2-4 ヴァンパイアの嫁
「この世界はどういう世界なの?」
おじさんはテーブルを照らすライトを見つめて「それはこの物語のこと?」と尋ねた。
「それもあるけど...」そういうことではない。「この物語とか、前の物語とか、物語を綴じたとか、そういう全般のこと。どういう仕組みなのかとか、そういうこと」
おじさんは頭を掻き、気だるそうに背もたれに寄りかかった。「キミはここにいるべきではないし―」
「『消滅』させなければならない、でしょ?」私はおじさんが言うよりも早く答えると、おじさんも流石に参った、という表情をしていた。「だけどこの物語では私は必要な存在だし、だから猶予があるわけ。それまで少しくらい教えてくれてもいいじゃない」
おじさんはゆっくりとうなずき、私の言い分を聞いてくれた。「まあまあ、そうかい、そうかい。分かったよ。僕の知る範囲ならいいけど。こんなこと知ったって意味ないと思うんだけど」
いらない前置きである。
「この世界のこと、簡単に言えば、物語がいくつもある世界。僕がいる物語というのは物語が終わっていない物語で、物語を終わらせるために僕がいるってわけだ。物語を終わらせることを『綴じる』と言うんだ。物語を綴じれば次の終わっていない物語へ移動する。僕がやっていることをそのまま話したけれど、分かったかな」
今、『物語』と何回言ったのだろうか。「つ、つまり、物語がいっぱいある世界で中途半端に続いてしまっている物語を綴じようとしている、ということ?」
「その通りだ。理解が早いね」
おじさんの説明には納得するものがあった。前の私が住んでいた『物語』から移動して今の『物語』にいる。景色も空気も人も違うこの『物語』にいる。しかし思ったこともある。
「私が住んでいた『物語』とここはつながっているの?帰ろうと思ったら帰れるの?」
「それは、分からない、としか言えないな。あと帰ることはできない」おじさんはため息をついて「『綴じた』物語にはほぼ―いや、二度と入ることはできない。あと、キミは少なくともどこに居てもいけない存在なのだから、帰ろうなんて考えるべきではない」と諭すように言った。
「そう、そこなんだけど、なんで私は居てはいけないの?私がなんかしたというの?」
「たぶん、キミに言ってもしょうがないと思うのだが」おじさんは座りなおしてまっすぐ私を見た。「キミには『自我』が生まれている。それが理由だ」
『自我』があるのは当然だ。「よく分からないのだけど、どういうこと?」
「簡単な話だ。キミはそもそも物語の登場人物の一人であって、あらすじ通りに動く存在だ。その登場人物が『自我』を持って自由に行動し始めたらどうなるかな?例えば演劇ならメチャクチャになってしまうことだろう」
確かにおじさんの言うことは筋が通っている。しかし一つだけ疑問ができた。「だけど自由に動き回った登場人物の一人が居なくなってしまうなら、その穴埋め分の登場人物は誰がするの?」