3話
日の暮れ出した森への道を一人の男性と二人の女性が連れ立って歩く。
男は鎧を着用し剣を装備しており、見るから兵士であるとわかる。
そのやや後方、左右斜め後ろにそれぞれ歩いている女性二人はローブのようなものを着た魔術師風だ。
魔術師の内、若い方が手に小さな魔法陣を携え集中した様子で目を凝らしている。
「こっちで間違いないのか?」
「はい。この道を行ったみたいです。」
剣士に聞かれた魔術師が答える。
携えている魔法陣は魔力探知と呼ばれる高度な魔術だ。
魔力探知自体はそう難しくはない。
ただこの世界のあらゆる物質は常に魔力を発し続けているため、特定の魔力のみを探知しようとすると難易度が跳ね上がる。
砂漠の中で砂金を見つけるよりもなお悪い、少し特徴的な形の砂を見つけるようなものだ。
「流石だな。その歳でここまで精度の高い魔力探知を行えるとは。」
剣士が言うと褒められた魔術師はわずかに口角を上げる。
「憲兵に魔法陣をマーキングしてそこから漏れた私自身の魔力を探知しているので、ただの魔力探知よりも難易度が下がるんです。自分の魔力はさすがに見分けがつきやすいですから。」
魔術師は言い訳のように早口で付け加える。
彼らは今、鎖国派の隠れ家を探している。
王城占拠の際、開国派は王家の人間とともに議会の時期で地方から集まり王城内の居室で寝泊まりしていた鎖国派の貴族も捕らえている。
しかしその中に鎖国派の中心とも言うべき老齢の大貴族たちがいなかったのだ。
議会への出席は代理を立てられないため王都内にいることは間違いないが、襲撃の情報が出回れば用心深い大貴族たちはすぐに自身の領地へ引き返し内乱の引き金を引くだろう。
国の混乱を望まない開国派は即座に、伝令の早馬を尾行し鎖国派貴族たちの探索を行うように命じた。
一方で他国の剣士と魔術師である彼らは国の混乱を誘発するよう指示されている。
自国と、現在の直接の上官である開国派の命令に板挟みにされた彼らの結論は、「ゆっくりと探して鎖国派の逃げる時間を稼ぎ、それでも見つけてしまったら一人だけ首を獲り残りは逃がす」だった。
「お国のためとはいえ、嘘をつくのは気が引けるな。」
剣士がぼやくと魔力探知を行っていない方の魔術師がいさめる。
「そう言わないの。そもそも開国派の狙いは私たちと鎖国派の共倒れ。捨て駒にされたようなものなんだから裏切ったって何にも心は痛まないわ。」
予想外の言葉に剣士が思わず振り返る。
「そうなのか?」
「まあ、鎖国派の方たちだって自衛の兵力くらい持ってるでしょうに、一つの探索場所に私たちだけっていうのは、そういうことですよね。」
魔力探知を行っている魔術師も諦めたように言う。
「まじかよ。じゃあ遠慮しなくていいな。思う存分裏切らせてもらおう。」
「張り切るのは良いけど鎖国派には手加減なさいよ。全滅させたらそれはそれで開国派の狙い通りなんだから。」
「めんどくせぇな。」
「まああの憲兵さんが当たりとも限らないですし。ほかの早馬を追いかけた仲間の方がすでに鎖国派と会敵してるかもしれないですから、そう気張らずに行きましょう。」
かなり弛緩した空気で歩いていた彼らだが、遠目に見える丸太でできた小屋に気づくと空気が変わる。
舗装された道から森へ入り、小屋から見えない位置取りの後剣士が聞く。
「あの小屋か?」
「…はい。」
魔力探知を行っていた魔術師が答える。
遠距離の探知ができず、わかりやすい目標物があったことで魔術師は勘違いしてしまった。
まだ若いこの魔術師にあと少し経験があれば、憲兵は小屋に一度止まっただけでさらにその先へ歩いて行ったことに気づけたかもしれない。
「憲兵が乗っていたはずの馬がないわね。あんな小屋の中に馬が入れるとも思えないし…」
「中に馬が入れるほどの地下室があるってのか?」
魔術師の疑問を剣士が引き継ぐ。
「だとしたら大当たりね。」
「運が良いんだか悪いんだか。よし。行くぞ。」
小屋から常に死角になるよう位置取りしながら剣士と魔術師二人はまとまって小屋に近づく。
数分かけて扉の前までくると三人は示し合わせ、剣士が扉を開けた。
即座に防御の構えをとるが、何もない。
中は閑散としたリビングキッチンだった。
「警戒を緩めるな。俺の後ろに張り付いてろ。」
ほっとしたように胸をなでおろした若い魔術師に剣士の鋭い声が飛ぶ。
魔術師が剣士を盾にするようにして室内を進み、寝室につながるであろう扉の前に来る。
再度示し合わせ、剣士が扉を開ける。
奥にあったのはなんの変哲もないただの寝室。
「なんだ。外れか?」
剣士はつぶやきながら寝室に足を踏み入れる。
そのとたん寝室の床に書き占められた術文字が白く光り爆音とともに小屋を吹き飛ばした。
次話、翌日投稿予定です。