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しりとり

作者: 熱湯ピエロ

『しりとり』


 少し暗い表情の、目がくりくりした可愛い女の子だった。


「この子としばらく遊んであげて」


 隣にいた私のお母さんがそう言うと、その子は控えめな声で「みよです」と言った。

 私は遊んでいたビニール人形を持ったまま立ち上がる。


「ゆずだよ。よろしくね」


 そして、人形を差し出した。


「よろしく」


 女の子は人形を受け取るとにっこりと笑う。暗い子かと思ったけど、そうでもなさそうだ。

 お母さんが嬉しそうに頷いた。


「仲良くね。この子のお父さんにさっきスーパーで助けられてね。その後で用があるから少し子供を預かって欲しいって言われて。でもお母さんもこれから町内会の集まりがあるし、ゆずにお願いしたかったのよ」

「いいよ。おままごと、一人だと寂しかったから」

「ごめんね。お母さんも一緒にやりたかったな」

「みよちゃんがいれば、大丈夫だよ」

「そっか。ごめんね」

「だからいいって。いこ、みよちゃん」


 私はみよちゃんの手をひく。とっても可愛い笑顔だったから、私はみよちゃんをすっかり気に入っていた。



「そろそろ、帰らなきゃ……」


 みよちゃんは暗い顔でそう言った。

 遊び始めて、2時間くらい経ったときだった。まだまだ遊びたかった私もちょっと悲しくなって、暗い気持ちになる。


「そうなんだ。また、遊べる?」

「わかんない。でも、そうだといいな」

「そうだね」


 みよちゃんは立ち上がると、スカートの裾を綺麗に直した。


「今日は遊んでくれてたのしかったよ。それでね……」


 なんか、ドキドキしてるみたいに、みよちゃんは続けた。


「帰るの、いっしょにいきたいな」


 私も立ち上がると、笑顔で頷く。そうしたいと、ちょうど思っていたところだった。



 みよちゃんとの帰り道、好きなお菓子の話をして盛り上がってたら、いきなり。


「しりとりしようよ」


 と言われた。しりとりよりも私は……


「お菓子の話もっと」

「しりとりしたい!」


 そこまで言われたらダメとは言えない。


「わかったよ、もう」


 私はちょっとほっぺを膨らませながら頷いた。

 みよちゃんはパッと顔を明るくする。


「じゃ、みよからね。『まるた』」

「まるた?」


 こういうのって『しりとり』から始まるものだと思い込んでいた私は、少しだけ考え込んだ。


「うんとね……『たばこ』」

「こ、こ……」


 みよちゃんが考え込む。『こ』なんてすぐ思いつきそうな気もするけど。


「『コーラス』」

「なにそれ」

「お歌のなんか」

「まぁ、いいや」


 みよちゃん、物知りだ。しりとり強そう。


「す……『すす』!」


 しりとりって、同じ言葉で返せると、何か気持ちいい。『すす』を思いついた私はにやけてしまっていたに違いない。


「みよも、す、ね……」


 みよちゃんがまた考える。

 あ、でも、お酢の『す』もあったな、とすぐ気づいた私はちょっとドキドキする。


「『すけすけ』」

「え、そういうのいいんだっけ」

「ダメかな」

「ダメじゃないよ」


 『す』で返されなかったからいいや。


「えーと」


 どうせなら、『す』攻めしたいな。


「『ケース』!」

「また、す?」

「ケース!」

「うーん、『すね当て』」

「て、て、」


 何か『す』に繋げたいな。私がそう考えていたときだった。


「あっここまででいいよ」


 みよちゃんが言う。私は首を傾げた。『てんむす』思いついたんだけどな。


「ここまででいいの?」

「うん、もうみよの家、すぐ近くだから」

「家までいってもいいよ」

「ううん。一人でへいきだよ」

「そっか」


 てんむす、言いたかった。

 みよちゃんは小走りして私から距離を取る。そして、振り返り。


「またね! しりとり、またしてね! しりとり、だよ!」


と手を振ってくれた。

 しりとり、そんなに面白かったのかな。私も手を大きく振る。


「うん、またしようね!」


 私がそう言うと、みよちゃんの表情が暗くなった。気がした。夕日のせいでよく見えなかったし、みよちゃんはすぐに振り向いて走っていってしまったから、自信は無い。


「……ま、いっか」


 ぐぅ。お腹が鳴る。てんむすのせいかな。私は夕ご飯なんだろな、と思いながら自分の家へと歩き出した。



 みよちゃんが、死んだ。



 連日ニュースが流れた。その度に、お母さんがとても辛そうだった。



 数年後、私は当時のニュースの記憶を頼りに、みよちゃんのことを調べてみた。

 彼女の本当の名前は『園田 美与』。


 彼女は誘拐されていた。

 その誘拐犯に殺されたのだ。誘拐されてから3年後のことらしい。

 誘拐犯は3年間で徹底的に彼女を恐怖で支配し、自分の手から離れても、自分のところに黙って戻るように洗脳していた、と私が見た新聞記事には書かれていた。

 お母さんがあんなに辛そうだった理由がようやくわかる。もし、あの時に助けられたのなら……


『そろそろ、帰らなきゃ』


 みよちゃん。どれだけ辛い思いで、そう口にしたのか。

 何で、気付いてあげられなかったのか。

 最期の帰り道の様子が走馬灯のように頭に巡る。


 私は。


『しりとり、またしてね! しりとり、だよ!』


 しりとり?

 そういえば、あの別れ際、やたらと……


 しりとりで、みよちゃんが言った言葉は……


『まるた』


『コーラス』


『すけすけ』


 そして、


『すね当て』


 私は。


 私は、何てことだ。


 私は自分に絶望し、しばらくその場から動けなかった。


『しりとり おわり』

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