3章 地球侵略報告書
「地球へ到着して5年が経過。調査の結果、地球軍は我々が考えていた以上の兵器を開発・所持している為、我々は当初の作戦を変更。表立った活動を控え、秘密裏に侵略活動を展開中。今現在、地球軍に我々の行動を察知された形跡はなし。」
薄暗い部屋の一室。
大きなモニターに向かって黙々と文章を打ち込んでいるのは黄色の瞳を持つ一匹の黒猫。
彼の名はクルサード。
猫の姿をしているが、その正体はどのような姿・形に変身することが出来る地球外生命体である。
彼は今、暗黒ノ鮫本部への定期報告書を作成中。
しかし文章がなかなか決まらず書いては消して唸り、また打ち込むの繰り返し。
「ミア・クロカーブ様は侵略進行と同時に地球人の洗脳活動を展開。部下獲得と武器及び活動資金の調達に躍進中。その地盤は徐々に拡大しつつあり。う~~ん、後何を書いたらいいのだろう。全くもう・・・。」
これ以上文章が浮かばず、頭を悩ますクルサード。
何故なら、今書いている報告書の内容はほとんど嘘。
地球侵略は全く進んでいないのだ。
上司への不満をキーボードにぶつけること数時間、何とか報告書を仕上げることが出来た。
「これぐらい書いておけば多分誤魔化せるだろう。全くミア様がもっとしっかりしておればこんなにも悩まずに済むのに・・・。」
不満を口にしながら勢いよく送信ボタンをクリック。
報告書が無事に本部へ送られたことを確認し、クルサードは大きく背伸びした時だった。
「クルサード、ご飯が出来たわよ~~。」
襖の向こう側から呼ぶ明るい声に、クルサードは落胆のため息をこぼしながら返事をする。
「はい、わかりました。」
モニターの電源が完全に落ちたことを確認し、席から立ち上がる。
「何とか書き終えたがこのままではいかん。今日こそはミア様にきつく言わないと。」
そう決意し、襖を勢いよく開けた。
「ミア様!お話があります!」
「今日はクルサードの大好きな、鮭のムニエルよ。」
「本当ですか!?いただきます!」
目を輝かせて皿に載った鮭に飛びつくクルサード。
その瞬間、上司への叱責の事は綺麗さっぱり飛んでいってしまった。
「どう?おいしい。」
「はい!」と満面の笑顔で答えるクルサード。
「そう、よかった~。美桜においしく作るコツを教えてもらったのよ。」
「頼りになるお人と知り合えましたね。」
「本当にね。それじゃあ私も。いただきます。うん、おいし~~。」
行儀よく手を合わせ、一口。
自分の作った料理の出来にご満悦の黒崎未亜。
そう、彼女こそがクルサードが頭悩ましている上司なのである。
彼女の本当の名はミア・クロカープ。
悪の組織――『暗黒ノ鮫」に所属する将来有望の新任幹部である。
5年ほど前、彼女は暗黒ノ鮫の長から地球侵略の特攻隊隊長として地球へ赴き侵略を開始せよ、と勅命を受けた。
特攻隊メンバーはミアとクルサードの2名のみ。
これは地球が銀河系から見ればまだ発展途上星で大量の戦力を投入せずとも侵略可能という本拠地の判断したから。
また銀河の十字架にこちらの動向を気付かれないためでもある。
今回が初任務であるミアに若干の不安を感じていたクルサードであったが、(彼は諜報員として何度か現場を経験していた)長から最強の武器と謳われている『三種の邪器』を承っていたので事前情報から1週間程で地球侵略は完了する、と目論んでいた。
しかし地球到着1時間前、2人が乗っていた小型宇宙船が突然故障。
制御不能のまま地球へ不時着。
幸い2人に怪我はなかったが、墜落で小型宇宙船は大破、修理不能に。
さらに長から頂いた『三種の邪器』も大気圏突入時にコンテナが壊れたことで紛失。
武器なしでは地球侵略を行うことは不可能と考えた2人は身分を隠して地球で生活を送ることに。
クルサードは地球の情報を集めるため、猫に変身(クルサード曰く、この姿が一番エネルギーの消費量が少ないらしい)、ミアは黒崎未亜と名を騙り、人間社会に紛れ込むこと5年。
地球の生活に馴染んできたが、肝心の地球侵略は全く進んでいない。
「はぁ~~、今日もよく働いたわ。」
食後のお茶を飲んでほっと一息。
まったりとしたひと時を過ごす未亜とクルサード。
「本当ですね~~。って、こんなことしている場合じゃない!!」
六畳間の中心に置かれているちゃぶ台をひっくり返すクルサード。
「ちょっとクルサード。何するのよ。」
いそいそとちゃぶ台を直す未亜。
「ミア様、そこに正座してください。」
「もうしているわよ。」
「こんな所でのほほんとお茶をしている場合ではないでしょう!我々は何の為にこの地球へやって来たのですか?!」
「それは地球侵略の為よ。」
「そうです。なのに、最近のミア様はだらけ過ぎです。」
