2-15 ヴァンパイアの嫁 〜情報収集開始
「さあ、行くよ」尾張は私を本屋に連れて行った。迷いもなく、喫茶店を出たらまっすぐに向かった。この動線しかない、というくらいにブレないルートで、かつ本屋が見えた時には店主がシャッターを開ける最中だった。「大体のことは本が教えてくれるさ。図書館でも良かったけどね」
見たところ普通の本屋で、どんな情報が得られるのだろうか。ただそれも無駄な思慮に過ぎず、棚に並べられているのは『ヴァンパイアの歴史』や『世界の産業』など、重苦しいタイトルばかりであった。
「尾張さん、これって…」
「本は情報の宝庫。物語を作った作家のアイデアや物語の背景のヒントになることがあることが多いんだ。本の量はこの物語の世界観がどれだけしっかり固められているかに比例している。例えば...」尾張はおもむろに町の地図を手に取って広げた。
横から地図を覗いた私は驚愕した。「これがこの町...」想像していた通り、この町は森に囲まれ、唯一森が開かれた一本道の先に大きなお城があった。「なんとも言葉にできないわ...こんなの見たこともないもの」
「こんなのどの物語もこんなもので同じさ。キミの住んでいた物語なんか地図があったかどうか」
確かに私がいた物語の地図はまったく覚えていない。だから地図が無いのかもしれない。そこに建物があって公園があった。それだけの町だったのかもしれない。
だけど私の頭の中には別の地図がある。「日本だとか、ユーラシア大陸だとか、そんな地図は知っているのだけれど」
「なんというか、デフォルトのモブキャラ共通インフォメーション感が強いね」
確かにそうなんだろうけども、私は尾張を睨まずにはいられなかった。
尾張は相変わらず気にしない様子だ。ペラペラとページをめくり、町周辺の地図を見た。「うーん、昔の日本みたいな面白い世界観だね。お城の周りに集落ができる、みたいな」
どうやらこの町の他にも町が存在しているようだ。そしてその町の近くには必ずヴァンパイアのお城がある。
「なんでこんなことになっているのかしら。ヴァンパイア...さまがいないとなんで町ができないのかしら」
「確かに。いいところに目を付けているが大体予想はつく。さっき本棚を流して見た時に見えたのだが」尾張は地図を閉じて、別の一冊『魔物の生態』という本を手に取った。
「魔物⁉」私はつい驚いて声を上げてしまった。
尾張は数ページめくったところで目についた箇所を読み上げた。「『町を囲む森には魔物が住んでいる...特に夜は活発に活動をする...』だってさ。そういえばこの物語に来た時に森にいたと思うけど、危うくだね」
それもそうだが、お城が見える町のはずれまで歩いていき、さらにお城の方へ行こうと森の中に入っていたらどうなっていたのだろうか。そもそも魔物というのはどんな存在なのか。
その本には魔物の姿を描いた挿絵があったが、いかにも人を襲いそうな姿であった。
「ほう、『人肉を食らう』らしいよ」尾張はペラペラとページをめくり、さらに「『ヴァンパイア様が森を管理して魔物から人民の生活を守る』そうだ。だからヴァンパイア様が敬われるわけだね」と納得するように言った。
「へー」私は魔物が人を食らう様子を想像をして身震いをした。
本棚一つ離れたところで、本屋の店員さんが咳ばらいをしてこちらを見ていた。それもそうだ。開店してすぐに男女が立ち読みして騒いでいるわけだ。たぶんだが、尾張が本を買うことはないだろう。この上なく迷惑だ。
店員の咳払いがより激しくなったような気がする。
尾張もさすがにカケラほどの道徳心はあるようで「そろそろ行こうか」と本棚に本を戻したが、まるで走っているような速さで本棚の間を縫って歩き、本屋を出ていった。
やはり本を買わなかった。




