4章 平穏の終焉?
「それではクラス委員は黒崎未亜さんに決まりました。」
担任、菊地原先生からの決定に拍手が教室中に鳴り響き、未亜は立ち上がってお辞儀。
新学期が始まって数日後のLHR。
委員決めで未亜は満場一致でクラス委員に当選した。
「クラス委員就任おめでとう、未亜ちゃん。」
休み時間、美桜が未亜の席まで出向いてそんな言葉を口にする。
嫌味ではなく、純粋に思ったことをそのまま口にしたことが十二分に分かっているのでお礼の言葉を返す。
「ありがとう美桜。」
「何かあったら言ってね。私、手伝うから。」
「うん、ありがとう。」
その気持ちだけで十分よ、というニュアンスを含めた。
「あっ、黒崎さん。」と呼ぶクラスメイト。
「今度の土曜日の朝、空いてる?」
「ええ、大丈夫よ。もしかして、助っ人?」
「うん、練習試合なの。どうかな?」
「オッケー、わかったわ。」
「それじゃあ、よろしく。」
「本当にすごいよね、未亜ちゃんって。」
教室から出ていくクラスメイトを見送り、美桜がぼそりと呟く。
「どうしたのよ、いきなり。」
「だって、勉強も運動もできて、クラス皆からも慕われているし。それに・・・。」
じっくりと未亜を見つめる。
整った顔立ちとスレンダーなスタイルは美少女という単語がとても似合う。
「美人だし、細いし。特に背中から腰に掛けての曲線が綺麗だし。はぁ、いいな~~。」
「美桜だって十分細いわよ。」
未亜の言う通り。
ただ、美桜は他の女子に比べ胸が大きい。
それを美桜本人は気にしてしているのだ。
「そうかな?」
「そうよ。美桜ぐらいが一番健康的だわ。」
「う~~ん。」
それでも納得できない美桜。
仕方がないわね、と未亜は助け船を呼ぶことに。
「ねぇ、英智君。」
「どうした?」
男友達と話していた英智は未亜達の元へ駆け寄る。
「美桜が自分は太ってるって言っているのだけど英智君はどう思う?」
「ちょっとやめてよ、未亜ちゃん。」と顔を赤らめて抗議する美桜。
「そうか?そんな風には見えないけど。このままでいいと思うけどな俺は。美桜らしくて。」
「・・・・・。」
美桜は恥ずかしさのあまり赤面、黙ってしまった。
「ほら、いつも隣にいる英智君がそう言っているのだから大丈夫よ。このままでも可愛いよね。」
「そうだな、このままで十分だよ。無理に痩せようとしたら身体に悪いぞ。」
「う、うん・・・。」俯きながら小さく頷く美桜。
(うん、やっぱりお似合いよね~~。)
2人と知り合って早5年。
ずっと間近で見てきたからこそわかる2人の距離。
互いが互いのことを大切に想っているのだ。
それなのにこの2人、未だ恋人関係には至っていない。
(距離が近すぎるのよね。何か一押しでもあればすぐに付き合いそうなのだけど・・・。)
過去、何度か恋のキューピット役を買って出たのだが、一度も成功しておらず。
いい感じになっても最後のひと押しがなく、そのまま終了になってしまうのであった。
(また今度、キューピット作戦してあげよう。大切な友達の為だものね。)
未亜の脳内では美桜の恋のキューピットが何より(地球侵略よりも)最優先事項となっているのであった。
「それではココちゃん、また!」
家の前で白猫とお別れ。
大きく前足を振るクルサードに対して白猫はそっけない態度で地面を蹴ってジャンプ、その場から立ち去る。
「ふふふ、相変わらずクールですねココちゃんは。しかしそんな所が可愛い!」
悶えるクルサード。
しかし彼は知らない。白猫はクルサードに対して特別な感情を抱いていないことに。
ただただ利用できる便利な猫としか思われていないことに、全く気付いていない哀れなクルサードはルンルン気分で帰宅。
時刻は15時を少し過ぎた頃。
外で食事と昼寝を澄ましたクルサードは日課であるネットサーフィンをしようと、壁一面に広がるモニターの前へ座る。
「おや?」
メールを1通受信していることに気付いた。
「ま、ただの広告メールでしょう。」
と高を括っていたが、送り主の名を見て硬直。
「暗黒ノ鮫本部から、だと・・・。」
本部から直々に連絡を送ってくるとはこれまでなく、緊張と不安で背中から冷や汗が滝のように流れる。
震える手でマウスを持ち、メールをクリック。
送られてきた文面を眼で追う。
