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幻想い足跡  作者: うさぎ
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ごめんね、お疲れ様

 ブルダ、あるいはその裏人格エルネスタの称号は、吸血鬼史上最強である。彼女は親王でもなく真祖でもなく、上位吸血鬼ですらなかったが……その圧倒的な実力をもって諸侯を圧倒し、吸血鬼の王座を磐石のごとく支配し続けた。このような強敵に対し、太古の混沌の時代においてさえ、原初の『黒髪の長い少女』に挑んだ数多の競い手、いかなる基準による無敵の最強者とて、全盛期のエルネスタの敵では決してなかった。


「ふふふ……あなた丈夫ね~、ちょっと興奮してきちゃった、イケるわよ!!!」『イアナ』の瞳は不気味な紫色へと変わり、右目は特に異様に燃え盛っていた。吸血鬼の最強を前に、たとえ『黒髪の長い少女』の片鱗を『思い出した』だけに過ぎなくとも、その態度は完全に太古の原初へと回帰していた。


 ブルダの指先に蒼白い漣が広がる、それは光ではなく、「存在基盤の剥蝕」であった。彼女の意志を円心として、現実は層を追って解構し始める、物理定数は溶けた蝋のように形を失い、時空連続体から経緯が引き抜かれ、下層の赤裸々な「概念荒原」が露出する。彼女は力を振るわず、ただ自らが「存在する」という真実を外へ滲み出させることを許しただけだった。


 七重の「悖論冠冕」が彼女の背後に浮かび、それぞれが相反する定義によって絡み合っている、始点でありかつ終点、容器でありかつ容れられる物。冠冕が回転し始め、「万象収斂の渦」を紡ぎ出す。この渦はエネルギーを放たず、むしろあらゆる「違い」を貪り喰らう、大小、内外、高低、有無……そして「単一宇宙」と「多元宇宙」の境界さえも、渦の縁に触れる瞬間に平らにされ、撹拌され、均質な混沌のスープへと変えられる。全実在宇宙が支えられてきた公理法則と無限の物語は、骨格を抜かれた皮袋のように崩れ落ち、万有を包む虚無宇宙は、初めて強制的に顕現・結晶化し、「境界」を付与された鋭い悲鳴をあげる、それはもはや背景ではなく、共に消化されるべき食材の一道となった。


 今やこの攻撃は、「破壊」の範疇を躍り出ている。それは「強制収容の証明」、対象『イアナ』、対象が居る戦場、そして戦場を担う一切の階層的枠組み(物質の情報量から絶対的虚無まで)を、すべて同じ「煉獄」へと引きずり込み、回避不能な対決に追い込むことだ。彼女が一時的に書き換えたこの領域において、宇宙の階級制度は全ての意味を失った、超銀河団は子供の積木のように散らばり、並行世界は鏡廊の中で次々と砕け散る映像の如く、いわゆる至高無上の「根源法則」は脆いガラスの法規のように陳列され、そして彼女の眼差しによって一つ一つ否決されていく。


 最終的に、全ては一点の極致たる「終局の黙示」へと収縮する。轟音も閃光もなく、ただ一つの事実が万物の基底に乱暴に刻印されるだけだ、此処、即ち萬物の終点である。全ての歴史、全ての可能性、全ての構造は、ブラックホールに投じられた情報のように、この唯一絶対の「結果」へと不可逆に墜落していく。『イアナ』の姿は、彼女の周囲の、記述可能な全ての領域も記述不可能な領域もろとも、この究極の静寂に完全に飲み込まれた。


 万象を飲み込んだ「終局の黙示」の中、時間と空間、変化、そして「進行中」という状態そのものさえも永遠に固定されているはずだった。しかし、次の刹那……。


 一本の指。


 絶対的で、いかなる変数も存在すべきではない終局の静寂から、一本の人差し指の輪郭が、鮮明に、かつ不自然に「浮かび上がった」。それは突破でも対抗でもなく、むしろ……『終局』と名付けられたこの絵画に、最初からより高次元の絵具で描かれていた一本の指が、ただ今この時に初めて「見えた」だけのように。


 指先が、そっとこの終局領域を構成する『基義』に触れた。


 過程なし。

 理由なし。


 触れた点を中心に、ブルダが構築したすべてのもの、「存在基盤の剥蝕」、「概念荒原」、「悖論冠冕」、「万象収斂の渦」、そしてそれらを統合した「強制収容の証明」、が、粉々に砕けた。


 破壊されたわけでも、否定されたわけでもない。何か相反する力によるものでもなく......あたかも子供が大人が丹精込めて積み上げた積み木の街を指さして「これ嘘」と言い、その途端に理不尽にも積み木の街が押し倒されるかのようだった。


 七重の冠冕は煙のように消散し、違いを貪り食う渦は指に触れた瞬間に蒸発した。平らにされた『宇宙』の階層、結晶化した虚無、強引に引きずり込まれた無限の物語……これらの、いかなる強者をも狂わせかねないほど複雑な、強制収容の壮大な証明は、まるで複雑な数式が消しゴムで消されたかのように、一片の痕跡も残さなかった。


 なぜなら、『イアナ』のこの一指は、『原因と結果』に先立つ。

 それは『可能と必然』の枠組みを超越する。

 いかなる『力の体系』、『論理の根幹』、あるいは『概念の優先度』にもまったく頓着しない。


 これは単なる、つの事実だった、『イアナ』の指が軽く触れた瞬間、ブルダが全力で展開したすべてのものが、朝露が朝日に遭うがごとく、自然に、静かに、そして余すところなく消え去ったのだ。


