ブラエ・ヴェルト~ゲーマーカップルのVRMMO記。こつこつ最強を目指したいだけなのに~
「ほな、また後で」
「ほな」
リラックスしながら長椅子に横たわる同居人に、別れの挨拶を。
……と言っても、またすぐに再会するのであるが。
ブラエ・ヴェルト。通称ブルワ。略称BW。
『青の世界』の異名を持つそのゲームは、もはやその技術が日常に溶け込んだフルダイブ型のVRMMO。
脳波を読み込み、まるで自分がその世界の住人となったかのように過ごせるゲームにおいて、今話題沸騰中の最新タイトルだ。
空の青。海の青。地球の青。つまりは世界の色。
五感を通して感じることは同じだが、しかしまったく別の世界。
そんな意味で名付けられたらしい。端的に言うとリアルな別世界ということなのだろう。
今日はその正式サービス開始日。現在オープン二分前。
私も同居人も、幼い頃から生粋のゲーマー。
私はRPG、同居人はFPSをよく好む。いろんなタイトルをプレイしてきた。
同じゲームをプレイすることもあったが、基本的には別のものをプレイすることが多い。2LDKの我が家において、それぞれ自分の部屋でゲームに没頭するのが常であった。
隣同士でオンゲをプレイするのも憧れるけど、それが自分たちのスタイル。
「──さて」
私も早速自室へと戻り、背もたれを倒してゆったりと座ることのできる椅子へと横たわる。別世界への入り口である最新のバイザーを装着。
「いざ!」
今日は木曜。激務の中もぎ取った金曜日と月曜日の有給、それと元々休みの土日。
ひとまず四日間じっくりと堪能する世界へと、旅立つ。
──────
────
──
ぱちり。と覚醒した感覚と共にどこかへ降り立ったらしい。無音の空間。
どうにも不思議な場所ではあるが、しかしそこはまさしく青の世界。
仰げば果てしない青空。
下を見れば、うっすらと水の張った白い大地。
まるで某世界遺産の塩湖のように、その水面は青空を映し出し私は上下の感覚を一瞬失った。
周囲をぐるりと取り囲むのは、山々でも草原でもなく真白い壁。いや、果てしない空間とでも言うのか。
白い宇宙のような場所になっている。空との境目はまるで分からない。
ともかく、視覚は間違いなくリアルと大差なく感じることができる。
《ようこそ、ブラエ・ヴェルトへ》
不思議な空間に圧倒されていると、ポンッとアナウンスが入る。ようやく耳に届いた音はやけに響いた。
公式からのお知らせは、今後もこのように入るのだろうと悟る。
落ち着いた女性のような声をした姿無きナビゲーターは、続けて案内した。
《地球を創造した神。其を愛した女神。彼女が創り出した世界を流離うあなたは、どのような者でしょう?》
なるほど、そういう設定なのだなと納得すると、目の前にゲーム画面のようなウィンドウが現れた。
それまでゲームの世界だと感じなかったが、こういうのを見るとやはりゲームなのだと思う。キャラメイクの時間か。
《名前を入力してください》
宙に映し出されたタッチパネルで、事前に決めていたプレイヤーネームを入力する。
《種族を選んでください》
画面が切り替わると、
【人間】
【マフマフ族】
【水霊族】
【エルフ】
【夜人】
【ドワーフ】
【ガテラガン】
とあった。
人間はそのまま。リアルの私たちのような見た目だろう。
他の種族は事前情報で簡単には理解しているが、せっかくだからとマフマフ族を試しに選択。
すると、目の前にはデモのキャラだろうか。
ウサギのような、ふわっとした長い耳がピーンと立つロリ……もとい、幼女。
少し時間を置くと、今度は垂れ耳のショ……、少年。
ウサギの獣人であろう彼らが映し出され、しばし動きを鑑賞する。
耳がぴくぴくと動いたり、小さな体で元気いっぱい走り回ったり。首や手首にあるもふもふの毛が揺れる。あら可愛い。
だが、私にはこのゲームでやることがある。
そしてその目的のためには、エルフの美青年! それが必要だ!!
迷いなくエルフを選択すると、性別の選択。
選び終えると、今度は大枠のプリセットだろう。
【プリセット1】【プリセット2】……と、いくつか文字列が並んだ。
ガタイがいいタイプ、儚いタイプ、美青年タイプ、おじタイプ。キャラメイクでの指針となるよう、いろんなキャラタイプの設定が予め用意されている。
私は今回、というかオンゲでは、基本攻撃を受ける役割であるタンク専だ。
そして大抵男キャラだろうが女キャラだろうが、騎士のような装備に落ち着く。
大枠のプリセットから、やや筋肉質。元々背や手足が長いエルフの中でも、さらにすらりとした体型を選んだ。
その後細かい部分を自分で指定できたので、好みに仕上げる。
正直私がどういうキャラを作るか事前に決めていなかったら、めちゃめちゃ時間が掛かっていた。こんな細かいところまで設定できるとは。
これで一日終わる人もいそうだ。
このゲームは複垢禁止で、ゲームで作成できるのはキャラ一体のみ。十八歳以上のみが購入できる。
バイザー購入時、つまりプレイヤー登録の際に身分証の提示も必要なので、盗まれでもしない限りはなりすましも出来ない。
髪型くらいならゲーム内で変えられそうだが……種族のような情報は難しいだろう。
キャラの再エディットが出来たとしても、課金が必要そうだ。
ここで慎重に時間を費やすプレイヤーは多いはず。
次いで目元、眉毛、髪といった顔回りのプリセット。
選び終えて細かい部分を調整。
「よし、完璧」
このゲームで目的達成のためには欠かせないキャラができた。我ながら満足である。
それにしても発せられる声は、依然自分の声のままだ。
《職を選んでください》
キャラメイクが終わると、今度は職業選択のアナウンス。
画面には、
《盾職》
【ナイト】⇒
【ダークウォーリア】⇒
《回復支援》
【バブルミスティック】⇒
【紋章師】⇒
《魔法火力》
【魔術師】⇒
【ジェムリンカー】⇒
《物理火力》
【拳闘師】⇒
【剣師】⇒
【槍師】⇒
《特殊》
と出てきた。
それぞれの職には上位職があり、そちらの名称は伏せてある。
特殊タイプの職も同様で、今は選べないらしい。なぜリストに出したんだ。
事前情報によれば生産や採取系の職は、いわゆるクラスクエストのようなイベントを経て解放される。
ここでは純粋に戦闘職のみを選ぶようだ。
「もちろんナイト……と言いたいところなんだけど」
私は元々決めていた職業を選ぶと、目の前に先ほどエディットした自分のキャラがホログラムで映しだされる。
ポンッと音が鳴ると同時に、初期装備に身を包んだマイキャラが自分自身の姿を確認するように見ていた。
ここはまだ狭間のような空間で、今の自分はまだリアルの自分自身ってことなのだろう。
試しに手をよくよく見てみると、確かに現実世界の自分の手。
脳裏に描く自分の姿をシステムがスキャンして映しているのだろうか。
《信仰対象を選んでください》
「え」
そんなのもあるの? それは初耳だ。
もちろんファンタジー世界だし、神的な存在はいるんだろうけど。
『信仰』って、ステータスなんだろうか?
