2-17 ヴァンパイアの嫁 〜馬車に乗る、そして城へ向かう
「いない!」つい大きく上げてしまった声が、人だかりの後方にいる人まで聞こえたようだ。私とバチッと目が合った瞬間、その人は「あの子じゃないの⁉」と御者席の背が低いおじさんに向かって呼びかけた。
今度は背が低いおじさんと目がバチッと合った。「あの子だ!間違いない」おじさんは私を指さして叫んだ。 まるで号令だった。人だかりが一斉に私のことを振り返る。
追いかけられる、恐怖を感じた私の直感は逃げろ!と筋肉に命令するのだが、もう一つの直感が足が踵を返そうとするところで止まった。そして今の状況を冷静に考えてみた。
これはチャンスなのかもしれない。もしもあのおじさんがヴァンパイアの館に仕える人ならば、館に行くことができるかもしれない。私はヴァンパイアの館にいるべき存在であるのだから、戻るべきなのだろう。これは体感の話になる。今は物語が進んでいないと思う。ここで私が館に戻らないと、物語が進むことはないのだと思う。道理もわからずあらすじも手探りで、目の前に垂れ下がる糸を掴まねばならない。
私は近づいてくるおじさんを待った。迫るように寄ってくるのではなく、招待するような丁重さがうかがえた。追いかけられるだなんて思い過ごしだったようだ。
「ルリ様、お迎えに上がりました。さぁ、こちらへ。ヴァンパイア様がお待ちです」おじさんは馬車に誘導した。
まるでお姫様のように丁寧に、そして馬車までの道が光り輝いているように見えた。人だかりが見守り、私はゆっくりとした足取りで、まるで着てもいないドレスが汚れないように気を遣って歩いたのだ。意識的にそうしたというわけではなく、場面と状況が私にそうさせたのだ。
馬車にゆっくりと乗り込むと、扉のガラス越しに見える人だかりが見えた。扉が閉められおじさんに「それでは出発しますよ」と声をかけられると、ゆっくりと馬車が動き出した。
私に一気に押し寄せる不安。馬車に乗るまではどこか近くに尾張がいるのだろうと思ってはいたものの、ついに独りとなってしまうとなれば、先ほどまで浮かれていた自分がまるでピエロのようだ。
馬車は公園を出た。ふと扉の窓から外を覗いてみると、公園の入口に尾張が立っていた。一瞬にして尾張は窓から消えた。窓を開けて乗り出そうとするが開かないし、扉も施錠されていた。馬車後方の小さな窓から尾張が小さくなるのを眺めるしかない。胸がキュッと締め付けられるような思いがして、今すぐに尾張と会いたい気持ちに駆られた。
尾張さん、私はどうなるのだろう。
こんなに離れてしまったというのに、目が合ったような気がした。すると尾張は笑顔で手を振り始めた。そして私は拳を馬車に打ち付けた。




