1-1 VS怪獣
下校中に噴水公園のベンチにうつむいて座っているおじさんを見た。暑い日差しに刺されながら死んでいるように眠っているようだ。
今日は真夏日。蜃気楼をまとっているような空が太陽と雲の色を混ぜているようである。
私は日傘を回しながら、そのおじさんの前を通るか迷っていた。このおじさんは怪しすぎる。服装は痛アロハだし、日陰のないベンチに座っているし、平日の夕方から誰もいない噴水公園にいるのだ。誰もいないのはこのおじさんのせいかもしれない。
私は何も見ていない。アレは石か置物だ。そういえば動物や何かのキャラクターが座っているベンチがあるのを聞いたことがある。そうだ、そういうベンチなのだ。
セミの声を耳にしながら小声で「暑い」とつぶやいて気を紛らわすのを見通すかのように、おじさんの前を通り過ぎて三歩進んだところで背中を掴まれるような声が聞こえた。
「お嬢ちゃん。僕をずっと見ていたみたいだけど、何か用だったんじゃないの?」
見透かすような物言いで、背筋がゾクッとして足が歩く足が止まった。おじさんの方を振り向くと、続けておじさんは言った。
「何もないのならいいさ。あまり人のことをジロジロと見るもんじゃないよ」
さもその通りだなと思い、私は会釈をしてさっさと立ち去ろうとした。
「これから予期できないことが起こる。家に早く帰ってジッとしているのがいいだろうな」
独り言なのか、わざと私に聞こえるように言っているのか、やはり怪しいおじさんであるのは間違いない。おじさんの言う通りにするわけではないが、私は小走りで公園を出た。
私が住むこの小さな町は、商店街に立ち並ぶお店の店主からご近所までが顔見知りで、見かけたことがないというのは町の外の人間だ。そして外部から来た人は風の噂で、半日でこの町の人がみんな知ることとなっていた。私が知らないということはついさっき町に入ってきたということだろう。ただ噴水公園は町の真ん中にあって、誰の目にも留まらなかったのだろうか。
家に帰ると目的もなくテレビを付けた。夕方頃のテレビはニュースしかやっていない。片耳から入ってきたテレビの音はもう片方の耳から抜けていく。ただ脳を揺らすような音が体を緊張させた。
「緊急です...ま、町に怪獣が現れました!」
事実かどうかも定かではない、そんな驚きが伝わってくるニュースキャスターの報道に、私もマンガみたいなセリフに半信半疑であった。ただすぐに地面が揺れる音がする。一回だけなら単なる地震なのだろうが、雷のようにだんだんと近づいてくる緊張感、そして大きな地の波が家の床を揺らした。
一度まばたきをしただけ、私は床に転げていた。視界に見えるのは棚から散らばり落ちた置物や衝撃で割れたお皿など、一瞬ですべてが壊れてしまった。机を頼りに立ち上がり、脳裏によぎるのがおじさんの言葉だった。
『これから予期できないことが起こる』
気付くと私は家を飛び出した。向かっている先はもちろん噴水公園で、道中、電柱が倒れていたり、倒壊している家があったり、地面が割れていたのだが、私は無敵だった。次々と障害物を駆け抜ける。それも私を導くように、障害物は私を走る経路を避けるようにあった。