4話
「おっ」
憲兵を洗脳し馬を頂戴した後。
魔術によって荷馬車をつくり、魔術をかけて筋力や体力を強化した馬にそれを引かせて家から離れたフィンが馬車の中で声を上げる。
「おい。今森に響き渡った爆音はなんだ。」
同じく馬車の中で座って剣の整備をしていたリズが目ざとくそれに気づく。
「寝室はプライベートな空間だからな。立ち入った人間の魔力で動く罠を張っておいたんだ。」
「プライバシーの保護にどれだけ力を入れているんですか。」
「他人の魔力で起動するからそんな大した威力ではない。音は派手だが鎧でも着てれば死ぬことはないだろ。」
リズはフィンの言葉にため息で返す。
フィンの「死ぬことはない」は命を保証するだけでそれ以外の一切を保証しない。
「寝室の魔術が起動したということはやはりあの三人組はフィン狙いでしたか。」
「さあな。そうかもとは思ったが魔術師が二人もいて罠に気づかないとも思えない。」
「確かにですね。どうします?無害な一般住民吹っ飛ばしてたら。」
「家に不法侵入してる時点で有害だ。魔術罠くらい自衛の範疇だろ。」
それもそうか、とリズもそれ以上考えるのをやめる。
「それでどう国境を超えるんだ。」
「そこなんですけど、この馬車ってどのくらい速度出るんですか?」
馬車の中で地図を広げながらリズが尋ねる。
「魔力消費を無視して速度を上げるならそれなりに出る。」
馬の強化を引き上げて、車輪を浮かせれば、とフィンが続ける。
「それ、どのくらい保つんです?」
「半日が限度だな。馬の体力的に」
「なるほど。」
リズが地図を指さしながら話す。
「このまま西に抜けると街道を通って安全に国境を越えられるんですけど、そっちは国境沿いに城壁があって関所を通る必要があります。」
地図を見ると王都から国境が近いのは西と北だ。南は穀倉地帯が広がっていて国境まで距離があるし、東は鎖国派の大貴族たちが収める広大な領地が広がっている。
「遅くとも今日の夜中には私たちが逃げたのばれるでしょうから、関所は明日の夜には使えなくなります。」
「だろうな。」
伝令魔術はそう便利なものではない。
伝令を送れる距離は送る側と受け取る側双方の技術に依存し、距離が遠くなるにつれて消費魔力も上がっていく。
それでも中継で何人かの魔術師を挟めば遠距離での伝令魔術も可能になるし、大都市間では通信網が確立している。
王都が混乱しているにせよ、明日の夜には関所が使えなくなるというのはほぼ間違いないだろう。
「今夜中にたどり着けるなら西に抜けるのもありなんですが、間に合いますか?」
「無理だな。」
どれだけ馬を強化しようと流石に半日で西の国境には届かない。
「じゃあ北に行きましょう。道の整備が甘くて安全性は下がりますが関所越えの必要もないし、警備も手薄です。」
「それが無難だな。」
進行方向が決まったためフィンが魔術を使い馬に指示を出す。
「道沿いに行けばフィンの魔力を温存しても5日程度で国境を越えられそうですね。」
「つまりそれまで暇ってことか。」
そういうと手慰みのように術文字を書いて魔術を捏ねだした根暗研究者にリズが釘を刺す。
「趣味で魔力切れだけは勘弁ですよ。」
「わかってる。」
絶対にわかっていない。
リズはため息をつきながら剣の整備に戻った。
進路を北にとって1日後。
意外にも整備された山道を通っていたタイミングでフィンが殺気立った。
「どうしました?」
「油断した。囲まれている。」
定期的に使用していた索敵魔術に引っかかったのだろう。
リズが茶化すように絡む。
「珍しいですね。前線魔術師ともあろうフィンが見逃すとは。」
「狩りに出てる近隣住民かと思ったんだよ。向こうも装備をそうやって偽装してるしな。」
ばつが悪そうにフィンが言い返す。
「配置が完全にこの馬車を包囲してるし、盗賊かなんかで間違いないだろ。魔術で馬車を動かしてるからお忍びの貴族か何かと勘違いしたのか…?」
「この時期ならあり得ますね。」
今は年に二度の議会の時期。
王都への貴族の出入りが激しくなるため、街道沿いの盗賊も活発になる。
「無理やり抜けましょうか?」
「この包囲から無理に抜けようとすると馬への負担がでかい。足を失いたくない。」
「それは同意です。じゃあやっちゃいますか。」