《種族によるステータスの変動はありませんが、信仰には軽微なステータス補正があります》
「へー」
まぁ軽微なら……なんでもいいか。
再び画面が映し出されると、
光の神 メラム
地の神 ヴァーネミュンデ
水の神 ゼ=ラナ
風の神 フォン
闇の神 エレヴォス
火の神 ウル
雷の神 ソルディーン
とあった。
……並び順不自然だな?
うまく言えないが、闇が真ん中にあるのは解釈違いというのか。
光が最初にくるなら、次か、あるいは最後か。
四大元素はふつうまとまって書かれていると思う。
RPGだと共通認識的なアレがあるけど……もしかして、種族の並びと何か関係がある?
しかもステータス補正、載ってない!
ナビゲーターさんに聞けば答えてくれそうだが、軽微というからにはそこまで重要ではなさそう。
ええい、これはもう、あれだ。
──顔で決めよう。
「一番イケメンな神様はいますか?」
《………………ブラエ・ヴェルトにおいて、女性に最も信仰されているのは闇の神エレヴォスです》
「ほうほう」
おお。さすが自律型AI。若干引いて、言い淀むのもちゃんとしてくれるんだな。
すまん。神相手に誰がイケメンとか、不敬だよな。
ちゃんとデータに基づいて当たり障りなく紹介してくれるのは助かった。
「じゃ、エレヴォスで」
一応このゲームで目指している職業的には、光の神を選んだ方がよさそうな気はするけど……。まぁ、このゲーム自由が売りだし、いっか!
《……あなたが最初に降り立つ街は、どちらでしょう?》
姿無きナビゲーターは、まだ私に引いている気がするが気にしない。
【人間が治める地 アセドラ】
【水霊族が治める地 ニト・ラナ】
「ニト・ラナで」
これは相方と最初に決めていたので即答。
画面に触れなくとも、口頭でいいようだ。
《この先、あなたは多くのことを経験するでしょう。しかし、不安に思う必要はありません。女神はいつでもあなたを見守っております。その時がくればまた、お会いすることでしょう》
「どうも」
ナビさんはいつでも一緒という意味だろうか?
《それでは──》
そう言うと、何もなかった場所に扉が現れた。
いや、扉というにはおかしくて。まるで目の前の景色がそのまま開いたかのようにぽっかりと四角い空間ができていた。
その先に見えるのは、恐らくはじまりの街──ニト・ラナ。
「行きますかぁ」
その景色へと迷いなく踏み込む。
さぁ、……ゲームスタート!
──
────
──────
「……? うわぁ~」
一瞬視界が途切れたかと思うと、次の瞬間には別の場所に転移していた。
「水の都!!」
まさしく、ソレ。
とある大きな門へと続く一本道。白い石造の橋上に立つ私。
耳に届くのは大量の水がどこかで流れ落ちる音。
目に映るのは、海なんだろうか? 水の上に立つ都。
大きな城壁を兼ねた街の輪郭は広大な水の上に浮かび、その周りにはまるで受け皿かのように隆起した大地や建物が点在し、水が上から下へと流れている。
「ほー」
綺麗。素直にそんな言葉が出てくる。
用途は不明だが、高い塔や建物にはまるで道路のような曲線の道が別の場所とつながり、そこにも水が通っているように思う。
移動に使うのだろうか……?
天気も良好な現在、陽の光が肌に当たる感覚もある。ちょっと暑い。
青空に浮かぶのは太陽? だろうか。地球を模した世界って触れ込みだからそこは同じなんだろう。
頬を撫でる風を感じ、地面を踏みしめる感覚も。うん、なんだかこの世界をちゃんと生きている感じがする。いいね。潮の香りはしないので、もしかするとここは湖の上なのかもしれない。
傍にある白い石造の手すりから顔をのぞかせ橋の下を見てみると、水面にはゴンドラのようなものが行き交う。
この光景はリアルでも海外とかにあると思うけど……。
「おー、水霊族?」
恐らくNPCだろう。
青肌の美しい女性が、橋の下のアーチを通り抜けるように泳いでいる。
水の中であることを忘れるほど優雅に泳ぐその手足には、鱗と細長いヒレのようなものが見える。まさに水の精霊って感じだ。
「というか、NPCしかいないな」
橋を行き交うのは人間、さきほど見たマフマフ族。
そして一番多い水霊族。たまに自分と同じエルフ。
プレイヤーであれば、もっとキョロキョロ見回したり、画面を操作していそうなものだけど……ふつうに生活してる人っぽい。
話し込んだり、荷物を持って街に向かったり。
そして先程から聞こえる自分の声はイケボ。
自分が設定したキャラの体格に合わせて、自動生成しているんだろうか。ナイス。
《ようこそ、ニト・ラナへ》
「あ、ナビさん」
先ほどの声がまた聞こえた。
《よろしければチュートリアルを開始させていただきますが、いかがいたしましょうか》
「選べるのか」
キャラを削除して、一から再スタートした時用だろうか?
