13章 終わり良ければ総て良し
「ミア様、ミア様!」
休日の昼過ぎ。
平穏を取り戻した未亜宅にクルサードの慌てる声が響く。
「どうしたのよ、クルサード。そんなに大きな声を出さないでも聞こえているわよ。」
ちょうど食器洗いが終わり、濡れた手を純白のエプロンで拭う。
「ミア様、大変です。長様から返信が届きました!」
「何ですって!!」
エプロンを脱ぎ捨て、クルサードと共に作業室へ。
「こちらです。」
クルサードに促され、モニターを覗く。
件名:〈第108番幹部 ミア・クロカーブ殿へ〉と記された添付ファイル付きの電子メール。
本部からのメールに2人は異常な緊張感が走る。
ギンガリオンと英智の戦いから早数週間。
しかし、2人はこの日まで気が気でなくまるで3か月ほどの月日が経ったように感じていた。
「クルサード、開いてみて。」
「はい・・・。」
未亜に促され、クルサードは震える前足でファイルをクリック。
すると突然、幾つものプログラムが強制起動。
そしてモニターから鮫の骨の仮面を被った人物が浮き上がる。
「「お、長様!」」
未亜とクルサードは慌てて片膝をつき、頭を下げる。
そう、この人物こそ宇宙の支配を目論む暗黒ノ鮫の長なのだ。
「ミア・クロカーブ。そしてクルサード。お前達が送ってきた地球侵略の動画ファイル、しかと見させてもらった。」
重苦しく低い声が2人の頭上に降り注ぐ。
今、目の前で話しているのはホログラムだが、全宇宙で最強の一人と謳われる悪の枢軸のトップで今まで数度しか謁見したことがない上司に2人の心拍数はこれ以上ないほど上昇。
冷や汗もだらだら。
顔も上げることが出来ない。
(だ、大丈夫、よね。)
2人は黙って長の次の言葉を待つ。
「お前達、よくやった。地球という発展途上星での人材発掘。そして何より、銀河の十字架が運用している戦闘ロボットを見事撃破した。」
((やった!))
心の中でガッツポーズ。
功績を認められた、という訳ではなく、上手く騙せた、という思いに対してのガッツポーズである。
「故、今後の地球支配化計画もミア・クロカーブに一任する。さらに励むのだぞ。」
「「ありがとうございます!」」
深々とお辞儀する2人。
それは長の映像が消えるまで続けられた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
映像が消え、プログラムが強制的に停止して数分後、先程まで緊張した空気は安堵、そして歓喜の声へと変わる。
「やった~~~!」
「やりましたよ、ミア様!」
手を取り合い、その場で踊る2人。
「降格もなし!おまけに銀河の十字架の一員を倒した。万々歳ですよ。」
「本当にね、終わり良ければ総て良し、ていう訳ではないけど、上手くいったのはあのロボットのおかげね。」
「不本意ですがそうですね。いくら特撮の映像を使って戦闘シーンや地球人の戦闘機を見せても限界がありましたから。」
「クルサード本当にお疲れ様。映像編集と戦闘中の撮影、助かったわ~~。」
「いえいえ。あの時、ミア様の命がなければ、吾輩も撮影していませんよ。」
あの時、未亜がクルサードに耳打ちした内容。
それはギンガリオンと英智の戦闘をカメラに収めるよう、命令したのだ。
最初は何でそのようなことをするのか、半信半疑であったクルサードであったが、その後未亜から使い道を聞かされ納得。
三日三晩かけて完成させたのである。
もちろん当初の目的でもあるお店のプロモーションビデオも一緒にだ。
「そうそうミア様。バイト先のプロモーションビデオの方は如何でしたか?」
「大好評。店長も喜んでいたわ。」
「それなら何よりです。」
アニメ横丁は半分ほど被害を受け、只今普及中。
因みに未亜のバイト先はアニメ横丁の奥に店を構えていたため、幸いにも被害を受けずに済んだ。
「これ以上ないハッピーエンドです。しかしミア様。今後は気をつけないといけませんぞ。」
喜びから一変、真顔になる。
「銀河の十字架がこの地球に潜伏していることが分かったのです。幸いにも我々の居場所がばれていませんが、これからはより一層注意が必要になりますぞ。」
「分かっているわよ、クルサード。」
「本当に分かっているのですか?」
「分かっているって。第一今回私達の事がばれたのはクルサードの安易な行動をとったせいでしょ。」
「うっ!」
未亜の指摘に言葉を詰まらせるクルサード。
「十分に注意しないといけないのはあ・な・た・よ。」
思い当たる節が多々あるため、反論できず。
正座して未亜のお小言を受けるしかできなかった。
(それにしても・・・・。)
黒猫へお小言を零しながら未亜はふと思う。
(何で英智君がデュランダルを持っていたのかな?それにあのロボットとも親しそうな関係みたいだったし・・・。)
思考を巡らせる未亜。
