物語の『ラスボス』について
目の前の少年こそ、記憶の持ち主が読んでいた物語に登場する人物の一人、ユグドール・ラ・センティーネルスである。
物語によれば、『ラスボス』とやらが私を狙う理由の一つは、聖属性の魔術をもつ家門に恨みを抱いているから、とされていた。真実は不明だが、センティーネルス家の血筋と『ラスボス』とやらには何らかの関係性があるに違いない。であれば、婚約者となり情報を探るのもまた一興。
幸い扱いやすそうなセンティーネルス侯爵とその次男である。上手く転がさねば。よく考えたらこちらは命がかかっているので、手加減はしないことにする。
「実は私、悩みがございますの」
「悩み?それはどういう」
「どうも私には、運命の相手がいるようなのです」
「………?意味がわからないんだが……」
困惑顔の少年。それはそうだ。脈絡のない話だから。
物語には、『ラスボス』とやらに嘗て恋人がいて、しかし亡くなったと書かれていた。『ラスボス』とやらの死因は、幻覚の術を聖属性の魔術で反転され恋人を亡くした際のショックを何十倍にも増幅した苦しみによるものだった。
その恋人の容姿は、青い髪に黄色の瞳と描写されていた。恋人を失ったのは、とある貴族がその恋人に冤罪をかけ、何者かの手で殺されてしまったからだそうだ。
青い髪だけなら共通しているので、何とか絆されて欲しいものだが、物語で8歳の私は発狂したラスボスに遭遇し、瀕死の重傷を負う。
そもそも恋人が殺されたのは、とある貴族の横恋慕が叶わなかった、逆恨みによるものだった。また、『ラスボス』は嫌われていて、そんな『ラスボス』への恨みもこもっていたのだろう。貴族である私が青い髪をもつだけで、殺意が湧くと言うなら納得もできる。もっとも、許すわけはないけれど。
物語には詳しい情報が載っていなかったが、16歳の私は再び『ラスボス』に遭遇し、死んだと描写された。詳しい死因は書かれていなかったが、まぁつまり、2度も遭うのだ。逆に言えば、たった2度の遭遇で殺されねばならぬという理不尽な展開だった。
物語では私以外に多く登場する人物等がいたので、私は脇役だった。それはどうでもいいけれど、死因が分からなければ対処の仕方も不明だ。一応ラスボスの居場所は分かるが飛び込んで死ぬのはあまりにもお粗末のため、せめてできることはしたいものだ。
「運命の相手といっても、恋人というわけではありませんわ。ただ、何としてでも対策を練らなければ、恐らく私は無事ではいられません」
「……もっと詳しく話せ。でなければ、あなたの話を信じることなどできない。だがそれ以前に、それとこの縁談になんの関係がある?」
「ございますわ、正確には、そちらの家門の聖属性の魔術に関連がございますの」
「なんだって?うちの魔術に関連する?君の運命の相手が?」
真剣な表情で聞き返す少年へ、私は望み通り物語について触れた話をした。
「どうにも、あなたの家門の聖属性魔術へ並々ならぬ恨みを抱く方がいて、その方が私を害するという情報を偶然仕入れましたの。信じがたい話ではありますが、誠実と名高いあなたの家門に裏切り者がいたようですわ」
「っっそんな馬鹿な!!俺も父様も母様も兄様も、誰も裏切ってなどいるものかっ!!貴様、私の家門を愚弄するとは、覚悟はしているのだろうなっ!!」
突然怒り出した少年に、私は冷めつつある紅茶を口に含めてため息を付いた。これでは、まともに話すなど不可能だ。もう少し物わかりの良い人物のほうが良かったか。
「覚悟?わたくしにあるのは、己の命を弄ばんとする者共への怒りですわ!……まぁ、その御様子ではこれ以上お話できそうにありませんから、本日はお引き取りくださいませ。また頭を冷やしてからおいで下さい」
できるだけ怒りを込めて相手の目を見つめれば、口元を戦慄かせた少年が、
「二度と来るものかっ!!」
と叫んでお茶会室を出て行った。
「はあ」
重たい息を吐いて冷めた紅茶を覗けば、自身の姿が映る。疲れたような、珍しく人間らしい顔をした自分がいた。
「お父様に叱られるわ」
顔に手を当てグニグニと笑顔を作る。勝負はこれからなのだから、ここでくじけるわけには行かない。
『サイオシよどうか幸せになって!!ってかアタシが幸せにしてやんよお!!うわあ〜〜〜〜〜ん!!』
「生憎と、わたくしは自身の命を狙う不届き者を愛したりなど致しませんわ。そんな無謀な真似、できるわけございませんもの」
記憶の人物の叫び声をふと思い出し、らしくもなく独り言を呟いた。