《なお、チュートリアルの機能はニト・ラナ内であればいつでも開始できます》
「あら便利。じゃあ私は必要な時にまたやります」
《承知いたしました》
ポンッとナビさんの気配が消える。
すると、それまでNPCだけだった橋の上には大きなざわめきと共にプレイヤーたちが現れた。
「おお」
なるほど。一番最初のチュートリアル中はインスタンスエリアなんだ。
プレイヤーたちが現れると、自分の視界の中に宙に浮いたウィンドウや数値、HPゲージなんかが現れる。
これが実際のゲーム画面ってことね。
ざわめきに耳を澄ませると、当たり前ながらすべて日本語。ここは日本語鯖だ。
聞こえ方はリアルと同じ。近い人は近くで聞こえるし、遠くの声はほとんど聞き取れない。
そんな何気ない部分も地味に感動。
さてさて、相方を探さねば。
……と思っていたが、杞憂だった。
「──予想はしてたけど、シルヴァンかぁ。シルヴィアで会いたかった」
「どま」
人混みの中から私へと真っ直ぐに向かってきた色っぽい女性プレイヤーキャラ。
目の前でカツンとヒールを鳴らして止まると、無念そうな言葉を発した。
「ヤナさんや」
「なんだねシルさん」
「飛ばしたんだけどチュートって、みんな一緒?」
「ぽいよね。同じく飛ばした」
同居人。プレイヤー名『柳丸』。
本名から一文字と、いつも忍者や侍のような和風キャラを好むので『丸』をトッピングした名前らしい。ヤナと呼んでいる。
シルヴァンというのは、私がよく男キャラで使うプレイヤーネーム。
対してシルヴィアは女キャラでよく使う。
今の私はなんたって、イケメンエルフ! もちろんシルヴァンです!
「ふは、ガチで美形エルフ」
「そっちこそ、セクシー美女じゃん」
シルヴァンこと私の外見。
蒼銀というのか、青みがかった銀髪に金色の瞳。彫りが深けりゃ鼻も高く、エルフの最大の特徴とも言える先の尖った耳。
髪はサラッサラで顔回りほど。目つきはやや鋭く、クール系を目指してみた。
なにより、身長! 190? 200cm台なんだろうか?
分からんがとりあえず、その辺のイケメンNPCなら余裕で壁ドンできる!
「あーあ。シルさんに狙われるイケメンNPC、可哀そう」
「うるせー。このゲームの売り知ってるか?」
「いやまさか、運営もそっち方面に自由とは思わんでしょ」
何を隠そう、私は腐女子。いや、実は推しキャラと自分の恋愛を妄想する夢女子でもある。
いわゆる雑食タイプだ。
普段であれば、推しカップルを見守る壁になりたい。
自分が物語に干渉するなんて烏滸がましい。二人の葛藤、すれ違い、それらを乗り越えた先にある純愛。母なる目線で見守り隊。
しかし、考えてみてほしい。
せっかくのフルダイブVRMMO。
自分好みの男キャラを使えば目が潤うだけじゃない。概念的には、イケメンたちとの夢成分さえも補給可能なのだ──!
「最初の餌食、誰だろうね」
「餌食言うなし」
私のこのゲームでの目的。
それは、イケメンNPCたちとフラグを立てまくること!!!!
「おれ……私という者がありながら、ひどいですわ」
そして目の前のエr……妖艶美女。
私と同じく声は自動生成なのか、耳に残る甘い大人の声。
恐らく種族は夜人。吸血鬼がモチーフっぽい。
ちょっと病的な感じのする青白い肌。蠱惑的な赤い瞳。艶やかな長い黒髪。
ぷっくりとした赤い唇からはちらりと尖った歯が見える。
自分と比べると低いが、リアルの女性でいえば背の高い方。
それでいて細い。スタイル維持の方法を教えてくれ。おまけに顔ちっっさ。モデル並み。
まぁ魔法職っぽい衣装はヒールのあるニーハイブーツで、その分もあるだろうが。
デコルテと胸元部分は覆わず、前開きで背中側が足元までを覆うローブ。
裏地に赤を仕込んでいて、夜人とめちゃめちゃよく合う。
衣装もセクシーなんだが……
なにより、──胸な!!!!!!
「やりすぎでは?」
「シルさんがそれ言う?」
何も言えねぇ。私とて癖を詰め込んだ。
「このゲーム、キャラメイクも売りでしょ」
「まーな。自分好みのキャラメイク、超楽しい」
「でも私のキャラ、リアルの好きなタイプとは全然ちがうよ」
「あ゛? 誰が絶壁じゃ、ぶっ飛ばすぞ?」
「えへ」
「ヤナは夕飯抜きなー」
「そんなー」
不思議な感覚だ。
リアルとそんなに変わらないやり取りなのに、聞こえる声も景色も、ぜんぜん違う。
ヤナは後でぶっ飛ばす。部屋に殴り込みじゃ。
「──お」
異世界に来て最初にすることが雑談なのもどうかと思うが、周りのプレイヤーは徐々にウィンドウから説明ガイドを読んだり、ナビさんに促されて水の都へと足を踏み入れようとしていた。
我先にと言わんばかりに門の方が混みだすと、こちら側の勢いが鈍化。渋滞が起きている。
「いやぁ、MMO名物スタダですなぁ」
「ですなぁ。わしらはゆっくり行きますかな」
「んだ」
ヤナとこのゲームを購入するときに決めた方針。
それは、自由度の高いこのゲームでは自分たちのペースでまったりする! というもの。
攻略情報も極力見ないようにして、手探りで進め世界観に没頭する。
……というか単純に、二人とも最近仕事が忙しすぎてガチる余裕がないだけだが。
「ただでさえ上司と異種格闘技してんだ、ゆっくり行こう」
「ヤナ、あの研究予算通ったの?」
「いや……?」
「さすが闇ふか職業~」
「ふかふかー」
おかしいな。
異世界に現実逃避しに来たと思ったら、現実が追い付いてきた。
「というか、その衣装……職なに?」
「ん? あぁ、バブルミスティック」
「へー、そんな感じなんだ」
回復支援の職である、バブルミスティックの初期装備。
正直、自分がキャラにイメージしていた衣装と正反対。
いやカッコいいのはカッコいいけど! タンク装備は基本甲冑的なヤツだから……。
一言で言うと、指揮者。
青いスーツで、ジャケットの後ろ丈が長い。イルカの尾のように、逆V字に切れ目が入っている。
襟や袖回りに入った白い紋様が綺麗で、中の白シャツには対のように青い刺繍。
うん。海とか水を意識しているんだろうけど、これでどうやって回復するのか不明。
魔術師のローブとかイメージしてたから、最初見た時は驚いた。
腰に武器ホルダーがあるんだが……ちょっと太めの指揮棒? なんだよな。
どうやって戦うんだ?
