表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔王と魔法使いとナイショのお話

作者: 白石 透

「ああ、うるさいな」

 彼が苛立たし気に声にする。

 私はじっと様子を窺う。


「少し出かけてくる」

 彼は微笑む。

 私はコクリと頷く。


「いい子だね」

 彼はそっと私を抱きしめる。

 私もそっと彼を抱きしめる。

 彼が教えてくれたひとつ。


「すぐ帰ってくるよ」

 彼はそう言うと少し離れて、手の平を地面に向ける。瞬間、彼の足元から魔法陣が広がり、そして閉じてゆく。そこにはもう彼の姿はない。




 消耗が激しい。兵士も、魔法使いも。

 誰かが叫んでいる。一旦退却して態勢を立て直すようだ。

 お前も下がれと仲間の声が背中を突き刺す。

 わかっている。自分の魔力がもうすぐ尽きることも。

 わかっている。眼前の兵士を見殺しにすることになることも。

 何か…視界の端で光を捕らえる。灰色の空に巨大な魔法陣が出現する。中央から何者かが落ちてくる。

 あっと思った時にはもう、眩しさに視界が遮られた。


 キーンと耳鳴りがする。遠くで雷が光っている。焼ける、酷く嫌な匂い。たくさんの塊が転がっている。

 大地を覆い尽くしていた魔物の群れは、どこにいってしまったのだろうか。




 ざわついている。邂逅の歓喜と畏敬の念。されど男の言葉ですぐに静寂が訪れる。

「何年になる?」

「…200年になります」

「前回は500年だったよなあ?早くないか?」

 男は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「…すみません」

 長は素直に謝罪の言葉を口にした。長であれ、いまやこの世界の守護者である男をぞんざいに扱う者は、もういない。

 ふん、と男はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「もうずいぶん長い間、魔力の強い者が現れません」

 男はまた笑みを浮かべる。

「争いが増えれば現れるだろう」

 その言葉の意味を、我々はすでに知っている気がする。

 男は笑みをそのままに目を細める。

「なあ、お前も考えたことはあるだろう?封印が解かれたわけでもないのに魔物が増える理由を」

 空気が張りつめた。誰もが長の言葉を待った。長いような、短いような、沈黙が辺りを覆う。しかし男は返事を待たずに消えてしまった。




 何か食べなければ、と思っていた。

 草の隙間からあばら家に飛び込み、床を這い、忙しなく目も指も動かす。部屋の隅に干からびた何かを見つけ、すぐにかぶりついた。昔、似たようなものを食べた気がするが、味はもう思い出せない。

 不意に足音と声がした。あいつらだ。あいつらは誰にでも攻撃してくる。同じ人間なのに。

 振り返ると炎の塊が迫ってきていた。


 はじめは“なぜ”だったと思う。

 それから悲しみ、怒り、そして憎しみ。

 忘れていた感情が溢れだし自分を包み込んだその刹那、白い光に包み込まれた。


 耳の中で音が反響している。赤黒い地面に燻る肉塊。そして焼ける“いつもの匂い”───

「バケモノ」と言われた気がする。ああ、そうだった。あいつらは誰にでも。同じ人間なのに。


 いつの間にか誰かが側に立っていた。

「おいで。一緒に行こう」

 声をかけられ空腹だったことに気がついた。

 何か食べなければ。




 ある日、魔法使いがひとりの少年を連れて来た。魔法使いは少年に魔法を教えた。少年は次々に魔法を覚えた。

 やがて少年は青年になり、この世界に敵う者がいなくなったとき、ある命令が下された。

 “魔王を封印せよ”




 まるで幼子のようだと思った。

 魔王と呼ばれているその者は、何も知らなかった。

 自分のことも。世界のことも。


「ナイショだよ」

 ───ナ、イ、ショ、

「そう。誰にも言ってはいけないよ」




 ざわついていた。この世界の守護者になった彼の帰還に。それなのに、、、

 封印を守るため”あの世界”に戻ると彼は言った。

「それでは貴方が───」

 思わず声にして、そして言葉を飲み込む。それが一番良い方法だと、誰もが思っている。

「やはり貴方にとってこの世界は、良いものではありませんでしたか…」

 彼は悪戯っぽく微笑む。

「そうでもないよ」

 もうずいぶん長い間、見ることができなかった愛しい笑みだ。

 これから私は命令を下さなければならない。

 私の弟子であり、家族であり、友人である彼に。

「お願いします。この世界を守ってください」




 魔法陣が広がり彼が現れる。

「ただいま」

 ───オカエリ

 彼が教えてくれたひとつ。


「いい子だね」

 彼はそっと私を撫でる。

 私もそっと彼を撫でる。

「ここには誰も来られないから、誰にも知られることはないよ」

 よくわからないけど、コクリと頷く。


「ヒミツだよ」

 ───ヒ、ミ、ツ、

「そう、」

 彼はコクリと頷く。


「ナイショのお話」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