「こ、これは一大事だ。ミア様にすぐ報告しなければ・・・。ミ、ミミ、ミア様~~~~~~~~~!!!!!」
クルサードは全力疾走で家を飛び出した。
「よっと。」
第2ピリオド終了間際、レイアップ・シュートが綺麗に決まり、ガッツポーズ。
そんな英智の姿に美桜と未亜の歓声をあげる。
「相変わらずだな。」
ハーフタイム中、同級生でバスケ部の風見鶏とハイタッチ。
運動神経抜群でありながら帰宅部の英智も未亜同様、運動部の助っ人を頼まれることがあるのだ。
「そりゃあ助っ人だからね。これぐらいは活躍しないと。」
「そうじゃないよ。あの2人のことさ。」
ベンチの反対側にいる美桜と未亜を視線で指す風見鶏。
「2人って、美桜と未亜のことか?」
「そうだよ、お前に助っ人を頼むとあの2人が必ず応援に来てくれるだろう。」
「必ずは大袈裟だろう。」
そう答えるが、風見鶏の言うことはほとんど正しい。
美桜と未亜は余程の予定がない限り、英智の応援に駆け付けていた。
「美少女2人に応援されたら俺たちも頑張るしかないもんな~。」
「おい、俺を助っ人で呼ぶのはそのためかよ。」
「気分を害すなよ中富。お前がいることが前提の話だ。あの2人はあくまで+αってことさ。」
「まぁ、風見鶏が言いたいことはわかるけど。」
美人の未亜と可愛い美桜の2人が学校中の男子では大変人気だということは、浮いた噂話に疎い英智でもよく知っていた。
「しかしお前は本当にうらやましいよな~。美少女2人と仲が大変よろしくて・・・。」
「そうか?」
「そうだぞ。美桜ちゃんもそうだが、黒崎さんだってお前に結構気を許しているぞ。」
「未亜が?そんなことないだろう。男女関係なく隔たりなく接しているし。」
未亜の普段の行動を思い浮かべながら答えるが、同級生達が即座に否定。
「そう思っているのはお前だけだ。考えてみろ、黒崎さんはみんなを名字で呼ぶが、お前だけは『英智君』だ。」
「そういうのなら美桜もだぞ。」
「女子はノーカウント。それにお前だって未亜って呼んでいるだろう。」
「まぁ、それなりに付き合いが長いしな。」
そういえば、いつから彼女のことを「未亜」と呼ぶようになったのだろう?
思い出そうとするが、思い出せない。
「それに花巻さんからは『えーちゃん』と愛情を持って呼ばれる始末。この状況でお前はまだ普通だと言いきれるのか?」
「美桜とは幼馴染だからな。幼い頃からずっと一緒だったし。でも、それだけだぜ。」
「・・・・・・、お前、それ、本気で言っているのか?」
「ん?どういうことだ?」
英智の返答に風見鶏は大きくため息。
「はぁ~~、今俺、あの2人の苦労を知ったよ。」
「???」
よく分からないが、ちょうど第3ピリオドの開始前の笛が鳴ったのでそれ以上聞くことが出来なかった。
「もう、何話しているのよ。この2人は。」
「ん?どうしたの未亜ちゃん?」
「ううん、何でもないわ。」
被りを振る未亜。
人間よりも聴覚がいい未亜は英智と風見鶏の会話がはっきり聞きとっていた。
(私は別に英智君に恋愛感情なんて抱いていないわよ・・・。)
地球に来てから初めて出会った頼りになる男の子。
ただそれだけだ。
異性の友情なんてない、とよく言われるが自分と英智がそう言った関係だと自信を持って言える。
(それに英智君には美桜ちゃんがいるもん。)
隣にいる大親友の横顔を盗み見。
美桜は英智しか見ていない。
(でも、風見鶏君の言う通り。本当に苦労させられるわ、この2人には・・・。)
この2人の仲が進展しない理由。
(鈍感な英智君のせいでもあるけど、美桜にも原因があるのよね。)
のんびりとした性格の美桜。
その性格が災いしているので2人の仲に進展が見られない、というのが長年近くで見てきた未亜の分析結果だ。
周囲に促されてアタックするも最終、「今のままでもいいいよね♡」と結論付けてしまう美桜に未亜含め周囲は「なんでそうなるの!」と呆れ返る始末であった。
(うん、意地でもこの2人をくっつけてみせるわ。)
使命感に燃える未亜。
彼女の脳内では『英智・美桜の恋のキューピット大作戦>地球侵略』という公式が浮かび上がった時だった。
「ミア様~~~ミア様~~~。」
(えっ、今の声って。もしかしてクルサード?!)