「最初は疑似盾すんべ」
疑似盾というのは、タンクじゃないけどタンクっぽい動きをすること。
今回でいうと、ヒーラーのバブルミスティック。
それで一生自分を回復しまくってタンクと化し、ヤナに倒してもらう。
ザ・他力本願。
今作は大規模戦のようなコンテンツ以外、二人でやろうと決めている。ならどちらかが回復役をしないといけない。
私は後ほどメインをタンクに変更して、回復スキルをある程度覚えてから回復職をサブ職にするつもりだ。
「まぁ回復もタゲ引き強そうだし」
「んだ。そっちは?」
「お……私はジェムリンカー」
「それ気になってた。ジェムリンカーってなんぞ?」
ヤナは基本DPS担当。
だいたいどのジャンルのゲームでも、防御やHPはタンクより低いが攻撃力が高い役割。しかし、ヤナ本人はDPSキャラを使っても生存能力が高く、効率よく且つ継続的にいいダメージを叩き出す
私よりは確実にプレイヤースキルがある。うらやましい限り。
「どれチップス……。属性に対応した宝玉を呼び出して、攻撃させる……これビット? タレット? 設置系じゃね」
「あー! 設置型DPSか~。わた……俺はテクい系無理」
《……》
どのゲームでもテクニックを要しそうなイメージだ。
というかウィンドウを操作している最中、一瞬ポンッと鳴ってそれっきり。
ナビさんが説明したそうだ……。すまねぇ、手探りでやっていきます。
たぶん聞いたら今の内容を答えてくれるんだと思う。音声ガイドかテキストガイドかの違い。
「継続ヒットさせると手数が増えるぽい? むしろ、そうしないとダメ出ない?
自分のスキルとビットを合わせてコンボ乗せるみたいヤナ。ソロだとタゲ飛んで火力でないタイプだ」
「ほーん」
「直感で選んだけど、興味わいた」
「さす理系。俺は頭使う系は苦手じゃー」
「大器晩成型かぁ。ロマンある。楽しみ」
「コンボ系は考えたくない。それより筋肉だ!!」
無駄に腕をムキッとさせてみる。
やばい、スーツだからはちきれそう。
「てか他ゲーのフレンドに聞いたけどバブルヒラの通称、ママらしいぞ」
「それは草。バブだから?」
「うむ。誰だよ最初に名付けたの。センスありすぎでしょ」
「っがねーなぁー。辻ヒラでイケメンNPCの好感度上げまくるか~」
「そんなしょっちゅうNPCが魔物に襲われるとか怖いんだけど」
これからどうするかを話し合うと、とりあえず街はまだ混んでいるのでヤナは戦闘がどんな感じか見てみたいという。街の外……と言ってもすぐそこに行くことにした。
まぁ、私がヒーラーだからギリ大丈夫か?
探検は後回しだ。
お金は少量あるようだがアイテムは何もないっぽいので、ヤバくなったら全力で逃げる方針。こういうのもチュートリアルでやるんだろうか。
「とりあえずパテくれー」
「ういー」
言われるがままヤナを視界に入れ意識して視ると、ターゲットウィンドウが出てくる。そこからパーティに誘った。
相変わらずVRゲームはノンターゲティングゲームなのか、ターゲティングゲームなのかよく分からんな。
「つかチャンネル作る? パテ茶でよき?」
今のところ音声認識はリアル重視。
電話みたいな機能はなく、離れた場所にいる人とはテキストでのやり取りだ。
パテ茶というのはパーティチャット。
画面左にタブを縮小させているチャットのウィンドウ。その中で、パーティを組んでいる人とのメッセージや、ログなんかが表示される。
チャンネルというのは任意の者とのグループチャットみたいなものだ。
パーティを組んでいなくてもテキストでのやり取りが容易。
MMOだと情報共有の際によく用いられる。
「いんじゃね? ……あ、でも他の人と組むことになったらめんどいか?」
「そんときゃ個別チャットでいくね?」
「ういー」
「んじゃレッツゴー」
門とは反対側へと目指して歩いた。
◆
「ママぁー!? サポートしてー!!」
「こちらビジー」
「ひでえ!」
橋をずっと街とは反対側に歩いていくと、陸との接地面に着く。
遠目に森も見える草原が広がっていた。
いや、草原にしてはちょっと地面がじめっとしていて、かといって水たまりが随所にあるわけでもない。
草原以上、湿地未満。岩場付近の草は背が高く、人の通る場所は踏みしめられているのか芝生みたいだ。
苔の生えた岩なんかもたくさんあって、水が豊かな土地なんだとここだけ見ても分かる。
そこにいたのは、こちらから攻撃しない限りは襲ってこないノンアクティブの魔物。
ボーっとしている水色のトカゲで、大きさは犬くらい。
体を天日干ししているかのようにボーっとしているトカゲに、ウィンドウを見ていたヤナが誤って尻尾を踏んでしまった。攻撃判定になったらしい。
怒りで驚くほど俊敏に様変わりしたトカゲは、ヤナを目の敵にしている。
「あっ、あーー!? お、わたっ、ワンエチピー!」
「ここ海外鯖じゃねぇんだわ」
