2-8 ヴァンパイアの嫁
「朝の八時には受付に集合だよ」
ランドリーで服を回収してからは、カプセルホテルの館内着に着替えて、その夜は尾張と別れて自由時間となった。
二階の半分が女性の宿泊スペースで、その半分が共有スペース。地下には大きな入浴施設やマッサージ、マンガを読むエリアもあるらしい。探索をもっとしてみたいのだが、明日が早いのでほどほどにして、蜂の巣のように壁にめぐらされている横穴式のベッドしかない部屋に身をひそめることにした。私以外の客は二人、部屋のカーテンが閉じていた。
私もカーテンを閉め、狭い部屋に身をよじるようにして居心地の良い姿勢に落ち着かせる。目覚ましオッケー、部屋の電気を消し目を閉じて眠りに入るのを静かに待った。
部屋の空調に混じって聞こえてくる寝息、カーテンのわずかな隙間から差す薄明り、無性にかゆくなる太腿、さっきまで気になっていなかったものがすべて気になってしまう。
ダメだ、眠れない。
眠ろうとしているのに頭の中がかき混ぜられて、この短い時間で起こった様々なことが思い出される。そして私の住んでいた物語の、お母さんやお父さん、友達や学校の先生は元気だろうか。いなくなった私のことを心配していないだろうか。怪獣に壊された町は今後どうなるんだろう...
考えれば考えるほど、今の私にはどうしようもないこと。尾張が現れてから起こったこと、ヒロインに変身して怪獣を倒したり、こちらの物語に引き込まれたり、知らない街を探検したり...一つ一つ、私が見た画を思い起こすと、あれ?と私は一つのことに気付いた。
なぜだろう、お母さんやお父さん、前の物語にいた人たちの顔が思い出せない。そもそも、それらの人たちがいたのかも分からない。会ったことがあるのかも分からない。テキストで「お母さん、お父さん」と思い出せるものの、顔が分からない。尾張の顔は嫌なほど思い出せるのに。
思い出というのも、私の生まれたはずの物語ではまったくないように思える。むしろこの物語で起きたこと、銭湯で入浴、居酒屋で食事、お城を見て...これらの記憶が思い出となっている。
私は、なんだ?どうやって生まれて育ったんだろう。
ある日、存在していた。それが私だ。昔々あるところに、私がいたわけだ。いや、こんなことを考えていると、また居酒屋の時みたいに気持ちの落ち込みが著しくなる。目をつむり、邪念を取り払うように呪文を頭の中で唱え始めた。眠る、寝よう、眠る、寝よう...




