2-19 ヴァンパイアの嫁
使用人は丁度よい温かいお湯を丁寧に私の足にかけ始めた。湯気と共にふんわりと柔らかくミモザの香りが鼻腔をくすぐる。そしてすぐに私の足からしびれがやわらいできた。「お加減いかがでしょうか」
「とても気持ち良いです。しびれがなくなってきました」
さらに使用人は優しくもみほぐし、それは至極、悦の極みというか、天国とはこのようなことを指すのではないかと思ってしまうほど気持ちよかった。指先まで空気との温度差が分かるほど、体中がピリピリと温まる。十二分にマッサージを堪能し、すでに足のしびれもないというのに私は使用人を止めようとしなかった。
使用人の献身的な対応に私は少しお話をしてみたいと思った。「タケミさんはこのお城に何年ほど勤めているのですか」
使用人は手を止めずに「十年になります」と答えた。
「十年!それはそれは...」驚いたのは使用人が若かったからだ。たぶん二十代前半だろう。それで十年ということは、まだ少女と呼ばれる頃から働いていることになる。「それは...言い辛かったら答えなくて構わないのですが、ここに拘束されている、とかですか?」
「いえ、私目は代々から主のヴァンパイア様に奉公しております」
「奉公?それはなぜ?」
「先祖より大恩があることを聞いております。それに森の中の魔物から町をお守り頂いております。私以外にも主様に感謝している方はいらっしゃるかと思います」
ヴァンパイアがいたことで、この町も人も安心して生活できたのだろう。それが長い年月を経て、継続して感謝の意が根付いている。そんな感じがした。
「お加減いかがでしょうか」
使用人のマッサージが終えるのはとても惜しいのだが「はい、もう大丈夫です。ありがとうございました」と私は答えた。
濡れた私の足をふき取った後、使用人に連れられて部屋を出た。しかし御者の姿はなかった。「おじさんはどこに行ったの?」
「イチカワ様は主様にご報告に参りました。ここからは私がご案内いたします」
そういえばあの御者の名前を知らなかった。御者のイチカワは名乗っていなかったような、だが私がユリとなる前のユリがイチカワと会っていたからなら納得いく。つまり使用人のタケミとはさっきが初対面というわけだ。
会話の一つ一つが登場人物である自分の立場が明らかになっていくのだから、会話以外にも所作だったり態度だったり、注意深く観察をしなければならない。
タケミに案内されて薄暗い廊下を歩く。カツ、カツ、と靴が石畳を叩き、トンネルのようにわずかに反射した音が不気味だ。こんな雰囲気なのに西洋の甲冑や石像などはなく、左右に部屋の扉があるだけの殺風景な景色がどこまでも続いている。夜に歩いたらきっと迷ってしまう上、幽霊でも見えてしまうかもしれない。
そんなことを思った矢先、ふとうめき声が聞こえてくる。恐いことを考えてしまったから幻聴でも聞こえてきたのではないかとも思ったが、辺りをキョロキョロと見回し、どうやらあちこちのドアの向こうから聞こえてくるようだ。「タケミさん、この声はなんでしょうか」




