2-6 ヴァンパイアの嫁
おじさんはやれやれ、といった風に首を振った。「キミはかけ違いをしているみたいだが、僕はキミのことを人間だと思っていない」
胸の真ん中がぽっかりと撃ち抜かれたような気分だった。
「キミは物語の登場人物であり、かつイレギュラーな存在だ。物語上から消しゴムで文字を削除するような心持ちでキミを『消滅』させる」
だから、か。私のことをまるでモノのように、雑に扱っていたわけだ。私が住んでいた物語では、物語を終わらせるための道具として使い、それで使うだけ使って私を消そうとしている。私はヒトではないのか。「ちょっと待って。ちょっと…」待つと言っても何を待てというのか、と自身に投げかけた。きっと心の整理なのだから時間がどうにかしてくれると思っていたのだろう。
「別にいいけど」おじさんは自分で注文した料理を再び食べ始めた。
必要もない私を待つ時間が訪れた。今さらながら、ちょっと待って、と言ったことを悔いる。何も整理されないし、何も消化されない。私が注文した料理が目の前に並べられたが一切手を付けなかった、というより食欲がわかなかった。時間が経つにつれて空気が重くなるのが分かる。
おじさんは注文した料理を全て平らげ、さも満足そうに背にもたれかかった。そして両腕を天井に突き上げて体をグッと伸ばしながら「何か分かったかい」と尋ねた。
何も分からない、分かるはずがない。ちょっと待つというのも考える時間だと思っていたのだが志向が停止していただけだ。自分の存在も、自我というのも、全部分からない。自分が、分からない。特に何も考えず私はおじさんに「物語を終わらせたりとか、なんでやってるの?」と聞いていた。聞いていたというのも、腹奥で固まっていたものが口からポロリとこぼれたようなものだ。
おじさんは眉をピクリと動かした。「藪から棒だね。確かに気になることかもね」そして少し嬉しそうな表情で「僕は僕の物語に行き当たり、終わらせるために物語を『綴じる』ことをしている。綴じた次の物語はランダムだからね」と手でジェスチャーを交えて説明をした。
「おじさんの、物語?」そういえば黒い影が現れた時のことを思い出した。おじさんは黒い影のことを「僕の物語」と言っていた。
「おじさんなんてひどいな。僕には『尾張』という苗字があるわけで」
そういえば互いに名前を知らなかった。なぜここまで会話が成り立っていたのか、客観的に見たら甚だ疑問に思う。
「そうなんだ。私は―」私は誰だ?なんという名前だ?私は主人公の友達の親戚という立場であり、そんな人物に名前があるのか。
「『アミ』君だろ」尾張はそう言った後、不服そうに頭を掻き首を捻った。
そうなんだ、私は『アミ』という名前なんだ。名前を知っただけなのに、自分の存在について少しだけ分かったような気がした。体の芯がポカポカと温かく感じた。先ほどまで世の末を見ているような心地であったのが、ウソのように食欲が出てきた。
「よろしくね、尾張さん」