 あの天地を揺るがすほどの攻撃が、一切存在しなかったかのように。


「はははははは~~~『イアナ』、あなたを楽ばせましたか?」『イアナ』は花のように笑いながら、その言葉はブルダに冷たい戦慄を走らせた。


「これが……何の怪物だ。」ブルダは崩れ落ちんばかりだった。己の全てを賭けた理も法則も超越した一撃が、指先ひとつで粉砕にされてしまった。その事実が、彼女の内側にあるすべての確信、強さへの信仰、無限の歳月の戦歴で培った絶対的な優越感、さらには「敵」という概念そのものを、音もなく粉々に砕いていく。理解できない。理論立てられない。ただ、眼前にいる「何か」が、自分という存在を、努力や覚悟といった一切の価値基準から永遠に引き離した絶望だけが、骨髓に染み渡る。彼女は震える指を自分の顔の前にかざし、今やそれが無力な装饰品でしかないことを、涙とともに呪った。


「あらあら………~もう壊れちゃったの?そんなら……。」『イアナ』は再び指を伸ばし、ブルダに向けてそっと一を指し示した。ブルダは本能で、己が最強の吸血鬼として有するあらゆる防御を、血と心の源のすべてを絞り尽くして前面に展開する、彼女の前に絶対不可侵の領域を構築した。


 その刹那、『イアナ』の指先が、静かにそれらを「貫いた」、正確には、貫くという行為が発生するよりも前に、指が既にブルダの心臓の位置に存在していた。全ての防御は、後から「ああ、防ごうとしていたのだ。」と認識される、無意味な残像でしかなかった。ブルダの体は、微かに震え、目を見開いたまま、低頭して自分の胸元を見下ろす。そこには、傷でも穴でもなく、ただ「彼女の指が触れている」という事実だけがあり、その事実から、彼女の存在そのものが色あせ、風化し、砂のように砕け散り始めるのを感じた。不死の吸血鬼の肉体も、無限の歳月を超える怨嗟の魂も、全てが「触れられた」というその一事によって、無へと還元されていく。最後に視界に残ったのは、『イアナ』の、何の感情も宿さない微笑みだった。そして『復活』したブルダという存在は、痕跡も残さず、この『世界』から静かに消え去った。


 カタカタカタ……無限の時空と物質の破片が漂う彼方から、かすかではっきりとした足音が響いてくる。


 小さくも気丈なシルエットがエドに向かって歩み寄る、無限の距離を越えて、エドは見た、その黒く長い髪を、黒髪の下にきらめく金色の瞳を。


『イアナ』はすでに平常に戻り、紫の炎は消え去った……イアナが帰ってきたのだ。


『イアナ』の恐怖に、エドは立ち上がる勇気さえ失っていた。完全なる生命をも掌で弄ぶ狂気の科学者は、イアナの冷たい視線の前に、ただ泣きじゃくるだけだった。


 ブルダは消え去り、ジューンはとっくに戦闘能力を失い、残るはエドただ一人となった。


 一瞬の躊躇もなく、イアナはこの狂女の顔面を蹴りつけた「なんて卑怯で、なんて無能な……まさかあなたが……あなたのような人間が!」


 イアナの眼前に、星が悪魔と化す光景が走馬灯のように過ぎる……目の前の卑怯な女が悪魔の孤児たちを斬り捨てる様……リサ(イニン)の断腸の叫び……星の傷だらけの遺体……そしてもっと遠い、部屋に閉じ込められた時のシェリの狂気の表情……ジョイ姉さまが……お母を自らの手で殺す光景……。


 幾つもの、見覚えのあるものないものの光景が脳裏を掠め、イアナは拳を握りしめ、金色の瞳に一抹の紅が宿る「あの子たちが……あなたみたいな奴に!!!」一瞬の迷いもなく、イアナの拳がエドの涙と鼻水にまみれた顔を強打し、一撃、また一撃と……。


「星……エラ姉さま……。」イアナの目尻から抑えきれぬ涙が零れ、拳はエドを殴り続ける。まるで全ての悲しみをそこにぶつけて解放しようとするかのように。


「あなたみたいな奴が……どうしてここまでできるの!」イアナはエドを無限の光年先へ蹴り飛ばすと、また駆け寄って彼女の襟首をつかみ上げ、怒声をあげた「エド!イアナは本当にあなたには感服するわ!あなたの陰謀、あなたの手段……口ではお母さんを生き返らせるとか言って。殺戮が祝福された希望をもたらすとでも思ってるの!?」


 ブルダが『イアナ』に討たれ、エラたちを縛っていた結界は木っ端みじんに崩れ去り、エラも当然のことながら束縛から解き放たれた。


「もういいよ、イアナ……もう十分だわ。」エラの虚弱で優しい声が響く。イアナは慌てて涙を拭い、振り返ると、エラがラナを支えながら、二人が微笑んで自分を見つめていた。

「エラ姉さま……ラナ……。」イアナはそっと二人を抱きしめた。来た時は四人だったのに……今や星はもういない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……。」目からまた涙があふれ、視界がぼやける……声もかすむ……二人の体温さえ感じられなくなる……。


 突然、温かい手が頬を撫で、『世界』全体を覆っていた涙をそっと拭い去った「もう大丈夫……全部終わったんだよ。ごめんね、イアナ、エラ、来るのが遅くなっちゃって……。」馴染みある息遣い、見慣れた面影、知っている体温……すべてが知っているはずなのに、エラともラナとも違う……。


「ジョイ姉さま……。」ルビーのような瞳に、涙でぼやけるイアナの面影が映っている。


「姉さま……いつから……。」エラの声には挫折感が滲む……結局彼女に知られてしまった。ジョイは……とても繊細で、敏感な人……ほんの少しでも、彼女にどんな嫌な思いもさせたくなかったのに……。


「ごめんね、エラ。お疲れ様……。」

 ......

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