5章 「私の本気、見せてあげる!」
「カット!」
「未亜ちゃん、格好いい~~。」
「ありがとう。」
美桜と未亜が和気藹々と話している横で英智は黒のキャップ帽を被った男性と動画チェック。
「うん。綺麗に撮れてますね。」
「それじゃあ、次は美桜の番。」
「は~い。」とカメラの前に立ってポーズを決める美桜。
普段なら絶対に着ない服装――フリフリのミニスカートと胸元に大きなリボンが付いた服―――に慣れないのか、少し動きがぎこちない。
「美桜、大丈夫か?」
「うん。ちょっと恥ずかしいけど、未亜ちゃんの為だもん。私、頑張る。」
少し顔が赤いが、言葉ははっきり。
気合も十分だ。
「わかった。それでは車さん、お願いします。」
「わかりました。それじゃあ、いきますよ。シーン16・・・アクション!」
何故彼らがこんなことをしているのか?
話は数日前、暗黒ノ鮫本部からメールが届いた日に遡る。
「はぁ~~、疲れた・・・。」
ため息をこぼす未亜。
カウンターに顎を乗せて閑散とした店内を呆然と見つめる。
彼女は疲弊していた。
というのも、ヘルプを受けた彼女が眼にした光景―――学生達で店内が鮨詰めと化したお店だった。
人の隙間を縫うように入店するのに10分、お客が裁くこと2時間。
そして今、一息ついた次第である。
「それにしても・・・、どうしよう?」
嵐が去った後の未亜を悩ます問題はただ一つ。
それはどのようにして暗黒ノ鮫本部の眼を欺くか。
「地球侵略は無理。戦力が足りないわ。」と言い張るが、これは建前。
彼女の本音は地球での生活が楽し過ぎて侵略は二の次なのだ。
「本当にお疲れ様。すまないね、急に呼んじゃって。はい、これ。」
「あ、店長。ありがとうございます。」
店の奥から現れた店長からジュースを受け取る。
「本当に未亜君が来てくれて助かったよ。」
「いえいえ。でも、驚きました。あんなにも人が押し押せるなんて。」
「ああ、俺も驚いたよ。何でもコスプレパーティーをするらしくてそれでうちの店にやってきたらしいよ。」
「へぇ~~。」と相槌を打ちながら蓋を開けて一口。
「また何かあったらいつでも連絡くださいね。私、すぐに駆けつけますから。」
「すまないね~~。」
閑話休題。
「あ、そうそう。未亜君の知り合いで動画編集とか得意な人、知らないかな?」
「えっと・・・。」
真っ先に浮かび上がったのは同居している黒猫。
「いると言えばいますけど・・・あの、どうしてですか?」
「実はね、うちの店専用のプロモーションビデオを作ろうと思ってね。」
「プロモーションビデオ?」
「そう。店頭のショーウインドウのテレビに流そうと思ってね。」
今現在、今期の注目アニメのPVが流れているテレビへ視線が流れる。
「未亜君のおかげでちょっと有名になってきたからね。ここら辺でもっとアピールできたらと思って。」
「なるほど・・・。」
「うちの目玉はもちろん、未亜君が作製したコスプレ衣装。破れにくくて丈夫。戦車に踏まれても破れない、という感じで宣伝しようか、と思っているのだけど・・・。」
店長の話を聞きながら脳内で様々な事柄が四則計算され、そして一つの結論が導き出される。
「店長!それ、私に任せてもらえませんか?」
天井に突き刺さる勢いで上がった右手。
「いいのかい!?」
未亜に対して絶対的信頼を置いている店長は嬉しそう。
「そう言ってくれると助かるよ。内容とかは全部未亜君の一存で構わないから。」
「分かりました。後、給料UPもお願いしますね。」
「―――――ということになったから。手伝ってねクルサード。」
「ふざけないでください!!」
激怒したクルサードのちゃぶ台返しが炸裂。
「我々は今そんなことをしている場合ではないのですよ!何を考えているのですか?」
「何でそんなに怒鳴るのよ。ヒステリック?」
「にゃあああああああ!」
苛立ちのあまり、床に置かれてあるビデオカメラに飛びかかるクルサード。
だが、未亜は素早い動きでそれを守る。
「ちょっと。これは店長から借りたのよ。壊したら弁償物よ。」
「そんなもの、今すぐ返してきなさい!」
「嫌よ。」
「嫌じゃありません!」
仁王立ちのクルサードと正座している未亜の視線がぶつかり、火花が飛び散る。
「ミア様。あなたは真剣に地球侵略をするつもりはあるのですか?このままでは我々は強制送還、下手をすれば処刑ですよ。」
