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辺境ギルドの教官

 ――今日も、大切な女性(ひと)を失う夢を見た。


 血塗られた赤い眼をした薄汚い魔獣達は、一人の少女に押し寄せる津波のように群がり、その柔肌を貪り尽くす。


 輝く真紅の瞳も、銀色の艶やかな髪も、整った鼻も、桜色の唇も、笑うと(のぞ)かせる可愛らしい八重歯も、甘くささやいてくれた舌も、形の良い耳も、白く透き通るような肌も、たおやかな細い首筋も、枝のような手足も、そのしなやかな指も、綺麗に整った爪も、規則的に鼓動を打つ心臓も、吐息を奏でる肺も、胃も、膵臓も、肝臓も、腎臓も、脾臓も、膀胱も、大腸も、小腸も、直腸も、子宮も、大小ありとあらゆる骨も、血も、肉も。


 彼女を作っていた彼女と呼べるもの、その何もかもを。


 それを、男はただ眺めることしかできなかった。

 無力で、何もできなくて、おびただしい傷を受け倒れているばかりで。


 悲しかった。

 苦しかった。

 胸が張り裂けそうだった。


 それでも、瀕死の男……十七歳の冒険者〝ジェフリー=アリンガム〟には、何もすることができなかった。


「おはよう。今朝も最悪だ」


 木の台に(わら)を敷き詰めただけのベッドから身体を起こし、ジェフリーは窓の外を眺めてささやく。

 悪夢を見ることを含め、これが彼の毎日の日課だ。


 以前の彼は、眠ることすらできなかった。

 あの夢が怖くて。恐ろしくて。受け入れることができなくて。


 だが、今では自ら望んで夢を見る。

 彼女の面影を、忘れてしまわないために。


 ――彼女を奪い食らい尽くした連中への復讐の炎に、憎悪の薪をくべるために。


「さて、行くか」


 身支度を整え、『小心者で頼りない男』という仮面を被り、ジェフリーは家を出る。

 雨露をしのぐ程度しかできない些末な小屋程度の家でしかないが、ジェフリーは結構満足しており、他の家に移ろうというつもりはない。


 ……それ以前に、安月給(・・・)のジェフリーには先立つものがないのだが。


 アルグレア連合王国の北にある辺境の街〝ギルラント〟の通りを抜け、街の中では比較的大きな建物の扉を開けると。


「あ! ジェフさん、おはようございます!」


 カウンター越しに挨拶する、長く艶やかな藍色の髪を三つ編みにした、同じく藍色の瞳を持つ事務服を着た女性。

 この街の冒険者ギルドの職員であり看板娘の〝エマ=ヘイスト〟だった。


「ああ、おはよう。ところで……彼等はもう来てる?」

「今日も掲示板とにらめっこしてますよ」


 そういってエマが指を差す先を見ると、確かに依頼が記された羊皮紙が所狭しと貼り出されている掲示板の前に、うんうんと唸っている二人組の若い冒険者がいた。


「やあ」

「あ、はよっす、先生(・・)

「ども」


 ジェフリーが声をかけると、軽い調子で挨拶を返したのは、一か月前に冒険者になったばかりの弱冠十五歳の〝フィル=カーター〟。

 もう一人の男も、フィルとパーティーを組む新人冒険者〝エリオット=ロウ〟も軽く会釈をした。


 そう……ジェフリーはギルラントの冒険者ギルドに所属する冒険者……ではなく、新人冒険者に冒険者としてのいろはを教える教官だ。

 つまり、先程のエマは同僚ということになる。


「で? 今日はどの依頼を受けるの?」

「ん-、そうだな……」


 フィルに興味深そうに尋ねられ、ジェフリーは掲示板を眺めると。


「ゴブリン退治だな」


 そう言って一枚の羊皮紙を()がした。


「ええー! またゴブリンかよ!」

「薬草採集のほうがよかったか?」

「嫌に決まってんじゃん!」


 どうやら受ける依頼が不満だったらしく、フィルはジェフリーに抗議する。

 エリオットは何も言わないが、あからさまに肩を落としたところを見ると、やはり反対のようだ。


「いつも言っているが、今の君達には他の依頼はまだ早い。あと二か月はゴブリン退治と薬草採集だ」

「くっそー……」


 悔しそうにするフィルとエリオットを見て、ジェフリーは苦笑する。

 おそらくこの二人は、素質を含め、この一年以内に冒険者となった新人の中でも屈指の実力を誇るだろう。


 それでもジェフリーは、決して基礎的な指導を怠るつもりはない。

 そう……もう二度と、同じ過ち(・・・・)を繰り返すわけにはいかないためにも。


「そういうことだから、ほら行くぞ」

「「はーい……」」


 ジェフリーに連れられ、フィルとエリオットは渋々ながらジェフリーの後について行く。

 彼等もまた、不満ではあるものの彼の言いつけを破ったりはしない。


 何故なら二人は、ジェフリーが自分達のために一生懸命指導してくれていることを知っている。

 それに、何より彼の元教え子達はいずれも大成し、王国を代表するような人物となった。


 なら、彼について行けば自分達も間違いなくそうなれる。

 気づけばフィルとエリオットは顔を上げ、前を歩く大きな背中を尊敬の眼差しで見つめていた。


 ただ。


「おっと、す、すみません」


 道行く女性とぶつかりそうになり、ぺこぺこと頭を下げるジェフリー。

 そう、ジェフリー=アリンガムという男は、とにかく小心者で頼りないのだ。特に、女性に対しては。


 普段の教官としての姿を知っているだけに、フィルとエリオットは首を傾げるばかりである。


 とはいえ。


「相変わらず先生は、エマさんか生徒以外の女性には年齢問わずダメダメだな」

「うんうん。そんなことだから彼女の一人もできない」

「そういうこと言うなよ!?」


 納得するかのように頷く二人に、ジェフリーは情けない声で抗議する。

 この世に生を受けて二十八年。人間の女性とお付き合いをしたことのない彼は、とにかく女性が苦手なのだ。


 だからいつも、この二人に限らずギルラントの冒険者達からよく揶揄(からか)われている。


「そんなことより、早く行こうぜ」

「だな。先生が女の人にモテないことなんか、こっちも見飽きているし」

「教え子達が辛辣なんだが」


 ジェフリーはとほほ、と情けない声を出しつつ、意趣返しとばかりに大量のゴブリンをおびき寄せては、フィルとエリオットに嫌がらせのように戦わせた。


 そして夕方になって三人がギルドへ戻り、ジェフリーが扉を開けると。


「〝ジェフリー=アリンガム〟殿、どうかこの私と手合わせ願えますでしょうか」

「へ……?」


 何故か待ち構えていた軍服と(おぼ)しき服を着た女性にいきなり勝負を挑まれ、ジェフリーは思わず呆けた声を漏らした。

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