プロローグ
前世の記憶とやらはとても趣味が悪いらしかった。
そう頭の中で感想を浮かべ、パチリと目を開ける。そこには豪華な天幕付きベッドが映り、横を向けば滑らかなシーツの感触。ゆっくりと起き上がり、手汗に苦笑いする。
成程、記憶の人物と私は、感覚までも共有しているらしい。
記憶は、とある物語の人物が命を落とし、それを読んだ記憶の持ち主が怒りと悲しみで号泣するところで終わっていた。
時に、人は絶望のあまり死んでしまうのだというが、記憶の持ち主は憤死したのだろうか。生憎私に大切なものはないが、記憶は重要な情報を教えてくれた。
このままでは、私は死んでしまうらしい。それも、記憶の人物が『サイオシ』と呼んでいた、物語の『ラスボス』とやらの手にかかって。
「ふふっ、……あはははは!こんなに面白いこと、初めてだわっ!」
可笑しくて小さな笑いがずっと続く。すると、部屋の中で滅多に聞こえないはずの私の声、それも笑い声に驚いたメイドが、扉の外から声をかけてきた。
「お嬢様?如何されましたか?」
「何でもないわ、着替えるから手伝って頂戴」
「かしこまりました、失礼いたします」
メイドに着替えを手伝わせて食堂に向かう。朝食を終え自室に戻ると、私は学習机の前にある椅子に座り、机に肘をつき右手の甲に顎を乗せた。
思案するのは、記憶の人物が没頭していた物語における私の死期についてだ。物語は私が8歳に死にかけて、14歳で大怪我をし、16歳で命を落とすと書かれていた。
現在私は6歳だ。明日は誕生日で7歳になるが、最初に死にかけるのはおよそ1年後になるのだろう。物語が私について正確に記述されているのであれば、だが。
なぜ私が洗脳や闇の魔術の類ではなく真実と仮定したかといえば、物語で私の名前、そして生い立ちについて違わず書かれていたからだ。通常隠しているはずの、家門の秘密すらもである。書物にそんな秘密を記す阿呆は貴族として生きてはいけず、他家にバラそうとすれば処分されるのは当然。わざわざ己の命を溝に捨てるものなどそうはいないだろう。それも、我が家門のもの以外に、複数。
これが真実であるとすれば、とても有益だが同時に危険な情報を入手したことになる。
故に、誰にも打ち明けることなどできず、一人で主に動くことになるだろう。何、貴族などいつ何時足をすくわれて死ぬかもわからないのだから、挑戦した結果無駄であったとしても構わない。寧ろ、鬱屈した日常に刺激ができたと思えば楽しくて仕方がない。
口角が上がり目尻を下げて、だらしのない顔になるも、部屋の中には他に誰もいないのだから問題ない。さぁ、早速物語を参考に今後の方針を決めようか。
そこにコンコンとノックの音。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「そう、わかったわ。すぐに行くと先触れをお願いね」
「承知いたしました」
思考を中断し父の部屋の前に行くと、侍従が扉をノックし父に私の到着を知らせた。
「入れ」
「失礼いたします」
侍従が開けた扉の中に入れば、すぐにパタンと閉められた。
嫌だわ、こんなに窮屈な部屋、すぐにでも出ていきたいのに。閉じ込められてしまえば、容易に逃げ出せなくなるではないか。
「なんの御用ですか、お父様」
「お前に縁談が入った。明日の午後にでも顔合わせをするように」
「ですがお父様、明日は私の誕生パーティが開かれますわ。午後とは言ってもあまり遅くにお招きもできませんし…」
「口答えするな。良いな、所詮我が家門の規模など子爵になりたてで招待客も僅かだ。長時間お前の誕生パーティを開かずともよいのだ。それよりも、少しでも家門のために己の役割を果たせ」
「…お父様のご命令に従いますわ」
「下がれ。縁談相手の絵姿は既にお前の部屋に運ばせてある。良いな、明日までには情報を全て叩き込め」
「はい、それでは失礼いたします」
始終業務連絡として会話する親子。貴族では珍しくも何ともない普通の光景だ。
縁談相手が誰かよりも、気になるのは記憶にあった『ラスボス』とやら。その被害に遭った経緯こそ、今回の縁談と繋がってくるのである。
資料に書かれていた縁談先の家門は、やはり記憶の通り、由緒正しい聖属性の魔術を保持する家だった。
絵姿は当てにならないので、最低限色合いを確認してすぐに逸らした。資料に引き続き目を通せば、その次男が我が家に婿入するというのだ。我が家には私の他に子もおらず、既に母が他界している。華やかさも特にない下位の子爵家なので、後妻もいない。縁戚から養子の話もあるが、まずは実子を優先するので保留としてある。もっとも、養子の話は対価を支払えないため父の中ではないものとされているが。
つまり、私は一応次期家門の主となり、婿になる男の家を牽制しつつ切り盛りせねばならないのだ。別段そこに不満はないが、物語の通りなら我が家門は窮地に追いやられる。具体的には、領地の没収と貴族位の返上が待っているのである。
あぁ、願わくば『ラスボス』とやらにうまく対処できればよいのだが。
X年 翠の季節
6つの歳最後の日のわたくしは、『ラスボス』攻略なんて無謀な挑戦を始めてしまいました。