だが、それもすぐに辞めた。このまま考えていたら良くないことしか浮かびそうになかったから。
(どうであれ、英智君は私を助けてくれた。私のことを心配してくれた。それだけでうれしい。)
地球での友達。
いや、向こうでもこれほど親しくなった人はいない。
未亜にとって英智と美桜はかけがえのない友人なのだ。
(そんな人が私の大切な武器を持っている。うん、それでいいじゃない。それで・・・。)
明日になったらまたその2人に会える。
「明日が楽しみ。」
窓越しの晴れ渡る空に向かって独り言を呟いた。
「――はっくしょん!」
「大丈夫、えーちゃん。」
「ああ、大丈夫だ。」
鼻を擦りながら、大丈夫アピールをする英智。
美桜お手製の焼き立てパンを頬張ると口の中に香ばしい味が広がる。
「風邪かしら?」
「違う違う。ちょっと鼻がむずむずしただけさ。」
「それならいいのだけど・・・。でも、前みたいにいきなり倒れるのはもうやめてよね。」
前とはギンガリオンとの激戦のこと。
戦い直後は特に異常がなかったが、家に帰宅後、緊張の糸が切れたのか精根が尽きてダウン。
目を覚ましたのは次の日であったが、その後も筋肉痛に悩ませる日々が続き、美桜を心配させてしまった。(今は完全に調子を戻している。)
「わかっているさ。心配させてごめんな。」
「分かってくれたらそれでいいです。はい。」
美桜はフライパンで焼いたハムを英智の前に置く。
「にして、少し動いただけで筋肉痛とは情けないな・・・。」
今後、筋力トレーニングのメニューを増やそうか、と思考を巡らしている時だった。
「そう言えば英智兄ちゃん。」
「なんだい?晋太。」
「あの時に使っていた武器とかはどうしたの?」
「ああ、あれか。あれならここに・・・。」
そう言って胸元から剣の形をしたペンダントを2人に見せる。
「えっ、これがあのデュランダルなの?」
頷く英智。
あの戦いが終わった後、デュランダルは待機モードと称して、この形へ変わって今に至る。
「また何かあれば助けてくれるってさ。俺のことを主って認めたらしい。」
「へぇ~~。未亜ちゃんが作った衣装も。」
「ああ、デュランダルが管理するってさ。困るって言ったんだけど、聞かなくってさ。結局俺の根負け。」
「未亜ちゃんにはそのこと伝えたの?」
「返せないことだけ、伝えたけど・・・。」
未亜はこちらの事情を何も聞かず「気にしないで。英智君にあげるよ。」と言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。
「ねえねえ、英智兄ちゃん。そのデュランダル、どこで手に入れたの?」
「あ、私もそれ聞きたい。」
「そう言われても特別なことはないぞ。小さい頃、廃ビルを探検していた時に拾ったことしか覚えていないんだ。しかも、そのことをつい最近まで忘れていたしな・・・。」
「ふ~~ん、ボスにもらったわけじゃないんだ。」
「ああ、それだけは断言して言える。」
その時、リビングのテレビから気になるニュースが流れたので、全員の意識はそちらへ向く。
「それでは次のニュースです。三週間程前、突如謎のロボットが襲来、被害を受けた通称アニメ横丁の復旧作業が本格的に行われました。」
「アニメ横丁、早く元に戻るといいわね。」
「そうだな。そういえば未亜のアルバイト先はどうなったんだ?」
「被害もなくて、3日前から営業再開していたって。後、私達が手伝ったプロモーションビデオ、とても好評だそうよ。」
「そうか・・・。」
テレビ画面には今現在のアニメ横丁の姿が。
痛々しい瓦礫の山々が至る所にあり、黄色のテープで仕切りがなされている場所があるが、それ以外では行き来する人々の姿が映し出されており、前程ではないが活気を取り戻しつつある。
「では、最後に我が社が誇る勇敢なカメラマンが捉えた映像をお届けしましょう。」
ニュースキャスターのフリに映像は切り替わり、晋太が指差す。
「あっ、英智兄ちゃんだ。」
晋太の言う通り、テレビの画面にはギュランダルを振るうハルコンレッドの衣装を身に纏った英智の姿が。
「英智兄ちゃん、格好いい。」
「今思うと、顔が隠れていてよかった。」
ヘルメットを被っていたおかげで未亜、美桜、晋太以外には正体がばれずに済んでいる。
「あ、ボスだ。」
晋太が指差したのはちょうど街を破壊するロボットの映像を背景に、キャスターと専門家が論議している場面。
「・・・・・・、ギンガリオン。」
英智は遠い目をして天井を見上げる。
「アイツは本当に最後まで馬鹿な奴だったな・・・・・・。」
「だよね・・・・・・。」
晋太も同じように天井を見上げる。
「ギンガリオン、安らかに眠れよ・・・。」
「さよなら、ボス。」
祈りを捧げる2人に、
「おいこら二人とも。勝手に私を殺さないでくれ。」
とベランダから猛抗議するギンガリオン。
そうギンガリオンは生きている。
