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騎士と隣の前線魔術師  作者: 日向の猫
プロローグ
11/11

11話

テレンス・ミグアの副官、イルゼは部下が会敵したときから師団長代理が部下教育の保険と称したこの任務を受けたことをすでに後悔し始めていた。

敵の魔術師、フィン・グレニスの索敵魔術がイルゼやシルが使用するような魔力の痕跡そのものを見るものではないと推察したのはテレンスだった。

反響定位と呼ばれるその技術はイルゼには覚えがなかったが、一部の動物や魔物が使用しているものらしく、どうやらすでに国では研究されているらしい。もちろん魔術を使ったものでは無く単純な索敵技能としてだが、閲覧制限も多いこの国の魔術資料に目を通しただけで筆記魔術の原理と弱点と脅威を理解したテレンスは、魔力消費を抑えながら広範囲を索敵する最適な魔術としてこれを例に挙げた。

その対応策として体内魔力濃度を下げ、外観の造詣を自然物に似せた密閉性の高い構造物内に隠れた上での待ち伏せをシルに提案し、シルはそれを採用した。

開国派の助けもあって、北の国境へ抜ける最短のルートでシル達の戦闘にできる限り適した位置での待ち伏せに成功したが、イルゼはそもそもこの待ち伏せが成功しないことを祈っていた。

「フィン・グレニスをこの方法で奇襲できたとしたら、君の仕事は、即座にシル達を援護可能な位置での護衛に切り替えだ。」

シル達に待ち伏せ案を出した後、王城内に師団長室として貸し出されている部屋に戻った後でテレンスはイルゼに告げた。

「保険、ではなく護衛ですか。」

「そう。比喩ではなく正しく護衛だ。索敵に反響定位を用いているなら相手の魔術師は筆記魔術だけではなく純粋な自然科学の領域でもこちらを超える知識を持っていることになる。加えて異常に自由度が高い代わりに発動速度と消費魔力に難がある筆記魔術において、閲覧制限のかかった文献内でも記述があった一般的な探索魔術ではなく、わざわざ反響定位魔術を開発して使用しているのなら」

そこまででテレンスは口を一瞬つぐんだが、すぐに続けた。部下を不安にさせてでも伝える程度には可能性のある脅威を。

「敵の魔術師は、筆記魔術の自由度を活かした絡め手特化ではなく、発動速度と消費魔力の問題を工夫と研究によってある程度解消した、名の通りの前線魔術師である可能性がある。」

「それは、」

それは、つまり。得意分野は違えど性能としては法陣魔術と同程度だと考えていた筆記魔術が完全な上位互換となる。

数的有利と知識量で勝った状況であったとしても新人教育に使っていい戦場ではない。

「今からでも取りやめますか?開国派に啖呵を切った後ではありますが、我が軍の優秀な魔術師を不用意な危険に晒すよりはましかと思いますけど。」

一方で、この食えない男は中止のつもりならシルに待ち伏せ案など出さないだろう、とも思っていたが。

「いや、ここまで言っておいてなんだがあくまで可能性だ。もし筆記魔術の弱点を完全に克服できるような方法が開発されているなら、国を挙げての周知に乗り出すだろう。少なくとも一般化できるような手法として確立されているとは思えない。そんなものを開発できる魔術師を軍属とはいえ野放しにするとも思えないしな。十分に低い可能性、懸念の域を出ない。発動時間の短縮、消費魔力を抑える方法はあれど法陣魔術ほどの即時性と効率はいくら何でも考えづらい。」

一方でイルゼに告げる程度には高い可能性とも思っているのだろう。法陣魔術には届かなくとも従来の筆記魔術からしたら驚異的な発動時間と消費効率の魔術が使用できる可能性。