リズが剣に手をかける。
「効率的にいこう。向こうが出てきたタイミングで一番偉そうなやつだけ殺して逃げるぞ。」
「了解です。」
警戒しながら山道を行くこと10分。
道の先を7人ほどの狩人風の男たちが塞いでいた。
「奇襲を仕掛けて来ないのか。」
「穏便に済ませたい貴族もいますからね。通行料と割り切って金出すやつも結構いるんですよ。」
「なるほど。」
盗賊が減らないわけだ。
道を塞いでいる男の内、左端の一人が大声で呼びかけてくる。
「そこの馬車。止まれ。」
指示通り、一度止まる。
リズが頭部鎧をつけて顔を出すと何人かが顔をしかめる。騎士は嫌いらしい。
「こちらの要求は金貨20枚だ。それだけ払えばここを穏便に通すことを約束する。命が惜しければ大人しく払っていただきたい。」
(高いな。)
金貨20枚は人一人が10年は暮らせる額だ。
貴族ならまだしも一般人に払える額ではない。
(ずいぶんカモに見られたものだ。)
フィンは馬車の中で悟られないように魔術を使う。
よく軍では前線魔術師の戦いは最初の五秒で決すると言われる。
フィンが最速で術文字を書き魔力を籠めて魔術を発動するのに必要な時間が五秒。
それまでに妨害もしくは殺害できれば相手に有利に傾き、できなければ敗北が決する。
この五秒をどう生き抜くかが前線魔術師の課題だが、今回は苦労するまでもない。
道の先に盗賊どもが見えてからここまですでに五秒以上の時間が経過している。
人差し指、中指、薬指で別々に記述された術文字が光りを放ち、その効果を発揮する。
「良いぞ、リズ。」
「了解。」
馬車の荷台を足場にリズが踏み込み、次の瞬間には声を放った男の後ろにいる。
異常な加速。
リズの足に付与された一つ目の魔術、俊敏。
筋力強化と僅かな弾性、風の威力を糧に一歩の速度を爆発的に上げる。
「なっ」
1人だけ反応し声を上げたのはさすがリーダー格といったところか。
しかし遅い。
片手に大剣を持ったリズがほんの一瞬動きを止め、溜めをつくる。
いかにリズが筋肉馬鹿のゴリラ野郎でもあの重量の剣を片手で持つのは不可能だ。
二つ目の魔術、剛腕。
こちらは筋力強化と骨格の硬化を軸にする。
達人すら隙と見れないほどの一瞬のための後、リズが大剣を振りぬく。
リーダー格の男は上半身と下半身を切断され、断末魔もなく絶命する。
三つ目の魔術、振刀。
ひたすら硬く薄く、そして剣を構築する粒子に高周波の振動を与える。
フィンが数多の実験を繰り返し最適化したこの魔術を行使された剣は大抵のものを紙同然に切り裂く魔剣に変わる。
一秒に満たない戦闘に意識の追いつかない盗賊どもをよそにフィンが小指で書き終えた術文字に魔力を籠める。
白く光った術文字がリズの喉に巻き付き吸い込まれる。
それを確認したリズが声を上げる。
「盗賊ども。貴様らの頭は死んだ。すでに勝敗は決している。」
普段の高い声とは打って変わった低い男声。
変声魔術。
その声によって我に返り出した盗賊たちの目からはすでに戦意を喪失している。
フィンは安全に通れれば十分だと思ったが、欲の権化である腐れ騎士はそうではなかった。
「こちらの要求は金品だ。金になるものを置いていけば安全は保障する。命が惜しければ大人しく払ってもらおう。」
盗賊のセリフの踏襲。
悲壮感漂う顔で身に着けた金品をその場に置き始めた盗賊にリズは満足げな、フィンは呆れ顔で対応した。
盗賊どもから金品を巻き上げ馬車による移動を再開する。
ほくほく顔のリズをフィンが睨む。
「あんまり恨まれるようなことするなよ。」
「盗賊相手ですよ。命を助けただけ寛大です。それに金は魔術じゃどうにもなりませんからね。いくらあっても足りません。」
魔術が普及しているこの国では魔術による貨幣の偽造は難しい。
「だとしてもだ。復讐に来ても知らないぞ。」
「あの程度なら魔術無しでもどうにかなります。それよりフィン。戦闘中になんか失礼なこと考えてませんでしたか?」
酷い言いがかりだ。
「事実に基づく客観的な意見だ。」
「認めてるみたいなものですよねそれ。これから根暗引きこもり魔術オタクって呼びますよ。」
「いつも言ってるだろ。」
国境地帯まで残り3日。
今のところ逃亡は順調に進んでいる。