FPSゲームにおいて、稀に海外の人と組むこともあるようでついゲーム英語が混じるヤナ。
仕方なしにヤナをタゲると、ごりごりにHPゲージが減っている。
一応このゲーム、パーティを組んでいる味方のステは数値ごと確認できる。
タゲらなくても右上に縮小しているタブを開くと、パーティメンバーのHPとMPも確認できる。
ただ、トカゲをタゲると、
【水トカゲ】
【Lv1】
この情報に、数値の載っていないHPゲージが表示されるのみ。
弱点だ耐性だといった情報もない。
恐らく詳しく見ることができるスキルは別にあるんだろう。
「ったく。女が相手じゃやる気でねぇ……」
「ママひどい」
必死に逃げ回るヤナをよそに悪態を吐く。
このゲームに素早さや回避というステータスはない。
リアルと同じく避ければ技は避けれるし、敵さんのスキルには予兆のようなものがある。その前にスタン技や回避技を入れるのが定石だろう。
ただ、基本的に魔法攻撃のような、自分の手を離れる攻撃は割りと必中ぽい。
まぁどのゲームでもそうだが、タゲ引きという敵の攻撃対象を特定の者に引き付ける要素がある以上、プレイヤー有利なシステムだ。
「──ゆけっ! ラッコさん!!」
私は指揮棒を手にとり、視界の右側にスキル一覧のウィンドウを表示させ、初期回復魔法である【バブル・シェル】を発動させる。スキルアイコンがなぜかラッコなのだ。
スキルを発動する際は、声に出すかアイコンをタップかのどちらでもいいらしい。
『スキル名』を『使う』と認識することが大切。
戦闘中攻撃を避けながらタップするのは至難の業なので、プレイヤーは全員声に出すことだろう。
どうなるか分からないスキルを発動すると、確かにヤナの傍にラッコさんが出てきた!
ラッコさんは小さい手でほっぺをもみもみすると、ムンッと気合いを入れた。
「!?」
「それ俺のスキル」
「回復魔法がラッコなの!?」
ラッコさんは頭に白いヴェールを被っていて、ちょっと神秘的。
それ以外はよく知るラッコの姿だ。青い紋様が入っている気もする。
『~♪』
ラッコさんはご機嫌に横回転を数回行い、宙に寝転がると──貝殻を叩きだした。
「「……!?」」
すると、ヤナの周りを透明な水の膜が覆う。
「ちょ、泡だが!? 回復は!?」
「草」
ラッコさんは尚もご機嫌に貝を叩く。叩くったら叩く。
そして一瞬キラリと回復のエフェクトが出たと思ったら、ラッコさんは満足した様子でちんまりとした手を私に振り消え去った。やだかわいい。
ヤナのゲージを確認すると、……うーん。小回復? ちょっとだけ回復していた。
「相変わらずヤバイが!?」
「あ、分かった」
ラッコさんは華麗に退場したというのに、水の膜は消えない。
「貝殻だから……防御系ってこと!?」
「かわいいけども!」
恐らく水の膜はダメージ吸収のバリアだ。
実際なおも怒り狂う水トカゲは尻尾でペシペシ叩くというのに、ヤナのHPゲージは減っていない。
「次覚えるのは純回復かな~」
「分かったからタゲとって!?」
「っがねぇなー」
私はスキルのリキャストが終わるとラッコさんをもう一度呼ぶ。ちょっとだけMPが減った。呼んだばかりだからか、どこか目をぱちくりさせてる。かわいい。
「お」
もう一度回復すると、水トカゲはぐるりとこちらを向いた。
特にゲージで確認することはできないが、敵のターゲットをこちらに向けることができたらしい。敵が誰をタゲっているかは、挙動で確認するしかない。
「さあこい」
頼りない指揮棒を手に迎え撃つ。
不安しかない。いや、回復しかしないんだけども。
「じゃ、今のうち」
ヤナは「どれどれ」と悠長にスキルを確認しだした。
「水トカゲっていうからには、水と火はアカンよなぁ」
「地か雷?」
「なら、──【雷のアメジスト】!」
ヤナがスキルを唱えて腰のデッキケースのような武器? が光ると、その両手指の間にはいつの間にやら計6つの小さな宝石。
紫色をしたそれは、確かにファンタジーなゲームにおいて雷を連想させる。
「ほい」
私の泡をぺしぺしとやっている水トカゲに放り投げると、宝石たちは取り囲むようにふわふわと宙に浮いた。さすがに痛覚はリアルっぽく反映されていない。運営の優しさ。
ほんとに少しピリッとする程度。大ダメージだと、どのくらいなんだろう。
「おー、いいじゃん。かっこよ」
「で? どうすんだ」
《……》
チップスとスキルウィンドウを見ながら、手探りでジェムリンカーとやらを探る。
ナビさんの気配がした気もするが、気にしない。
「ほー」
「お、なんかチクチク攻撃しだしたよ」
時折自分に【バブル・シェル】を掛けながら水トカゲを観察していると、等間隔で宝石一個がキラリと光り、ピリッとした紫電を放っている。まるでルーレット。ほんのちょっぴり、お気持ち程度に水トカゲのゲージを削った。
「おいおい、ダメージディーラーさんよぉ! カスダメ通してんじゃねぇぞ!」