「そんなことないわよ。地球侵略の為に私は毎日頑張っているわ。」
「ほう。では、今日一日の行動を吾輩めに報告してください。」
「えっと、今日は新学期だったから朝、学校に行って――そうそう、今年も美桜ちゃんと英智君と同じクラスになったの。凄い偶然でしょ!」
「それで。」
ちゃぶ台を爪でトントン叩いて先を促す。
「えっと、学校は午前中までだったから、一旦家に帰ってきた後、フェアリー・リバーに行って・・・。」
フェアリー・リバーとは、近くの町(通称:アニメ横丁)にあるアニメショップのことで未亜のアルバイト先。
店員は店長の大川陽成(30代独身)と未亜の2人だけ。
コスプレ衣装も置いてあり、レイヤー達の間では「衣装が丈夫で着心地がいい。」と好評。
最近業界でも名前が売れ始めている個人経営店である。
因みにコスプレ衣装は全て未亜の手作り。(未亜は裁縫や工作が大得意なのだ。)
「そうそう、店長がまた給料アップしてくれたのよ。これでまた生活が楽になるわ。」
「そんなことはどうでもいいです!」
クルサードは吠える。
「ミア様!今日一日の生活のどこに地球侵略の行動があったのですか?!」
「何言っているのよクルサード。私が働いたお金は活動資金になるじゃない。それにアルバイト先は武器調達にもなっているのよ。ほら、これ見て。売れ残りだから頂いたの。」
そう言いながら、ちゃぶ台の上に置いたのは木製の刀。
2年前に流行ったアニメに登場した刀の模造品だ。
「このおもちゃが武器ですか?」
「そうよ、私の力で武器に変わるわ。」
未亜の力―――物質硬化。
彼女は自分が触れた物質の硬さを強化することが出来るのだ。(但し生命体にはこの力は使えない。)
未亜が刀を持って念じる。
すると刀が一瞬光を帯びた。
外見は全く変わった様子はない。が、刀は未亜の力によって鋼鉄の刀へと変貌したのだ。
「確かに・・・、武器にはなりそうですね。」
銀製のスプーンを叩いて強度を確認するクルサード。
「でしょう。私の力は武器の調達と資金獲得に大きく貢献しているのよ。これのどこが怠けているのかしら。」
「うっ、そう言われると・・・、ってミア様!?今、ミア様の力が資金獲得に貢献している、と言いましたね。まさかその力を人前で使っているのですか!?」
「大丈夫よ。私が作っている衣装の強度を少しだけ高めているだけよ。」
その話を聞いてクルサードの顔が真っ青になる。
「あれほど人前で力を使わないようにしてください、と言っているでしょう。吾輩達の正体がばれればどうなることか!」
噂を聞き付けた銀河の十字架が自分達を捕らえに地球へ来る。
戦力が全く揃っていない今、その事態だけは絶対避けなければならない。
「分かっているわ。私だって銀河の十字架に見つかることは避けたいもの。十二分に注意しているから心配しないで。(だって正体がばれたら、学校に通えなくなるじゃない。)」
「今、地球侵略よりも学校のことを考えていましたね。」
未亜の心を読むクルサード。
「そ、そんなことはないわよ。」と誤魔化す未亜。
暫くの沈黙はクルサードの「わかりました。」の一言で決着がついた。
「アルバイトの件は百歩譲りましょう。しかしですね、それならば一日中アルバイトしていればいいでしょう。何故学校に通っているのですか?!」
「この星では私ぐらいの年齢は学校に通っているのが普通なのよ。些細なことで地球人にばれては困るでしょ。仕方がないのよ。」
「仕方がない、という割には毎日楽しそうに学校へ通っているよう見受けるのですが・・・。」
「さ~てと、食器を洗わなくっちゃ。」
「逃げないでください。毎回嘘の報告書を作成している吾輩の立場も考えてください。」
「クルサード、明日の夕飯は何がいい?」
「そうですね~~、明日は肉系が―――って、話を逸らさないでください!」
「あ、そうそう。さっきからガールフレンドが呼んでいるけどいいの?」
台所の窓を開けると、細身で毛並みが美しい白猫の姿が。
「ココちゃん!」
目がハート状態のクルサードは窓の柵へダイビング。
「今日はどうされたのですか~~?もしや吾輩のことが愛おしくて会いに来たとか~~。なになに、またどらの助がちょっかいかけてきた、と。全くあの野良猫は懲りませんね~~。ミア様!吾輩は用事が出来ましたので出かけてきます。」
「うん、気をつけてね。」
クルサードの言及を逃れることが出来た未亜は笑顔で2匹の猫を見送る。
なんだかんだと言いながら、クルサードもこの地球での生活を謳歌していた。
「はっ、それでは行ってきます。」
「これでクルサードは今日帰ってこないっと。さてと明日の用意をして寝ようっと。」