1-3 VS怪獣
「おお、似合う似合う」おじさんは陽気に手を叩いた。「じゃあ、レッツ怪獣退治だね。キミの思う通りに動けるはずだよ、空を飛んだり、波動を出したり、影分身をしたり、ビームを出したり、なんでもキミの思う通りさ」
私が飛びたいと思うと、力がみなぎるわけではなく体が軽く感じた。足の裏で思い切り地面を蹴り、ピューンと怪獣の顔の前まで飛ぶことができた。怪獣は醜く、憎悪に満ち満ちたようである。よくある特撮モノでは、実はこの怪獣が社会に怨恨があったり、改造人間であったり。考えもなしに飛び出したものだから、どう倒せばいいのか対峙してから考えるのであった。
怪獣はそんな都合を知っているわけではなく、手足を伸ばして私を捕まえようとしていた。まるでハエでも捕まえるかのように手足をブン回し、体が揺れると足元の家々を踏みつぶした。
私はどうにかせねばと、あの怪獣をはるかかなたの海まで吹っ飛ばそうと突進を始めた。しかしその突進は怪獣の体を突き抜けてしまい、挙句の果てに心の臓を貫いてしまった。
怪獣は雄たけびを上げて倒れると光の粒子になって空に舞い、怪獣の体は消えてしまった。残ったのは私が怪獣を貫通した時に、体に付着した怪獣の体の破片。少しニオった。
私が噴水公園に戻るとおじさんは「やあ、お疲れお疲れ」とねぎらいの言葉と共に迎えてくれた。まるでこのシナリオを予想していて、演劇の観客として見ていたような言い草だ。
「言葉の通り、『あっ』という間にやっつけてしまったね。ぼくも口をあんぐりとして見ていたよ」
そんなふざけた言葉のために、私は変身して怪獣を倒したのではない。私はおじさんに聞きたいことが山ほどあった。すぐにでも詰め寄り話を聞きたいのだ。だから地面を踏む力が強くなり砂が舞った。
もう二歩でおじさんとぶつかるくらい間合いを詰めたところで「待った」とおじさんは私の額に手を当てた。「キミはここで終わりだ。いろいろ聞きたいことがあるだろうが、ここで終わりなのだから、話をしてもしょうがないだろう」
私は動けなかった。おじさんの手からなのか、それとも私の額からなのか、光が漏れているようで、目の前が真っ白になる。そして意識が遠のくのと同じく体の力が抜けていくようである。口を開いても喉から声が出てこない。気付けば息もしていない。
「この話はキミが怪獣を倒して『めでたし』を迎えたんだ。もうここは綴じるだろう。その前に、キミを消滅させなければならないんだ―」
おじさんの言葉が耳に届かなくなる。おじさんは何を言っているのだろう。『めでたし』だとか『綴じる』とか『消滅』とか、『この話』とは何のことだろうか。いよいよ死を感じる。やがて抜け殻のようになるのが分かるくらい、重さを感じなくなった。フワフワと足が浮くようである。
死ぬ時に見るといわれる走馬灯は、何もない。そういえば私はいつ生まれてこの世界でどう生きていたのだろうか。親の顔、友達の顔、近所の人の顔、誰も思い出せない。何も知らない私はどこへ行くのだろうか。今までこんな不安に駆られたこともなく、孤独であることに、こんな状況で気付いてしまった。自分が自分のことを、何も知らないことがとても悔しい。私が存在して誰に喜ばれたのだろうか、私は何をしたいのだろうか。
悔しい、悔しい、悔しい。ひどく悔しい。
それは前触れもなく、突然だった。おじさんは私を突き飛ばした。私の額に伸ばしたおじさんの腕の下を閃光がかすめる。
「何だ⁉」おじさんは私の額から手を離し、閃光の発生元である方を見た。
私は地面にたたきつけられ、そして苦しみを覚えた。私は生きている。
おじさんは栞を三枚取り出した。すると栞から飛び出すように三人の古今東西の服を着た人が飛び出してきた。「みんな、頼むよ」