1章 平穏な日々
地球は平和そのものだ。
突如、地中から怪獣が出現したり、宇宙からの侵略者が地球征服の為に街を破壊したりなんて現実ではありえない。
だがら、どんなに深い眠りに陥っても心配ない。
寝坊の心配なんて問題外。
例え目覚ましのアラームをかけ忘れたとしても。
何故なら、
「えーちゃん。起きて。朝ご飯が出来たわよ。」
このように可愛くてよくできた幼馴染が優しく起こしてくれるから。
「ほ~ら、えーちゃん起きて。」
「う…、うう~~。」
ほぼ毎日体験している優しく揺すりに英智は固く閉じられた瞼を薄く開く。
ぼやけた視界の先には、片梨高校の制服の上にピンクのエプロンを着た女の子の姿が。
少しふっくらしているがだからといって太っている訳ではない、ちょうどいい塩梅の体型。
おしとやかで気立てが良く、去年の文化祭で全在校生対象に行われたアンケートでは「お嫁にしたい女子、№1」に輝いた自慢の幼馴染――花巻美桜である。
ふわふわの茶色の髪が英智の身体を揺さぶる動きに合わせて揺れる。
女性の象徴である大きな胸も揺れる。
「早く起きないと、学校に遅れるわよ。それに朝ご飯が冷めちゃう。」
「わ、わかった。今起きる。」
正直、美桜の揺さ振りは目覚めるのには不最適。
心地よさから二度寝してしまうほどだ。
しかし美桜の口から「ご飯が冷める」という単語が出てきた瞬間、睡魔は瞬時に滅亡、反射的に飛び起きる。
家事全般が得意な美桜。
特に料理には誇りを持っている節があるらしく、食事関係になるとおしとやかな雰囲気を投げ捨て、修羅の鬼と化すことがあるのだ。(彼女の脳内では「学校に遅れること」<「ご飯が冷める」の法則が存在している。)
「よかった~~、起きてくれて。このまま起きてくれなかったらどうしようかな、って思っていたことなの。」
(今まで気づかなかったが)手にしていたフライパンを見つめながら呟く美桜に若干の恐怖を抱き、身震い。
「(よかった、素直に起きて・・・。)着替えたらすぐに降りるよ。」
「うん、待ってるね。」
花が咲き渡るような笑顔で部屋から出ていく美桜を見送り、パジャマから制服へと着替え始める。
部屋の窓の向こう側には冬の季節から春へ移り変わったことを報告するかのように桜が咲き誇っていた。
「あっ、もうえーちゃんったら。」
制服に着替えリビングに降りてきた英智を見て、美桜がスリッパをパタパタ鳴らしながら駆け寄る。
「ネクタイ、曲がっているわよ。それに寝グセも。本当にもう、だらしないだから・・・。」
仕方がないわね、と英智のネクタイを直し始める。
その行動と雰囲気はまるで、
「新婚さんだな。」
「ふぇ!」
第三者の発言に、美桜の顔は真っ赤。
普段では考えられない速さで英智から離れる。
「おいこら、茶化すなギンガリオン。」
英智はソファの上に寝転がる居候のロボットに向かって言い放つ。
「美桜が困るだろうが。ごめんな美桜。アイツが変なことを言って。」
「えっ?ううん、大丈夫。(別に困ることはないのにな・・・。)」
美桜は落胆の影を落とすが、英智はその事に気付かず。
彼はそれどころではなかったのだ。
「お前、なんだよこれ!」
ギンガリオンの周囲にはジュースの空き缶やスナック菓子の残りかすなどゴミが散乱。
そしてDVDケースやゲーム本体、テレビのリモコンもその場に放り捨てられていたのだ。
「また徹夜までゲームをしていたな!」
「何を言っているのだエーチ君。いつ何時、暗黒ノ鮫が姿を現すか分からないのだ。その為に私は徹夜で見張っていたのだ。」
「ソファの上でくつろぎ、お菓子を食べながらか?」
「心外だな、エーチ君。」
勢いよく立ちあがり英智に詰め寄るギンガリオン。
身長2mはあるロボットから感じる強烈な迫力。