微かに聞こえた飼い猫の声にビクッとする未亜。
注意深く耳を澄ませる。が、聞こえない。
(・・・・・・、気のせい、かな?そうよね。クルサードがこんな所に来るはずないものね。)
そう結論付けるが、
「おい、聞いたか?」と近くの男子生徒が隣の生徒に話しかける声が耳に届いた。
「ん?どうした?」
周囲の声援が混じっているが、未亜だけははっきりと聞き取れていた。
「さっき校内に変わった黒猫がいたらしいぜ。」
「変わった猫?」
「おう。何でもみあさま~、みあさま~って変わった鳴き声の猫がいたらしい。」
「へえ~~。」
男子2人の会話に冷や汗だらだら。
未亜の脳内で黒猫が音頭に合わせて阿波踊りを踊っている。
「でも、猫の鳴き声って人によって聞こえ方が違うらしいからな~~。そんなに特別珍しいとは思わないけどな。」
(そうよ、そうよね。)
「でもその猫、2足歩行で走っていたらしいぜ。」
(クルサード!)
「あれ?どこに行くの、未亜ちゃん?」
「ごめん、ちょっと席を外すね。」
美桜の返事を待たずに体育館を飛び出た未亜。
10分後、木の枝の上で直立不動、前足を翳しているクルサードを人知れずに回収することに成功した。
「これを見てください。」
クルサードに背中を押され、家に帰ってきた未亜が一言。
「クルサード、モニターの電源を入れたままにしていたら電気代がもったいないでしょう!」
「申し訳ございません・・・・・・、って今はそんなことを言っている場合ではありません。とにかくこれを見てください。」
クルサードに促され、モニターに表示された文章を音読。
「暗黒ノ鮫定例会議より通達。何々、ユーナ・ジャテオからの進言があり・・・・・・、そんな人いたかしら?」
「ミア様と同期の方ですが・・・・・。」
「・・・・・・・・・、ああ、あの人、ね?」
考え込むこと1分。
ぽん、と手を叩く曖昧な表情を浮かべた未亜を見てクルサードは目頭を押さえる。
「ミア様のライバルですよ。試験でいつも主席を争っていた方のことを忘れないでください!」
ユーナ・ジャテオは未亜と暗黒ノ鮫が経営する人材育成専門学校の同期生で学年次席。
常日頃から未亜をライバル視しているのだが、未亜の方は学力に対する勝ち負けには眼中になく、ユーナに関しても無関心。
その態度が自信過剰で負けず嫌いのユーナを余計に煽ってしまった事で常日頃から敵意を剥き出しているのだ。
「もういいですミア様。お願いですから続きを読んでください。(泣)」
「???この5年間の報告書には信憑性がないと判断。次回の定期報告で確たる証拠を報告書と同封されたし。それがなければ地球侵略は失敗と判断。即時撤退、本部へ帰還されたし・・・。嘘!」
脳内に落雷。
この世の終わり、といった表情を浮かべる未亜。
「ど、どうしましょう!」と悲鳴に似た声を上げる未亜に、前足を組んでうんうんと頷くクルサード。
(それはそうでしょう。こう見えてもミア様はエリート。最初の任務が失敗となれば自分の経歴に傷が付きますからね。)
「もう学校にも行けなくなるし、あのアルバイトも辞めないといけないわ。」
ガクッと大きくズッコケるクルサード。
「そうではないでしょう!これは最終通告です!つまり左遷!降格通知です!しかも我々は嘘の報告書を送っていますからね。懲罰、下手したら処刑ものですよ!」
「わかっているわよ、それぐらい!」
あたふたと慌てる未亜。
「嫌よ。美桜と英智君にもう会えなくなるなんて・・・。」
(このまま降格になってしまえ。)
「とにかく考えないと・・・。何かいい手を・・・。」
焦る未亜。
だがその言葉と裏腹にてきぱきとアルバイトの用意を始める。
「そう言いながら何でアルバイトの用意をしているのですか?」
「だってさっき、店長からヘルプの電話が来たのよ。」
「そう言えばここへ戻ってくる途中、携帯が鳴っていましたね・・・、ってそんなことしている場合ですか!我々の未来がかかっているのですよ!」
「明日の生活費がかかっているのよ!」
鞄を提げ、人差し指をクルサードに突きつける未亜。
クルサードは唖然呆然。
「ということで、なんかいい案を考えておいてね。それじゃあ、いってきま~~す。」
笑顔でバイト先へ向かう未亜。
玄関の扉が閉まり、部屋に一人残されたクルサードはぼそりと呟く。
「神社へお参りに行くか・・・。」
神に祈る内容はもちろん。
「ミア様に降格の罰が下りますように。」