奇妙な娘と婿候補
由緒正しい聖属性の魔術を扱う家門の次男が、冴えない子爵家の一人娘に婿入する。そんな話は笑い話として付き合いのある子息令嬢に広まった。
そして、そんな渦中にいる男の心情はというと。
本当に、最悪すぎる。よりによって、どうして、9つも年下の娘となんか縁談話が持ち上がったんだ!
父様も父様だ、真面目な友人が婿探しで困っていたからって、何も慈善活動よろしく自分の息子を差し出そうだなんて!せめて一言でも相談してくれたら、俺だってちょっとは協力したさ!なのに、行ってこいってなんだ、あーもうムカつくなあ!
と、こんな感じであった。
聖属性の魔術の腕が長男には敵わなくとも、それなりに真面目に勉学や剣術に励む、そんな良識ある16歳の少年。彼は貴族にありがちな年の差婚反対派であった。ついでに言えば、年上に憧れるお年頃であった。つい先日も悪仲間に誘われてツバメになりにパーティへ参加するも、体調を崩した老婦人を介抱し目的を達成できなかった、残念な少年である。
矛盾、大いに結構。
青春を学園で謳歌する予定が、まさかの政略結婚話に、恋愛結婚した自身の両親へ反発していた。自分だって自由に相手を選びたいのに!
しかも、歳下、加えて七歳の誕生パーティその日に顔合わせをするという。貴族社会で珍しくなかろうが、子供相手に何をしろというのか!子守かっ!?
せめて政略結婚するにしてもまともな相手が欲しかったのだが、歳下過ぎて行きたくない。どうにか仮病で休めないものか。いや、しかし曲がりなりにも家門の主たる父の命令だ。逆らえば追放されかねないのである。
何故ならば、我が家門の家訓は「秩序と慈愛をもって忠誠を捧げる」、だからだ。秩序は上下関係も含み、親子であろうが正統な理由なく逆らえない。聖属性の魔術は大きな影響力をもつため、位は侯爵位だが王族に次ぐ権力をも持ちうるのである。その分制限や義務が多い身分であり、自由にはなれないのだが。なぜ両親が恋愛結婚したかといえば、母が現王の末の妹であり、降嫁したからだ。もともと身分の釣り合いが取れていたのだから、問題なく通った縁談だった。
さて、顔合わせ当日。
目の前には愛らしい子どもが礼儀正しく挨拶をしていた。子どもの髪は胸元までの長さで色はラピスラズリ、細かな睫毛に縁取られた瞳は白みがかったライトブルー。日焼けのほとんど無い頬は柔らかな輪郭で、その表情はお手本通りの貴族の顔、よりも若干幼いが、しかして凍えるような温度を秘めていた。
思わず呆気にとられていれば、父が高らかに笑い出し、俺の背中を一発叩いて
「お前も挨拶を返せ」
と促してきた。
ゴホンと咳払いし背筋を伸ばした後、負けないように貴族らしい冷めた顔で微笑んで名乗った。
「ユグドール・ラ・センティーネルスと申します。改めてよろしくお願いいたします」
「はい、センティーネルス様」
「はっはっは、それでは四人おりますぞ。私も妻も長男次男も皆揃ってセンティーネルス家のものですからな。是非とも名前で呼んでやってくだされ」
何故か下手に出て俺の名前を呼んでくれと懇願する父に、いらだちと困惑がもたげる。何をそんなに恭しくしているのか。あくまでも、目の前の子ども………というには大人びすぎた娘だが、しかしこちらの家門のほうが位は圧倒的に上だというのに。
「恐れ多いことでございますわ、閣下」
「そうでございます、閣下!私共には恐れ多く」
「そう硬いことを言うな、お前とはこれから身内になるんだからな!」
「閣下!」
頭の硬そうな子爵とその娘は、あまり似ていない。子爵は重厚で熱を感じる威圧感の持ち主だが、娘は如何にも儚そうで、しかし冷気を放っている。容姿も子爵は焦げ茶色の髪と目を持ちガタイも大きいが、娘は小さい。恐らく母親似なのだろうが、顔合わせにも来ていないということは病気か、それとも既に亡くなっているのか。
急な話であったので、細かな情報は聞いていなかった。
であれば、確かに婿入りが必要な家なのは理解できる。しかし、それがよりによって俺なのが気に食わない。
二人きりにされ、俺は子爵の娘に言った。
「あなたとの縁談は、我が家門の主が決めたこと。しかし、俺は納得していない。釣り合いも取れていないのだから、当然だ。寧ろ、なぜこの縁談は決まったんだ?」
娘は暫し押し黙り、俺が焦れったく待っていると小さな声が聞こえた。
「では、私も本音で話したく存じますが宜しいでしょうか」
娘は真っ直ぐに俺を見た。我ながら今は険しい顔をしているはずだが、泣き言も言わずにこの返しである。
本当に、奇妙な娘だと思った。