あの日、デュランダルの一撃をまともに受けたギンガリオンであったが、宇宙の果てまで飛ばされる前にエネルギー砲から何とか脱出。
そのおかげで完全破壊されずに済んだのだ。
しかし大ダメージで飛行能力は機能せず、大気圏から地球へ墜落。
数日後、裏山で気を失っている所を晋太が発見。
人目を盗んで回収したのである。
回収当時は至る所に傷があったが、外装修復装置のおかげで今現在は元通りの光沢あるボディーに修復されている。
「しかしエーチ君は酷い。私が丈夫だからよかったもの、他の者であれば完全に死んでいたぞ。少しは手加減してくれてもいいのではないかね。」
「その口が何を言う!お前こそ俺を完全に殺そうとしていただろうが!デュランダルがなければとっくに死んでいたぞ!」
「♪~~~」
下手くそな口笛を吹いて誤魔化すギンガリオン。
「「ジーーーー。」」
「それはそうと、エーチ君。」
晋太と英智のジト目に耐えず、ギンガリオンが強引に話を変える。
「そのデュランダルとかいう武器のことなのだが、私に預けてくれないかね?」
「はぁ~~!」
「な、なんだね2人とも、その顔は?」
「お前、俺からデュランダルを奪ってどうするつもりだ?」
無意識にデュランダルを隠す英智。
「わ、私を疑っているのかね?ち、違う。違うのだよ。」
全力で首を横に振って弁明するギンガリオン。
「どう考えてもその武器は地球の物ではない。そして私が所属している銀河の十字架が開発した武器でもない。もしかしたら暗黒ノ鮫が持ち込んできた危険な武器の可能性があるのだ。私が検査してしんぜよう。」
「おい、こら止めろ。」
返事を待たず奪い取ろうとするのを必死に抵抗。
「これはお前の抑止力の為に使うんだ。」
「それでは困るから――――じゃなくて、君の為を思って言っているのだ、さぁおとなしく渡しなさい。」
奪う奪われないの必死に攻防。
「ああ、ボス。それに英智兄ちゃんも。駄目だってば。」
慌てる晋太。
只今、朝食中。
机の上には美桜が丹精込めて作った料理。
その料理が振動で飛び跳ねているのだ。
晋太の視線はギンガリオン、机、そして美桜の表情へと目まぐるしく動く。
そんな晋太の心配をよそにギンガリオンがデュランダルを強引に奪い取ろうとした時だった。
―――spark―――
「ぎゃあ!」
全身に電流が流れ、慌てて手を引っ込める。
「な、何をするのだね、エーチ君。」
「いや、俺はなにも――――。」
―――my(私の) Master, only(英智様) the(であり、) Master(あなたではない。). It(私に) isn't(触れるな。) you.―――
「何を~~。武器のせいに生意気な~~~。」
「ちょっとボス、落ち着いて。」
晋太が怒りの燃えるギンガリオンを宥めようとした時だった。
「ギン、ちゃん。」
「「「!!!!」」」
冷たい氷が背中に放り込まれた感触。
美桜の声に3人の動きはピタッと止まる。
「な、何かね、ミ、ミオ君・・・。」
がくがくと震えながら美桜の方を向くギンガリオン。
英智と晋太は恐ろしくて美桜の方は向けず。
「何でここにいるの、貴方?」
質問する美桜の顔は笑顔。
しかしその背後には般若の姿が。
ギンガリオンの怒りの炎はあえなく鎮火。
「そ、それはその・・・・・・・。」
「私、貴方に言ったわよね。しばらくの間食事抜き。食事中食卓の近くには来てはいけないと・・・・。」
「は、はい・・・。で、ですが、わ、私は十分なほど反省をしておりまして、そろそろ、許してほしいかと――――。」
「そう、言い訳するの?私に。」
「いえ、そ、そんなことはありません!イエス、マム!」
震えあがるギンガリオンに英智と晋太は「馬鹿!」「まぬけ!」と心の中で野次る。
彼のせいで穏やかな朝食は地獄の息苦しい食卓へと様変わりしてしまった。
「じゃあ、その反省の色を見せてもらうわ。今日中に洗濯物と家の大掃除をして頂戴。」
「えっと・・・、ミオ君。それは少し無理だと思うのですが・・・。私は正義の使者で掃除をするために地球へ―――。」
「言っておくけど、少しでも埃が残っていたり、前みたいに逃げたりしたらどうなるか、分かっているわよね。」
「そ、そんな~~~、エーチ君。シンタ隊員。助けてくれたまえ!」
藁にも縋る思いで英智と晋太に助けを求める。
が、2人とも無視。
怒った美桜に立ち向かう勇気はない。
「ごめんなさい、ボス。無理です。」
「身から出た錆だ。諦めな。」
「そ、そんな~。」
「さ、こっちへ来なさい。」
「いや・・・、ちょっと、ミオ君。後生だから待って・・・。」
嫌がるギンガリオンを連れて立ち去る美桜。
英智と晋太はパンを齧りながら見送るのみ。
「嫌だ~~~~~~~~~~~~!」
泣き叫ぶギンガリオン。
美桜のお許しが出たのは、それから数週間後のことだった。