「やだ、お口がわるいですわお姉さま。他のプレイヤーさんに言ったらダメですわよ」
「ヤナにしか言わねぇから! ちゃんと猫被るし!」
茶々を入れつつ観察していると、ヤナは納得した様子で叫んだ。
「あー、だからリンカーなのね!」
「いいからはよぉ!」
とっても地味な攻防を水トカゲと繰り広げる。MPも無限じゃないし、早めに攻撃をお願いしたいところ。
「【跳躍】!」
ヤナが唱えると、さっきまで一個のみが光っていたアメジストの欠片たち。
それがいきなり別の欠片に向けて紫電を放つという行為を何度も繰り返す。
トカゲを中心として球体を作り出すかのように、縦横無尽に細い雷が飛び交った。
「お、スタック貯まった」
「ほー」
水トカゲはちょっぴり怯んでいる。
見ると、ゲージが十分の一くらい削れている。
一通りの演出が終わると周りを囲むアメジストのうち、紫の光を放って攻撃する宝石が二個に増えた。
スタックというのはゲーム内で二通りの意味があるが、ここでは技の効果が積み重なっているの意。アメジストが一段階強化されたとも言える。
「【跳躍】でスタック5つ貯めると、消費して【リンク】が使えるぽい」
「へー」
「初期装備だから火力あれだけど、【リンク】するとめっちゃダメ出るらしい」
「ボス戦に向いてそうだね」
まさに積み上げ型DPS。
「「あ」」
のほほんと言葉を交わしていると、つい【バブル・シェル】を掛け忘れる。
高火力を出したタイミングも重なり、タゲがヤナに飛んだ。
水トカゲはしゃかしゃかと短い脚を動かして、一目散にヤナへと向かう。
「あーーーー!!?? スタック、消えたああああああ!?」
「草」
「タゲとってええええええ!!」
「専用の回避スキルないんけ?」
さすがに攻撃を受けるとスタックが減るのはシステム的に厳しい。
同じ魔法火力の【魔術師】に対して、ディスアドバンテージが過ぎる。
であれば、それを補うスキルはあるはずだ。
「……あるなぁ」
「あるんかーい」
スキルには職業ごとのクラススキルと、共通スキルに分かれている。
基本戦闘に関することはクラススキルだ。恐らくジェムリンカー用の回避スキルを唱える。
「【幻影】」
ヤナの隣に現れたのは、キラキラとまるで星のように散らばった宝石の粒子。
それが徐々にもう一人のヤナを形作ると、水トカゲはそちらに気を取られた。尻尾が触れると幻は消える。二回繰り返すと粒子は完全に消えた。
ジェムリンカー、手品師みたいな雰囲気だな。
「ドッペル」
「まさに」
「さあ、反撃の時間です」
それからはヤナにスタックを5つ貯めてもらうよう、ひたすらに【バブル・シェル】を自分に使った。MPは半分くらいになる。
「きたー」
「いっけぇー」
「【リンク】!」
【跳躍】を繰り返し、宝石が6つすべて光り輝く。
それと同時にヤナが唱えると、雷が駆け回る……のではなく、すべての宝石が割れた!
「「!?」」
これ大丈夫なのか? と心配していると、一瞬の稲光が目の前に生じ──なんかいた。
『──キュ?』
「だ、……だれ!?」
「雷の精霊、ラーデヴィだと」
水トカゲに負けず劣らず小さめの存在。
宙にふわふわと浮くのは、紫色をしたミニドラゴン。
つぶらな瞳はドラゴンっぽい見た目の割りに全然怖くない。
むしろやる気がなさそうに、クアーっと欠伸をした。
二本の角と太く長い尻尾の先にはパリパリと電流が走っていて、間違いなく雷の使い手ではある。
ジェムリンカー、手品師じゃなくて召喚系なの!?
「やべえ、この精霊ファンサえぐい」
ヤナの指示待ちなのか、首を傾げたり、手を口元に当ててみたり。宙でくるくる回ってみたり、キョトンとしてみたり。ちょっと赤ちゃんみを感じる。やだかわいい。
「かわええのぉ」
「拡張きたらテイマー系の職でドラグナーあればいいなぁ。ファンサのよろしいドラゴンとかめっちゃよき」
ヤナは精霊を召喚した後に出てきた専用のスキルを唱えて、水トカゲを倒した。
ラーデヴィ、すげえ。雷の魔法なのか一瞬でトカゲが溶けた。
「おつ」
「おつー」
Lv1同士の熱い戦いが終わった。
さすがにLv1の水トカゲ一体では経験値もそこまで入らないらしい。経験値のログのあと、一瞬経験値のゲージが目の前に出てきて目視できた。
レベルはメイン職業ごとに上げるから、私の【バブルミスティック】の経験値がゲージ三分の一ほど貯まる。
ドロップ品も同様にログに流れ、アイテムアイコンが目の前に表示されて消えた。自動でインベントリに入る仕組みのようだ。手間がなくてラッキー。
「……ん? ミスティック……」
「神秘的って意味じゃね?」
「あぁ、だからラッコさんヴェール被ってたのか。……じゃなくて」
なんで武器が指揮棒? と思ったけど。
「ミスティックとスティック……ってコト!?」
「運営にシャレ好きおるなぁ」
「おるなぁ」
オーケストラの指揮者のように、水とラッコさんを操るよ! ってことなんだろうか?
