2-32 ヴァンパイアの嫁 〜城を逃走
私は城内を抜け出した。城の枯れた庭園を抜け、足の裏から赤土が舞い上がる。城門横の小さな扉をぶちかますようにして体当たりをした。するといとも簡単に勢いよく扉は開いた。そして目の前に見える大きな森、そこまで続く一本道、その道から落ちれば底が見えない暗闇。
和服とブーツ、気付けばなぜこんな恰好で出てしまったのかと後悔をする。走って、走って、夢中で走って、額の汗を拭って息を切らして、足がもつれて、でも走って、私はとにかく走った。
なぜこんなことをしているかと言えば、タケミに聞かされたことが衝撃だったからだ。あの部屋から出て、タケミに客間へ案内された。そこで私はタケミにあの部屋で病床に伏している女性たちのことを聞いたのだ。
「あの女性たちはなぜ病気になってしまったのでしょうか」
「それは―」
タケミは私が聞くことを克明に教えてくれた。
女性たちは元は適合者としてヴァンパイアの元に来たが、接吻をするとたちまちあの病気を患うらしい。それは非適合者であったということである。それは周知の事実であり、しかし事実を見た者はいない。このお城を訪れるものは奉公人か適合者と選ばれた女性しかいないからだ。この町の住人は皆、半信半疑ではあったが、実際は信じているものは皆無であった。
その話を聞いた時、私は思ったのだ。私はもしかしたらルリに騙されたのかもしれない。ルリの代わりに私が適合者としてヴァンパイアとの接吻をさせる、そうしてルリは被害から免れる、そんな作戦だったのかもしれない。
そして頭に浮かんだのは尾張であった。すぐに伝えなきゃ、伝えてどうにかしてもらおう。「きっと尾張さんなら...」
「タケミさん、お水が欲しい」
タケミは部屋を出ていくと、私は早速行動した。こっそりと部屋を出て、暗い廊下を誰とも鉢合わず、慎重に外へ出て今に至る。
長い一本道はやや下り坂で、勢いをつけすぎればそのまま道を外れて奈落の底に落ちるだろう。硬いブーツの足先に指が当たって痛いし、汗が服に染み込んで気持ち悪いし、それでもひたすら走り続けた。
そんな私を遠くから見ている視線に私は気付かなかった。夢中であったからではない。あまりにも遠くで、視線はお城の高層から注がれていたのだ。
「そろそろヴァンパイア様にお伝えしましょうか」
「かしこまりました」タケミはお城の奥へと消えていった。




