プロローグ
世界の真実。そう表紙に深々と刻まれた書物。
白皙な頬を緋色に染めた青年は煤汚れた外套を靡かせ、その一冊の本を握り締めながら茫然と立ち尽くしていた。
赤き鮮血に染まった籠手をカタカタと小刻みに震わせて、徐に本扉を開く。
――飽くなき探求心が人々を死へと至らしめ、やがては世界を滅ぼすことになるだろう。
多大なる犠牲を払って、この世に魔法が生まれたように……。
一頁に殴り書かれたかの如く字面は、次の頁を捲らんとする手を一瞬にしてピタッ、と止めさせた。
静寂。
「は?」
唐突に零した一言は心の内から不意に漏れ出たかのような、溜め息を多分に含んだ囁き声であった。
唖然とした形相を浮かべながらも、恐る恐る更なる綴りに震える清澄なる潤んだ蒼き眼を向ける。
この本を次に手に取る者が二代目勇者である事を切に願う。叶うならば、全てに目を通してほしい。
私の業を……この世界の真実を。
著者 フローズ・クライスター。
「――――っ!」
青年は、慌ただしく前方に視線を向ける。
虚ろな玉座の足元に横たわる亡骸に突き立てられた、神々しくも禍々しい黄金色の大剣へと。
柄から滴る鮮血が深々とアーサー・ノースドラゴンという名の刻まれし、シミ一つ無き刃に堕ちていく。
「お、俺は」
真新しい古き書物に綴られた一紙にとめどなく滴り落ちる雫が、次第に文字を滲ませてゆく。
「ふ、ふざけるな、ふざけっんなよぉっ‼︎」
だが、一紙の中から忽然と淡い緑光が舞い上がり、本扉の染みが見る見るうちに消えていった。
それはまるで、魔法のように。
そして、無造作な刺々しい黄金色の短髪の青年はカチャカチャと色褪せた鎧を擦れ合わせ、一枚の楕円をした金貨らしき物とともに膝から崩れ落ちる。
その瞬間。
鎧の隙間から衣服が裂けて、僅かに垣間見える。
皮膚が獣のように黒々しく焼け焦げて、肥大化し、潤いの失った強靭でいて醜悪なる姿を見せていた。
「何で、なんでだよ……」
凛々しく端正な顔立ちを頬に滴り落ちる涙でぐしゃぐしゃにして、声にもならない声で泣き伏せる。
ただ一人、雑音ばかりが行き交い、谺する魔王城で。