序章 「私と一緒に宇宙の平和を守ってくれないか?」
それは雲一つない夜空に煌く星々と地上をスポットライトのように照らす満月の日のことだった。
今年、小学6年生になった少年――中富英智が息を切らせながら山の獣道を一人、歩いていた。
その足取りには迷いや不安は一切感じらず、遭難した様子は見受けられない。
彼は目的地の頂上目指して山道を登っていた。
時刻は日付の変わり目が迫る頃合い。
何故そんなにも遅い時間帯に子供一人が山道を歩いているのか?
それは1時間前に遡る。
特撮ヒーローやヒーローアニメが大好きな英智は夏休みという長期休暇を利用して録画していた特撮ヒーローシリーズ『金属戦隊 ハルコンジャー』(全50話)を夜通しで連続鑑賞を行っていた。
彼の両親は共働きで家に帰ってこないことは常日頃。
その為、英智の所業を止める者は誰もいない。
昼間の内に買い溜めしたお菓子やジュース、そしてヒーローグッツに囲まれて大好きな特撮ヒーローを見続ける。
そんな至福な時間を過ごしていたのだが、彼自身の熱気とこの日、最高気温を記録した猛暑日のせいで部屋は軽いサウナ状態、換気とそのついでにベランダで小休止していた時だった。
「あ、流れ星。」
夜空を駆ける流れ星。
しかしその流れ星は少し様子がおかしい。
落下するスピードが異様に遅かったのだ。
どのぐらい遅いのかと言うと「30歳になるまでには彼女がほしい!」を3回ゆっくり唱えても間に合う程。
意図的に減速している節が見受けられるその流れ星は近くの裏山へと静かに消えていった。
「・・・・・・・。」
それを一部始終目撃した英智はすぐさま家を飛び出し、愛車――ハリケーン号(自転車)に跨って流れ星が落ちた場所へ発進。
大好きな特撮ヒーローのよりも摩訶不思議な流れ星への好奇心が勝ったのだ。
「あと、もうすぐのはず・・・。」
生い茂る草木を掻き分けて奥へと進む英智。
Tシャツが汗で身体に張り付いて少々鬱陶しいが、それよりもあの流れ星のことが気になって仕方がない。
英智はこの山を幾度も登ったことがある。が、それは昼間の時。
夜の山は昼とは違う顔を見せており、今歩いている道は自分の知っている道なのかどうかもわからない。
彼はただ頂上から見える白銀の光だけしか見ていなかった。
歩みを進めるごとに光は大きく、そして明るさが増していく。
(もうすぐだ・・・。)と感じた英智。
細心の注意を払い忍び足で近づき、そして木の陰から覗き込んだ。
「っ~~~。また着地失敗だ。」
光の中から見えた光景。
それは全長2m程の人型ロボットだった。
鮮やかな色合いのボディーは金属独特の光沢を放っており、凹みや傷は一切ない。
右側頭部には天へ真っ直ぐ伸びるアンテナ。
よくアニメで眼にするロボット特有の顔立ちで、右肩部には銀色の星と十字架が合わさったマークが描かれている。
各部位の構造、関節の動きは人と同じぐらいに滑らか。
ロボット特有のカクカクした動きは全くない。
現在の地球では到底成し得えない技術だという事は子供の英智でもすぐに分かった。
「ろ、ロボット・・・、本物だ。」
自分にしか聞こえない程の小さな呟き。
だが、ロボットは英智の微かな声を聞きとったのだろう、隠れていた英智の姿を捉える。
「この地球の生命体!・・・・・・、データの照合からどうやらこの地球に住む人間という種族。しかも子供か。」
頭部に搭載されているコンピューターがデータ照合を行ったのだろう。(エメラルドの眼から高速で算出している動作が見受けられた。)
「安心したまえ。君に危害を加えるつもりはない。」
感情が籠った音声に英智は何も考えずに木影から姿を現し、そのロボットに何者か、と尋ねる。
「私の名はギンガリオン。銀河の十字架の一員だ。」
ロボットは胸を張り、右肩に描かれているマークを指差した。
「銀河の十字架?」
「そうだ、この宇宙全体の秩序と平和を守る為に結成された組織の名だ。この地球で例えると・・・そうだな、警察みたいなものだ。」
ロボットアニメや特撮ではよくある設定だ!
英智は心躍る。
「凄~~い!」
「ハッハハ、凄いだろう!」
目を輝かせる英智に気を良くしたのか、ギンガリオンは両手を腰に当てて自慢げに笑う。
「で、ギンガリオンは何で地球に?」
「よくぞ聞いてくれたな。実はこの地球は悪の組織、暗黒ノ鮫に狙われているのだ。」
「暗黒の鮫(あんこく さめ)?」
「ああ。暗黒の鮫(あんこく さめ)とは、宇宙上の星々を自分達の支配下に置き、宇宙の征服を企む悪の組織だ。我々、銀河の十字架は暗黒ノ鮫の野望を阻止する為、数百年前から激戦を続けているのだ。」
夜空を見上げるギンガリオン。
「その・・・、暗黒ノ鮫とかいう悪の組織がこの地球に?」
「ああそうだ。暗黒ノ鮫の幹部がこの地球に送り込まれる、という情報を傍受した。この地球は他の惑星と比べればまだ発展途上。彼らに狙われては一溜りもない。その為、私が送り込まれたのだ。」
「じゃあもしかして、今の墜落もその暗黒ノ鮫と戦って?」
英智は身を乗り出す。
「あ、ああ、そうだ。何とか敵を倒したのだが、敵の爆発の衝撃で大気圏内に入ってしまってね。ここに不時着した、という訳だ。」
「凄~い!」
(まぁ、嘘だけど・・・。)
感激する英智は大気圏突破を失敗したギンガリオンの言葉を鵜呑みにした。
「ところで、キミの名前を聞いてもいいかな?」
「は、はい。僕の名前は中富英智です。」
「エーチ君か。いい名だね。ここで出会ったのも何かの縁だ。実は君に頼みたいことがあるのだ。」
「な、なんですか?」
「先程、敵を倒した、と言ったが、あれは手下の一人。残念ながら幹部ほどの大ボスを倒したわけではない。残念ながら地球は今後も暗黒ノ鮫の脅威に晒されることになるだろう。」
「そんな・・・。」
「だが安心してくれたまえ。その為に私が来たのだ。しかし私はこの地球のことはあまり分からない。そこでだ、君に手伝って欲しい。私には君の力が必要なのだ。」
夢にまで見た展開。
アニメや特撮だけの、テレビの中だけの話だと思っていた。
だが、これは現実。
ヒーローに憧れていた英智の胸は高鳴る。
「私と一緒に宇宙の平和を守ってくれないか?」
「も、もちろんです!」
英智は即答。悩むことも迷うこともない。
「ありがとう。銀河の十字架を代表して、君の勇気に感謝する。」
ギンガリオンは右手を差し出す。
英智は地球上では存在しない超金属の手と固い握手をかわす。
「共に地球の―――いや、この宇宙の平和を守ろう!」
「はい!」
この日、小学生6年の英智はギンガリオンと共に地球を守る為に戦うことを決意。
2人は悪の組織『暗黒ノ鮫』から地球、そして宇宙の平和をために戦う――――――――――こともなく、それから数年の月日が流れた。