「外れていてほしいものですね。」

イルゼは本心からの言葉だったが、テレンスはどこか軽い表情をしていた。

「まあ、だったとしてもうちの副官を任せられる人間が、そう簡単に負けはしないよ。」

この男は、本当に部下に甘すぎるし厳しすぎる。

だが国で1、2を争う魔術師にそう言われて嬉しくないわけがない。その期待に応えたい気持ちも、もちろんある。

「最善は尽くします。そもそも待ち伏せが有効でない可能性もありますし。」

「単純な索敵魔術を使ってきてくれるならそれが一番だね。奇襲への奇襲という特殊な状況への対応が経験できるし、その程度の魔術師ならうちの子らは負けない。」

それじゃ、よろしく。

そう言われたイルゼは、すでに推測のうち最悪に近い現状を憂いていた。

予測通りの反響定位索敵魔術、騎士に使用されたであろう強化系魔術の精度、魔術師がどちらかと言えば後衛に思える立ち位置に甘んじているのが救いだが、これが油断を誘っている可能性も否定できない。前線を張れないのか、張る必要がないのか。後者であれば、覚悟を決める必要がある。新人たちを逃がすまでの殿となる、文字通り命を懸ける覚悟を。

相手の実力をさらに見極めるために戦場全体を望遠魔術で観察する。

光学系魔術の応用だがこれだけ魔力の揺らぎを少なく使用できる魔術師はイルゼを除けば魔術師団にいない。国の魔術師の上澄みである国家直属魔術師団の師団長代理副官。その実力を充分に発揮しながら介入の必要性を、その際的なタイミングを探る。

魔術師の強化を受けながらとはいえたった一人で三人を相手取る騎士。イルゼから見ても充分傑物といえるその騎士が均衡を崩すのは時間の問題だった。そこまでは、問題だが問題ない。いくら情報戦と人数で勝っているとはいえ、あのレベルの達人相手では手数は時間が経つほど割れて適応されていく。イルゼでも状況次第では圧勝とはいかない三人が、遠距離の攻撃手段を持たない騎士一人に崩されるくらい、そのくらいの想定外は想定内だ。そのために、イルゼという保険の前の保険としてシルヴィアがいる。

剣士の腕が落とされた、感情としても戦術としてもここだというタイミングでシルが大規模な氷結魔術を使用した。圧倒的な火力での制圧。テレンスに匹敵する、とまではいかないが師団長クラスを除けば比肩する者はいない。

襲い来る冷気をイルゼが防御法陣を展開して防ぐ。体内魔力濃度を下げた状態ではシルの氷結魔術を防ぎきる防御法陣と望遠魔術の併用は不可能なため、一時的に望遠魔術の使用を中断する。体感する魔力の波から氷結魔術の威力の波を正確に把握し併用可能な防御魔術で防げるものとそうでないものに区分し中断時間をできる限り短縮する。経験とシルの魔術を事前に知っているからこその妙技。

イルゼはごくわずかな時間途切れた望遠魔術を再度使用する。視界に広がったのは白銀の世界だった。極低温に晒された地面や木々の表面に霜が降り季節を幾分か先取りした光景が浮かんでいる。戦闘範囲内全体に即座に視野を巡らせるがフィン・グレニスの姿はない。おそらく氷像と化しているのだろう。至近距離であの魔術を受けては、常識外の性能を持つ防御魔術を隠し持っていたとて防ぎきれない。

即座に戦闘範囲外に離脱した可能性も考慮し、もしそれが可能であれば即座に介入が必要となるため隠密性を捨て索敵魔術、いわゆる魔力探知を行使する。シルの大規模氷結魔術によって周囲の魔力がかなり乱されているが、予想よりも簡単にそれは見つかった。戦闘範囲内にある氷柱の一つに師団員でも自然物でもない魔力を観測する。先の戦闘でだいぶ魔力を消費したのか弱い反応ではあるが、むしろあれだけの術文字を展開していながら生き物として十全に観測できるだけの魔力を残していることにイルゼは驚いた。筆記魔術の消費魔力の大きさは王城内で治療を行っていた筆記魔術師たちの魔術から痛感していた。あれだけの強化魔術を用いながら周囲に多量の術文字を待機させていたフィン・グレニスの消費魔力は相当なものだったはずだ。

