しりとり
『しりとり』
少し暗い表情の、目がくりくりした可愛い女の子だった。
「この子としばらく遊んであげて」
隣にいた私のお母さんがそう言うと、その子は控えめな声で「みよです」と言った。
私は遊んでいたビニール人形を持ったまま立ち上がる。
「ゆずだよ。よろしくね」
そして、人形を差し出した。
「よろしく」
女の子は人形を受け取るとにっこりと笑う。暗い子かと思ったけど、そうでもなさそうだ。
お母さんが嬉しそうに頷いた。
「仲良くね。この子のお父さんにさっきスーパーで助けられてね。その後で用があるから少し子供を預かって欲しいって言われて。でもお母さんもこれから町内会の集まりがあるし、ゆずにお願いしたかったのよ」
「いいよ。おままごと、一人だと寂しかったから」
「ごめんね。お母さんも一緒にやりたかったな」
「みよちゃんがいれば、大丈夫だよ」
「そっか。ごめんね」
「だからいいって。いこ、みよちゃん」
私はみよちゃんの手をひく。とっても可愛い笑顔だったから、私はみよちゃんをすっかり気に入っていた。
*
「そろそろ、帰らなきゃ……」
みよちゃんは暗い顔でそう言った。
遊び始めて、2時間くらい経ったときだった。まだまだ遊びたかった私もちょっと悲しくなって、暗い気持ちになる。
「そうなんだ。また、遊べる?」
「わかんない。でも、そうだといいな」
「そうだね」
みよちゃんは立ち上がると、スカートの裾を綺麗に直した。
「今日は遊んでくれてたのしかったよ。それでね……」
なんか、ドキドキしてるみたいに、みよちゃんは続けた。
「帰るの、いっしょにいきたいな」
私も立ち上がると、笑顔で頷く。そうしたいと、ちょうど思っていたところだった。
*
みよちゃんとの帰り道、好きなお菓子の話をして盛り上がってたら、いきなり。
「しりとりしようよ」
と言われた。しりとりよりも私は……
「お菓子の話もっと」
「しりとりしたい!」
そこまで言われたらダメとは言えない。
「わかったよ、もう」
私はちょっとほっぺを膨らませながら頷いた。
みよちゃんはパッと顔を明るくする。
「じゃ、みよからね。『まるた』」
「まるた?」
こういうのって『しりとり』から始まるものだと思い込んでいた私は、少しだけ考え込んだ。
「うんとね……『たばこ』」
「こ、こ……」
みよちゃんが考え込む。『こ』なんてすぐ思いつきそうな気もするけど。
「『コーラス』」
「なにそれ」
「お歌のなんか」
「まぁ、いいや」
みよちゃん、物知りだ。しりとり強そう。
「す……『すす』!」
しりとりって、同じ言葉で返せると、何か気持ちいい。『すす』を思いついた私はにやけてしまっていたに違いない。
「みよも、す、ね……」
みよちゃんがまた考える。
あ、でも、お酢の『す』もあったな、とすぐ気づいた私はちょっとドキドキする。
「『すけすけ』」
「え、そういうのいいんだっけ」
「ダメかな」
「ダメじゃないよ」
『す』で返されなかったからいいや。
「えーと」
どうせなら、『す』攻めしたいな。
「『ケース』!」
「また、す?」
「ケース!」
「うーん、『すね当て』」
「て、て、」
何か『す』に繋げたいな。私がそう考えていたときだった。
「あっここまででいいよ」
みよちゃんが言う。私は首を傾げた。『てんむす』思いついたんだけどな。
「ここまででいいの?」
「うん、もうみよの家、すぐ近くだから」
「家までいってもいいよ」
「ううん。一人でへいきだよ」
「そっか」
てんむす、言いたかった。
みよちゃんは小走りして私から距離を取る。そして、振り返り。
「またね! しりとり、またしてね! しりとり、だよ!」
と手を振ってくれた。
しりとり、そんなに面白かったのかな。私も手を大きく振る。
「うん、またしようね!」
私がそう言うと、みよちゃんの表情が暗くなった。気がした。夕日のせいでよく見えなかったし、みよちゃんはすぐに振り向いて走っていってしまったから、自信は無い。
「……ま、いっか」
ぐぅ。お腹が鳴る。てんむすのせいかな。私は夕ご飯なんだろな、と思いながら自分の家へと歩き出した。
*
みよちゃんが、死んだ。
*
連日ニュースが流れた。その度に、お母さんがとても辛そうだった。
*
数年後、私は当時のニュースの記憶を頼りに、みよちゃんのことを調べてみた。
彼女の本当の名前は『園田 美与』。
彼女は誘拐されていた。
その誘拐犯に殺されたのだ。誘拐されてから3年後のことらしい。
誘拐犯は3年間で徹底的に彼女を恐怖で支配し、自分の手から離れても、自分のところに黙って戻るように洗脳していた、と私が見た新聞記事には書かれていた。
お母さんがあんなに辛そうだった理由がようやくわかる。もし、あの時に助けられたのなら……
『そろそろ、帰らなきゃ』
みよちゃん。どれだけ辛い思いで、そう口にしたのか。
何で、気付いてあげられなかったのか。
最期の帰り道の様子が走馬灯のように頭に巡る。
私は。
『しりとり、またしてね! しりとり、だよ!』
しりとり?
そういえば、あの別れ際、やたらと……
しりとりで、みよちゃんが言った言葉は……
『まるた』
『コーラス』
『すけすけ』
そして、
『すね当て』
私は。
私は、何てことだ。
私は自分に絶望し、しばらくその場から動けなかった。
『しりとり おわり』