「この私がそこまで不真面目なロボットだと思っているのかね。」
「今までの行動と態度がそれを物語っているだろうが!」
山のようにある反論材料を武器に迎え撃つ英智。
ギンガリオンの今までの悪行をさらけ出すと、彼はソファにもたれて嘆き悲しむ。
「全く酷いお人だエーチ君は。私は一睡もせず、ちゃんと見張りを続けていたというのに。新作ゲームをしながら。」
「それのどこがちゃんと、―――ってちょっと待て?」
足元に転がる液晶画面に『プレイ時間、9:23:21』と表示されている携帯ゲーム機を拾う。
「これって昨日に発売されたばかりの『対魔師~THOUSAND BREAKERZ~』じゃないか!こんな物が何で家にあるんだよ?!」
「通販で買ったのさ。もちろんエーチ君のお金でね。」
「お前!また人の金を勝手に使ったな!」
「何を言っている。君の物は私の物。私の物は私の物。」
「そんな屁理屈、通用するか!このデタラメロボが!!!!!」
「な、なんだと!そ、その言葉は銀河の十字架の一員である、この私に対しての宣戦布告とみなすぞ。」
「ああ、上等だ!決着つけてやるよ!」
「いいだろう。敗北して吠え面かいても知らないぞ、エーチ君!」
「ちょっと2人とも。」
一発触発の二人に対して美桜は穏やかな口調で仲裁に入る。(この二人の小競り合いは日常茶飯事の為、別に驚いたりはしない。)
「美桜は離れて。こいつとはいつか決着をつけないといけないんだ。」
「その通りだミオ君。止めないでくれ。エーチ君には銀河の十字架直伝の躾が必要なのだ。」
全く耳を貸さない二人に対して美桜は笑顔で冷たく言い放った。
「そう、わかったわ。二人は私が作った朝ご飯よりも決闘の方が重要なのね。」
「・・・・・・、この地球には『腹が減っては戦が出来ぬ』という諺があるそうだね。どうだねエーチ君、ここは一時休戦で手を打たないかね。」
「そうだな・・・。」
銀河系には敵なし(自称)と謳うギンガリオンも食事に関わる美桜には全く頭が上がらないのであった。
英智とギンガリオンが運命的な出会いから早5年。
暗黒ノ鮫が地球侵略に対し、英智はギンガリオンと共に熱い友情の感動ストーリーは展開されることはなかった。
何故ならこの5年間、暗黒ノ鮫の地球侵略は一切なかったから(・・・・・・・・)。
ギンガリオンと出会った当初は地球侵略防止の作戦会議やトレーニングなど、いい意味での緊迫したモチベーションを保たれていたが、1年、2年と時が過ぎていくと共にモチベーションは徐々に低下。
さらに本来、いい加減で怠け癖があるギンガリオンの本性が徐々に表れたことで彼に対する信用度が下落。
そして現在に至るのだ。
今ではギンガリオンは宇宙のどこかで開発された失敗作で、捨てられたかの理由で偶然地球に不時着し自分が運悪く拾ってしまった、と考えている。
とはいえ、拾った以上安易に捨てる訳にはいかなく(彼を捨てれば地球規模で大迷惑がかかると考えており)、周囲の人達には秘密で同居させているのだ。
「それじゃあ、いってくるからな。」
「ギンちゃん、留守番よろしくね。」
朝食を食べ終え、ギンガリオンが散らかしたソファ周りの掃除も終わり(掃除したのは美桜)、学校へ向かう英智と美桜。
「ふむ、家のことは私に任したまえ。」
「勝手に家から出るなよ。」
「後で晋太が来るからよろしくね。」
晋太とは今年小学四年生になった美桜の弟のこと。
美桜の家は英智の家の近所で家族ぐるみの付き合いなのだ。
「了解いたしたミオ君。シンタ隊員のことは私に任したまえ。」
ギンガリオンの頼もしい言葉を受け、二人は若干の不安を抱えつつ学校へと向かう。
「今年もえーちゃんと同じクラスになれるかな?」
