2-16 ヴァンパイアの嫁
「ねえねえ、これで物語の世界観の大概が見えてきたんじゃないのかしら」
「そうだね。『大体は』だけど」
尾張の言った通り『本は情報の宝庫』とは恐れ入ったもので、この物語の世界で知らなかったことを私に知らしめた。そしてすべてを知った気になっていたのだが、他に何か足りないピースがあっただろうか。
「『大体』?」
「なんでヴァンパイア様の元にキミが行かなければならないのか、だ」
「あ」世界観を知ることに夢中になって、私事なのにすっぽりと抜けていた。
「まさか忘れていたのではないだろうね」
私は大きく首を横に振った。
ずんずんと歩いていく尾張についていくと、町の中心地のラウンドアバウトに出た。開けた場所で、中央に円形の公園があり、その周りを自動車がクルクルと周れるようになっている。町の憩いの場所として機能しているのだろう。
「あれ、なんだろう」
公園では何やら人だかりができて賑わいを見せている。
「何か起こっているみたいだ。行ってみよう」
「何か起こっている?」尾張はこのことを予想していたのだろうか。お祭りかもしれないし、何かの集会かもしれないし、『何か起こっている』だなんて、まるでイベントが発生しているみたいな言い方だ。
「人が集まっている所には大抵何かしらの物語の進行があるんだよ。ここの住人は十中八九そういう所に集まるというものだ...いや、そもそも人が集まるはずがないだろう」
考えてみればそうなのかもしれない。本や映画でも物語が進行する時、読むテキストや見ているスクリーン以外のことは分からない。そして物語の進行上、その裏で何かしらの進行に関係がないイベントがいくつも並行して発生することは無駄で意味のないことだ。物語という世界では必要のない出来事は起きないのだろう。
「それはつまり、物語で重要なことが起こっているかもしれない、ということ?」
「そうとも言えるね。ただその場所がそういう特性を持っているかもしれない、ということを除いてね。例えば行列のできるラーメン屋、ターミナル駅とかね」
今回は町の中心の公園で、人は集まりそうだが何かしらの祭りやイベントが開催されないと人だかりはできそうにない。だから怪しい。
公園に入ると人だかりの近くに馬車が見え、御者席から背が低いおじさんが演説をしているのか、人だかりはおじさんの言葉に耳を傾けていた。
「この娘がヴァンパイア様の館から忽然といなくなってしまった。見かけたものはいるか。少しの情報でもいい、知る限りの情報を求めている」
私はハッとした。ヴァンパイアの館からいなくなった娘というのは、もしかせずとも私なのではないか。「ねえ、尾張さん。あのおじさんはヴァンパイア様の館で働く人かしら?」私は隣にいるはずの尾張の方を見た。そう、いるはずなのだ。