「分かっているわよ。だからこそ、私は店長の話を引き受けたの。」
「???、すいません。ミア様の言っていることが全く理解できないのですが・・・。」
理解不能、と額に爪を当て考える人のポーズをとるクルサード。
「いい、よく聞いてクルサード。本部は文章だけでは信憑性がない、と言ってきたのよね?」
「ええ、そうですが。」
「そこでよ。このビデオカメラで撮った映像を本部に送るの。」
「・・・・ほう。つまりミア様が地球侵略を行っている所をこれで撮影する、と言うことですね。」
「違うの。これでプロモーションビデオを撮影するの。」
どうもミア様の言っていることが理解できない、頭痛薬どこに置いたかな?と現実逃避に走るクルサード。
「私が作製したコスプレ衣装を使ったプロモーションビデオ。その動画をちょこっと編集して、地球侵略の偽造動画を本部に送る。ほら、これで本部の眼は欺ける、バイト料は入る。一石二鳥でしょう。」
「いやいやいやいや。」
全力で首を横に振るクルサード。
「そんな簡単に事が進むとは思えません。ましてお店のプロモーションビデオで誤魔化せる訳――――。」
「だから、お店の方をストーリー風に撮ればいいのよ。アクションや爆撃シーンをたくさん取り入れて。」
「たかがプロモーションビデオにアクションとか入れるとか・・・。」
「大丈夫よ。私が作っている衣装は『どんな事が起きても決して破れない丈夫さ』が売りだから。」
「いやいや、それでも無理でしょう。第一、人手が足りません。誰が手伝ってくれるのですか?」
「英智君と美桜よ。2人ともオッケーだって。」
(いつの間に了承をとったのですか・・・?)
「ということよクルサード。撮影開始は明後日の土曜日から始めるからよろしくね。」
「いや、吾輩は協力するとは一言も・・・・・・。」
「じゃあ、クルサードは他に何かいい案でもあるの?」
「いえ、しかし嘘に嘘を重ねるのは・・・・・・。」
「5年間ずっと嘘の報告ばかりしていたのに、今更そんなこと言ってもね~。」
「ですからですね。今こそ地球侵略の開始を―――。」
「私達の今の戦力で出来ると思っているの?」
「うっ・・・・・・・。で、ですが、やってみれば案外簡単に――――。」
「協力してくれないのクルサード。ふ~~ん、そうなんだ。」
美桜の瞳がすっと薄くなるのに対してクルサードは身の危険を感じ、反射的に後ずさる。
「ミ、ミア様・・・・・・、一体何を・・・。」
不気味な笑みを浮かべながら詰め寄る未亜によって壁の端まで追い込まれるクルサード。
恐怖のあまり身体がブルブル震える。
「クルサード、私の言うことを聞かないとお・し・お・き・するわよ。」
そう言ってポケットから取り出した、一見ごく普通のガラス瓶をクルサードに見せる。
「そ、それは、まさかマタタビ!!」
悲鳴に似た叫び声を上げるクルサード。
その昔、彼はマタタビの粉を舐めて大失態を犯したことがあり、それ以来マタタビが恐怖の対象となっていた。
「そ、それだけは!ミア様それだけはご勘弁を!!!!」
「じゃあ、私の案に協力してくれるわよね?」
「は、はい!もちろんですとも!」
これでもか、というほど頭を縦に振るクルサード。
それを見て未亜は満足気にほほ笑んだ。
このような経緯で土曜日の朝、近くの公園で撮影メンバーの顔合わせと撮影が開始された。
とはいえ、撮影メンバーは未亜、美桜、英智、クルサードの4人。
ほとんどは顔馴染みだ。
「美桜、英智君。紹介するわね。私の知り合いの車茶渡さん。映像関係の仕事をしているの。」
「ど、どうも車です。」
ぎこちなさそうに挨拶をする黒一色の服に身を包んだ20代後半の男性。
正体はもちろんクルサードだ。
「初めまして中富英智です。」
「花巻美桜です。」
英智、そして美桜と握手を交わした―――時だった。
(むむ!こ、この気配は!)
手を通して感じる悍ましい力。
地球では絶対に感知することがない凄まじい力にクルサードは震え上がる。
「あの、どうされたのですか?車さん。」
「いえ、大丈夫です。何でもありません。」
平然を装いながら美桜の手を離すクルサード。
幸いにも誰も彼の行動に不信感を抱くことはなかった。
「ささ、時間もありません。早速始めましょう。」
こうして撮影は開始された。