コンセプト的には好き。
「てか精霊の火力えぐない?」
「上位職って召喚系?」
「あー、かも。面倒な手順踏まずに最初から高火力の精霊呼べるとかかな」
「そら上位職になるわな」
「うむ。その分高レベルの魔物って回避がムズいんやろなぁ」
なるほどねぇ。ただ便利になるだけだと戦闘の難易度下がるもんなぁ。
タンクだと、敵の誘導とか技の予兆見て防御スキル使う方が重要。避けるというよりは、万全の体制で受ける職。
ラーデヴィみたいな精霊さんがぽんぽん出てきたら、一瞬でタゲ持っていかれそう。
早くタゲを固定できるようなスキルが欲しい。
「てかエルフの種族特性ってなに?」
「なにそれ」
《……》
キャラメイク、エルフ一択で挑んだのでちゃんと説明読んでいない。
「夜人だと【ライフ≠ハック】っていうやつ。敵倒したらちょっとだけHP回復する」
「ほんとだ」
さきほどまで全回復していなかったヤナのHP。
水トカゲを倒したときに回復したみたいだ。
「ステータス画面載ってるよ」
「おうよ」
メニュー一覧の画面を呼び出して、ステータス画面を開く。
装備やステータス数値のような、自分自身の情報が載る画面。
【クラススキル】【共通スキル】に続いて、【種族特性】とあった。
「えーっと……、『【光風】森の中にいる場合、敵に気付かれにくい』……これタンクの俺、ええんか?」
「先手取れるからいいんじゃない?」
「なる」
ならいいか。
「てか、信仰ってステにどんな補正あるの?」
今のところ一切恩恵は感じていない。
「載ってないよね。ふつうに考えると対応する属性の威力アップ?」
「え、パラディン目指してるのに!?」
ナビさんは『軽微のステ補正』って言ってたけども!
てっきり力とか防御かと思っていた。
属性威力に関わってくると話は違う。
今のところ属性のステータスってのは上げる要素が見当たらない。いや、Lv1だから先のことはまったく分からんが。
予想では装備品とスキルで調整だと思っている。
だが、信仰対象でそれが上がるなら……ヤバイ!
属性のステータスってのは普通のダメージ計算に乗らない部分で、その分純粋に火力が上乗せされるからだ。敵が属性耐性持ってたら別だけど。
実は盾職だけ上位職を事前に調べていた。
ナイトはパラディン。
ダークウォーリアはアビスロード。
私はどのゲームも騎士っぽい職を選んできた。
このゲームだとパラディンを目指している。名前だけ聞くと、私は光属性一択っぽいんだが。
「闇のエレヴォスにしたの? なんで?」
「統計から察するにイケメンの神っぽいから」
「ですよね」
「でもさすがにそれやっちゃうと職で偏りでるよね」
「なんか恩恵解放するのに、種族クエだか信仰クエだかあんのかなぁ?」
「かもね」
「……ん? もしかしてステのFTって、FAITHのFTか」
「なんて意味?」
「信仰心」
「それやん」
ステータス画面を見なくても確認できるHPゲージにMPゲージ。
それとくっついて、小さくSTとFTとある。
「ほんのちょっぴり貯まってる」
「同じくらいだ。時間経過か敵倒したりとかかな」
「私はヴァーネミュンデにした」
「なんで?」
「なんとなく美人ぽいから」
「ですよね」
お互い様というやつだ。
「盾の最初のレベル上げ、ナイトじゃなくてダークウォーリアにしたら?」
「いや、このキャラの見た目ならパラディン一択だろがい。というかパラディンっていう名前が好きなんじゃ」
「お姉さまあの小説好きだもんね。私はアビスロード見てみたいな。ダークヒーローって感じでかっこよさそう。両方やれば?」
「で、できらぁ!」
いや、元々タンク職は全部上げるつもりだったけどね?
「とりあえずサブ職解放のLv10まで、ヒラタンクで絶対落ちないマンになる」
「盾っていうよりむしろ城だな。要塞」
戦闘体験も済んだところで、出遅れ組の私たちは改めて水の都へと向かった。
◆
「おー」
最初の地点に戻ると、扉へ向かう者の中に、外へと向かう者が混じりだした。
「しばらくはログもエリアチャットばっかヤナ」
「とりあえずパテ以外タブ閉じとくけ」
「んだ」
左に最小化した、ログやテキストメッセージが流れるウィンドウ。
いくつかタブがあり、ひとまずパーティタブ以外は閉じた。操作一つで簡単に復活できるので便利。
現在、ログ上にチュートリアルを終えたであろう皆さんのクエスト同行募集が飛び交っている。
場所によっては自分で大声を出して募集もしている。
ふつうのMMOだとテキスト募集ばっかりだったから、VRによって選択肢が増えるっていいね。
運営からのお知らせやナビさんのような公式アナウンスは、全部のタブにログが残るので問題なし。とりあえず画面、すっきりさせたい。
「ん? ねぇ、メッセきたんだけど」
「なんて?」
「『ギルド入りませんか?』って」
「入れば?」
「いや、めんどい」
「なんで入ってないって分かったんだろ。タゲるとギルド名出るんだっけ?」
「うちら入ってないから確認しようがない」
「まぁ事前情報だとソロで作れるぽいから、二人でもいけるくね?」
「ほなええか」
「ええなぁ」
そうこうしていると、今度はナビさんとは別の声でアナウンスが入る。
運営からのログが流れた。
《──大変恐れ入りますが、〇月〇日より二日間。来週末はメンテナンスをさせて頂きます。プレイヤーの皆様におかれましては──》
「来週末メンテか。なんかバグあったんかね」
「なる。そりゃ大変だわ」
「じゃ、この日は久々外でデートしますか」
「いやだめんどい」
「そんな」
積み本消化と別ゲーに忙しいのである。
「お出かけなら一人で行くがよい」
「はいはい。どうせログアウトしたら甘えてくるクセになぁ」
「うっ、うるせぇ。筋肉お見舞いすっぞごるぁ」
「きゃーこわいですわー」
軽口を叩き合いながら、未だ混みあっていそうな門を目指す。
「そういやヤナは、サブ職どうするん?」
「とりあえずニンニン目指すぞい。物理火力のどれかから派生かな?」
「あー今やってるFPS、忍者めっちゃかっこいいよね。俺あのキャラ好きだわ」
「侍キャラもいいんだよな。ドラゴンぶっ放す」
「ヤナ好きそう」
「そういやこのゲーム、必殺技あんのかね?」
「レイド以外はソロでもいけるらしいし、さすがにありそー。クラスクエとかかな」
「ぽいなぁ」
《……》
徐々に門が近づくと、自然と見上げる。
近くで見ると、想像以上に大きかった。
「お」
「ん?」
門の周囲には相変わらず人だかりができている。
もちろん私たちと同じように、これから街中を目指すものも多いが──
「いやぁ、懐かしいねぇ。俺もタンク初心者の頃は緊張したよ」
こんなに大きな門だ。待ち合わせ場所にピッタリだろう。
盾を装備した人間の男性が、数名を率いて依頼の内容を確認している。
どうやら討伐系の依頼を受け、エリアチャットで面子を揃えたようだ。
その表情はどこか硬く、緊張している。
「あー、MMOだと実質そのクエの臨時リーダーみたいなもんだからな。特に盾1構成のゲーム。フレンド以外だけでやる時めっちゃ緊張する」
「俺リアルメンタル弱いのに、ゲームだと割かし強めなの……絶対ロールのおかげ」
「あながち否定できないわ」
ヤナはうんうん、と大きく頷いた。
「ボスの開幕タゲとるのとか、めっちゃ緊張したわー」
「今は?」
「なんかあってもヤナだからいいかなって」
「ひどいですわ」
待ち合わせの人々を横目に、改めて水の都。その全貌を目にする。
「「お~~~」」
圧巻。
高い城壁のようなもので見えなかった街中の詳細は、予想通りでもあり、予想以上でもあった。
玄関口である門の前は小さめの広場。
真ん中には噴水があり待ち合わせや冒険者たちの集合場所に使われると予想される。
その広場から石畳の道で直接つながっているのは、ヨーロッパの水の都と同じように年月を経た建物と、その合間に巡る水路。水路上を外壁の外と同じようにゴンドラが行き交う。
目の前の道は大通りだろうか?
