ノーマン」
「はっ」
クローディアに促され、ノーマンが説明を始める。
魔獣が現れたのは、今から二か月前。
橋梁工事を進めていた第二軍団の前に突如姿を現した魔獣は、建設途中の橋に巨大な口を開けて食らいつき、一方的に破壊した。
もちろん兵士達も応戦するが、魔獣は堅牢な鱗に覆われており、どのような武器も、魔法でさえも歯が立たなかった。
ただ、幸いなことに第二軍団の兵士達に被害はなく、魔獣は橋を破壊すると満足して去っていった。
「……目撃した兵士の証言によれば、身体は青色の鱗で覆われ、水面から出ていた身体の長さだけで十メートルを軽く超す大蛇だったそうです」
「大蛇、ね……。そして、魔獣の眼は赤かった、ということで間違いないですよね」
「そのとおりです。八つある眼全てが、まるでこれまで捕食してきた者の血で染まっているのではないか、そう思わせるような赤色であると」
ノーマンの言葉を受け、ジェフリーはおもむろに窓の外を眺める。
だがその異様な雰囲気に圧され、クローディアも、他の二人も声をかけることができなかった。
すると。
「その魔獣がどの程度のものかはノーマン殿の説明だけではつかめないが、いずれにせよ蛇の魔獣ということなら、いくらかやりようはある」
「先生、それはどういうことですか?」
ジェフリーがいつもの雰囲気に戻り、クローディアは胸を撫で下ろしつつ尋ねる。
「例えば蛇の魔獣が嫌がる木酢液を橋の建設現場に撒くだけでも、魔獣避けにはなるはずだ」
「なるほどですね……」
ジェフリーのギルド教官らしい冒険者視点の発言を受け、ノーマンが感心したように頷く。
別にジェフリーに限らず、冒険者の手を借りていればこのような助言はすぐに得られたはずだが、いかんせん黒曜等級の冒険者全員に断られてしまったというのが痛い。
そもそも王国軍は、黒曜等級冒険者クラスでなければ対処できない魔獣であると認定した。ならば、それ未満……たとえ白金等級の冒険者であっても、魔獣討伐において力不足だと断じて一切声をかけていないことが窺える。
そうでなければ対処方法を把握していたはずであり、このようにジェフリーが来るまで頭を悩ませることもなかったはずだ。
「分かりました。木酢液を早速手配します。ですが……」
「ああ。蛇避けを撒いたところで、根本的な解決にはならない」
王国軍の目的はあくまでも魔獣討伐。追い払うことではない。
むしろ魔獣を遠ざけてしまうことで、アイシス川沿岸の他の地域に被害が出てしまうこともある。
それでもジェフリーがそのような助言をした理由。
それは。
「話を聞く限り、その魔獣は意図的に橋の建設を邪魔したように思える」
特定の種族を除き、魔獣は基本的に本能のままに行動する。
だがノーマンの話を踏まえると、魔獣は橋そのものが目的である可能性が高い。
そうであれば、ある程度橋を建設してしまったほうがおびき出しやすく、あらかじめ準備しておけば魔獣討伐も容易い。ジェフリーはそう考えたのだ。
ただし。
(……おそらく、そう上手くはいかないだろうな)
まだ確定しているわけではないが、件の魔獣はジェフリーが求めているものである可能性が高い。
なら、たかが木酢液程度で橋の破壊を諦めたりしないことを、ジェフリーは誰よりも知っている。
「さすがは先生です! これで魔獣を一網打尽にできるでしょう!」
「あ、あくまで保険でしかないから、そんな期待するなよ」
クローディアの手放しの称賛を受け、ジェフリーは慌てて釘を刺す。
赤眼の魔獣である可能性が高い以上、木酢液による対策は無駄に終わるだろう。そのことを理由に責任を取らされては堪ったものじゃない。
「ノーマン、このことをコンラッドと第二軍団の全兵士に通達! 木酢液の調達が完了次第、速やかに橋の建設を再開するぞ!」
「「はっ!」」
ノーマンは敬礼すると、勢いよく執務室を飛び出していった。
ただし、すれ違い様に見えた彼の口の端は、何故か吊り上がっていたが。
「こほん……ところで、橋がある程度完成するまでは、再び魔獣が出没することもないでしょう。それまで先生には、この王都で是非ともゆっくりしていただきたく……」
咳払いをし、もったいぶって話すクローディア。
これはきっと何かある。ジェフリーの本能が、危険を察知した。
「不肖クローディア、先生のために王宮にお住まいをご用意させていただきました。また、私の両親に会っていただきたく、祝賀会を兼ねて……」
「全部却下だ!」
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