「どうだろうな。まぁ、今までずっと同じクラスだったし、大丈夫だろう。」
「一緒のクラスになれるといいな~~。」
今日は始業式。
幼稚園から今までずっと同じクラスだった2人は思い出話に花を咲かせながら、私立片梨高校へ。
私立片梨高校は学力も部活動もごくごく普通、校則も比較的ゆるい、どこにでもある高校。
時折、学園長主催(独断)のイベントが定期的に行われることで地元ではちょっと有名な高校である。
「あっ、未亜ちゃんだ。」
正門を潜った先、掲示されたクラス替えに群がる生徒の最後尾に佇む眼鏡をかけた青髪の女子生徒へ手を振う美桜。
「あ、美桜。それに英智君もおはよう。」
「未亜ちゃん、おはよう。」
「おはよう。未亜。」
彼女の名は黒崎未亜。美桜と英智とは同級生で、美桜の親友だ。
「何しているの未亜ちゃん。もしかして、順番待ち?」
「いいえ、クラス表はもう見たわ。私達は2組よ。」
「あ、みんな同じクラスなのね。ヤッタ~~。」
大喜びする美桜。
万歳三唱する勢いだ。
「そうか、また未亜とも同じクラスか。凄い偶然だな。」
「そうね、私が引っ越してきてからずっとだから、えっと・・・5年ね。」
指折って年数を数える未亜。
「もうそんなに経つのか、早いものだな~。」
「本当ね。」
晴れ渡る青空をふと見上げる未亜。
過去を振り返っているようだが、何故かその眼は少し寂しげ。
しかしそんな未亜の様子に気付いた者は誰もいなかった。
「また今年もよろしくね。未亜ちゃん!」
美桜の無垢な笑み。
未亜の顔から自然と笑みが零れる。
「うん、今年1年よろしく、美桜。英智君もよろしく。」
「ああ、よろしく。ところで未亜は何をしていたんだ?」
新しいクラスが分かったのなら、新しい教室に向かえばいいはず。それなのに何故?
「実はちょっと先生に頼まれて、校長先生を探していたの?」
「校長を?」
「実は校長、臍を曲げたらしくて。それで行方知れずなのよ。」
「臍を曲げた?何で?」
「私も聞いた話なのだけど、実は校長、今回のクラス替えをゲリライベントにしようと考えてたらしくて、その内容がね・・・・・・。」
ちょいちょい、と手招きする未亜。どうやら周囲に聞かれたくないらしい。
近づいた2人の耳元で真相を語り始める。
「クラス替えの紙を切り刻んで、3万ピースのジグゾーパズルにしようと目論んでいたらしいの。」
朝、校舎前で全生徒が地面に座り込んでジグゾーパズルを解く光景を妄想して、言葉を失う2人。
「で、それを止めようとした先生達と一悶着あったらしいのよ。そのおかげで昨夜は寝ずの番をしていた先生が・・・。ほら。」
控えめに指差す未亜。
生徒の群衆の横で竹刀を杖代わりにして立っているのは生徒指導の先生の姿が。
眼にはクマがくっきり。
そして大きな欠伸。
「それは・・・、ご愁傷様。」
その一言しか出てこなかった。
「それで校長先生は?」
「さぁ?どこにいるのか誰も分からず。学校内にいることは確からしいけど。」
その時だ。
「黒崎。」と、声をかけてきたのは去年英智達のクラス担任だった菊地原先生。
「はい、どうかされましたか、菊地原先生?」
「すまないが、予鈴が鳴ったらクラスのみんなを体育館まで誘導してくれないかね?」
「えっと、それぐらいなら構わないのですが・・・、何故?」
「普通、担任の先生がするのでは?」
「ああ、中富の言う通り、普通はそうなのだがね・・・・。」
「何かあったのですか?菊地原先生?」
美桜の質問に菊地原は声を潜めて、3人だけに聞こえるよう答える。
「実はだね。校長がいじけて校長室に閉じこもってしまったのだ。それで男性教員全員で強行突入することになってな。」
唖然呆然の3人。
辛うじて英智が「それは・・・、ご愁傷様です。」と声をかけることしかできなかった。