人混みと共に大声で呼び込みをするNPCも多く、お店が並んでいるのかもしれない。
しかし、そこはやはりゲームの世界。充分旅行気分だが、それだけには留まらない。
水の神を模しているのだろうか? 謎の大きな石造が所々立ち並び、手に持った水瓶から水が流れ落ちる。水路へと続くものもあれば、謎に消えていく水もある。
よかった、ちょっとゲームらしい部分があって。
今いる場所は平面的な構造だが、少し奥を見通すと段々と高さがあり、落ちる水の流れを力に変える水車が目立つ。この世界に降り立った時に聞こえた水音は、恐らくあれだろう。
奥側の建物はこの場所よりも神聖な雰囲気を醸し出す建物が多く、神殿や塔といった構造。装飾には白や銀、金色がよく使われている。恐らくこちらは下町で、あちらは公的な場所だと思われる。
ふと目の前の水路を見てみると、知り合いのゴンドラなんだろうか?
プレイヤーが周遊のために乗っているそれを追いかけるようNPCの水霊族が泳いでいる。NPCが呼び出したであろう、あの見慣れたラッコさんのお姿も!
「!? イルカさん!?」
な、なんということだ。
ラッコさんと共に、蝶ネクタイと尻尾に装飾を身に着けたイルカさんもいらっしゃる……だと!?
「純回復のスキルで現れるんじゃない?」
「やべえ、レベリング捗るな」
バブルミスティック、あなどれない。
「もう一個の紋章師ってどんなんだろうね」
「ママがもしバリアと大回復メインなら……範囲か継続回復メイン?」
「あー、ぽいな。味方に回復の紋章付けるとかなんかね」
「やだ、楽しみ」
職二つだけでこんなに楽しみなことがあるんだ。
この先どんな冒険が待っているのやら!
というか早くタンクがやりたい。
「!?」
わー海外旅行みたいだーとか思っていたら、視界の開けた右手前方を見て驚いた。
遠目にだが壁の外に広がる水面に、大きな物体がぶっ刺さってる!
「な、何事!?」
「神具って言うらしいけど」
《……》
ヤナはニト・ラナのチップスを検索したようだ。
ほんと調べるのが早いのよ。ナビさんちょっと落ち込んでる。
「水の神ゼ=ラナの恩恵だって」
「おー、クエで出てきそう」
「んだ」
確かにその……塔? いや、形状的に杖っぽい。大きさはロケットよりは確実にデカい。
その杖の先端は三日月のように一部が欠けた円形になっていて、そこから水が滝のように流れ出ている。さすがゲーム、物理があれでファンタジー。
「ほえー、この海? 湖? って、アレからできたのかな」
「そういや販促PVで水中潜ってなかったっけ? 水中都市っての見た気がするが」
「マ?」
「今水辺エリアは足が着くとこまでしか進めないっぽいけどね。もしかしたら、クエ進めたらここの水潜れるんかな」
「てか、このゲームってメインシナリオとかあるんけ?」
「フリーシナリオじゃない? もう一つの世界からの来訪者が、種族の問題や住民の依頼を引き受けてこの世界を冒険する……的な?」
「ほーん」
「いくつか大きなシリーズクエはありそうだけど」
ほうほう、楽しみ。
「んじゃ、本来チュートでやるはずの冒険者登録、行くけ?」
「ういー。そして目指せ、イケメンゲット!」
「いや、ゲットはしたらあかん」
「俺はよぉ、仕事の疲れをイケメンで癒しとるんじゃぁ……。邪魔するなら……すぞ?」
「はは、仰せのママに」
よぉし────待ってろ、まだ見ぬ美形NPCたちよ!!!!
……という二人が、サークルクラッシャーに目をつけられたり、イケメンを追いかけすぎてうっかりワールド最速で隠しクエをクリアしたりする話を書きたいです(願望)
二人の思う最強というのは、単純にこつこつプレイして自キャラを強くしたいというだけなんですが。
今は連載の作品とコンテスト応募用のお話を書いているので、忘れないうちにアイデアを短編にまとめておきました。
VRゲームものは初めて書きましたが、少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。
MMOは久しくしていないので、表現が古いかもしれませんが……(笑)
タイトルはBlauWelt=ブラウ、ブラオ、ブラウエが正しい発音ですが語呂のよさを取りました。
お読み頂きありがとうございます!