「全くあの校長には困ったものだよ・・・(ため息)。そういうことだ黒崎、クラスの方は任せたぞ。」
「分かりました。」
毎年クラス委員に任命されている未亜は頷く。
「未亜、これは今年もクラス委員になりそうだな。」
下駄箱で靴を履き替え教室に向かう途中、すれ違う友達に挨拶を交わしながらふと漏らした一言に未亜は一つため息。
「そうみたいね・・・。でも私以外に相応しい人がいると思うわ。」
「もしかして未亜ちゃん、クラス委員やりたくないの?」
「そう言うわけではないけどね。」
「私、未亜ちゃんのクラス委員は似合っていると思うよ。」
「まあ、確かに。」
美桜の意見に賛同する英智。
成績優秀で定期テストでは上位常連。
運動神経抜群で部活動の助っ人として活躍。
規則には厳しいが、融通も利く気さくな性格はとても親しみやすいクラス委員として周囲から好評を得ている。
「でも未亜ちゃんがやりたくないのなら、私、今年立候補するよ、クラス委員に。」
「それだけはやめて。」「それだけは駄目だ。」
未亜と英智の即答が綺麗に重なる(ハモる)。
「え~~、何で?」
「あんな大惨事になるのはもう勘弁よ・・・。」
未亜がこの街に引っ越してきたのは小学6年の途中。
その時のクラス委員は美桜だったのだが、おっとりでのんびりした性格はクラス委員に向いていなかった。
集会の集合時間には毎回クラス全員で遅刻。
HRで決め事の際も最後は何故か家庭科の授業に変わる等々で滅茶苦茶。
それで当の本人は上手く出来ている、とずっと勘違いしており、見かねた未亜は転校して2日後にはクラス委員のフォローに入るようになり、そして1週間後には周囲の力により美桜から未亜へクラス委員が交代した経緯がある。
その事がきっかけで2人は親友となり、英智も美桜を通じて親しくなったのだ。(ちなみにその当時何故美桜がクラス委員になったのかは今でも分からず。永遠の謎となっている。)
「美桜がやるぐらいなら、私が進んでクラス委員になるわ。」
「ああ、それがいい。」
「え~~、何で~~?」
美桜の嘆き声が廊下に響き渡る。
「美桜には任せられないもの。」
「私、上手く出来るもん。」
「何を根拠にそんなに自慢げに答えられるの?」
(平和だな・・・。)
和気藹々と話す2人を傍から見てふと思う。
それはいつもと変わらない平和な日常。
友人に囲まれ、勉学に励む。
生まれてからずっと変わることない平穏な日々。
(宇宙侵略なんてあるわけないよな。)
ふと脳裏に浮かんだ、小学6年の夏のギンガリオンの言葉。
(「悪の組織が地球を侵略する、その為に私がやって来たのだ!」)
だが実際にはどうだ。
そんな傾向が、出来事があったか?
答えはNO!
「そう、全てはアイツの出任せ。悪の組織なんているわけないよな。」
心の声がボソッ、と口から出た時だった。
「えっ!!」
未亜がビクッ、と硬直。
驚きとこの世の終わりのような表情に英智も驚く。
「(独り言、聞こえたのかな?)えっと・・・、どうした未亜?」
「英智君、今、何か言った?」
「別に何も言ってないぞ。」と白を切る。
「そう?」
「何か聞こえたのか?」
「えっと・・・・・・、ごめんなさい。私の気のせいだったみたい。」
不安そうな表情を浮かべる未亜。
しかし深く追及してこなかったので、英智はほっと胸を撫で下ろす。
(危ない危ない。アイツのこと、他の人に知られる訳にはいかないからな~~。)
ギンガリオンのことは美桜と晋太以外の人には知られていない。
それは周囲の人達を悪の手から守る、という訳ではなく、
(あんなロボットの醜態を他人に見せてたまるか!)
という理由に他ならない。
ギンガリオンを拾って以降、英智は気苦労が絶えないのだ。