魔術の発動時間の短縮と消費効率の改善。テレンスが予見した筆記魔術の改良は予見通りに、イルゼの想像よりもはるかに進んでいた。

魔力探知に別の反応が加わる。一瞬警戒したが、どうやら敵の騎士のようだった。あの氷結魔術を防いだのかと思ったが、上空、氷結魔術の効果範囲外へ最短で離脱していたようだった。

イルゼはこれにも驚愕する。いくら魔力のうねりや索敵魔術によってこちらが大規模魔術を行使することを予見できていたとはいえ、それに対しておそらく瞬時に最適な魔術を判断し使用した。下手をすれば、このわずかな戦闘時間で展開されていた術文字により、こちらの魔術の詳細をある程度解析されていたのかもしれない。

(こちらの私情が大部分とはいえ、本当に早いうちに対処できてよかった。)

生け捕りなどと悠長なことを言っている場合ではない。この魔術が鎖国派の貴族たちとの戦闘で行使されうるとしたら、それこそ本国からの支援が無ければ戦線を開くべきではない。兵力差による勝利は揺るがないにしても、看過できない被害が出る。

(結果的にシルの感情による暴走が最適解を引き出した形になりましたが、それでよかったんですかね。)

おそらくテレンスはこれらの戦闘経験を通してシルの精神的な成長を期待していた。しかしこの結果はある意味でその目的から外れている。

(まあ矯正するなり活用するなりはあの男が考えればいいことですね。)

その役割は自分に回ってくるかもしれないが、知恵を絞るのは適任に任せておけばいい。騎士への氷結魔術の使用を見届けたところで、保険という役割は十分に果たされた。

さっさと帰ろうとも思ったが、傷ついた剣士の輸送には自分がいた方がいいだろう。師団員たちに保険が居たことがばれてしまうだろうが、優秀な剣士が時間経過で治療に難が生じて腕を失くすよりましだ。師団員たちに駆け寄ろうと足元に移動用の魔法陣を敷く。

―違和感。

思わず魔法陣を踏み外し、枝の上から落下する。

(なん、ですかこれは)

記憶と現状と知識のずれ。他国郊外の森林でただ一人、ならばこれは国内でも国外でも繰り返し行ってきた秘匿任務の最中のはずだが、隠形を解いている。噛み合わない。

そもそも任務内容を今自認していないことがおかしい。イルゼの得意分野である隠形は性質上、ばれたら終わりという綱渡りの戦場に立たされやすい。そんな中で生き延びてきたイルゼは常に周囲の状況を刷り込み続け、不測の事態への対応策を思考し続ける。任務中であれば半ば無意識で行っているはずのそれが途切れたような、休暇の昼下がりまどろみの中で一瞬眠気に負けたかのような現状にそぐわない猛烈な違和感。

そこへの膨大な自問と思考を続けようとした脳を強制的に切り替える。迫りくる直近の問題、地面への激突を避けなければならない。使用すべきは自身の落下速度を相殺するほどの風圧を引き起こす魔術。威力を高めれば人一人吹き飛ばし、落下により肉体を砕く凶悪な魔術を調整して使用する。イルゼほどの実力であれば本来は僅かたりとも時間をとらないはずの魔術の行使が混乱した脳と体ではひどく緩慢に感じる。

(背の高い木を選んでよかったですね。)

無事に魔法陣が地面に展開され、空気の膜に押されるように落下速度が相殺され傷一つなく地面に降り立つ。即座に木の陰に隠れ、一応の安堵に包まれた瞬間、再び猛烈な違和感に襲われた。

(記憶と思考が噛み合わない。)

テレンスに新人研修の保険として同行しろと指示された。シル達を援護可能な距離で尾行していた。この森林ならば北へ向かう街道の中でも待ち伏せに適した位置であろう。だが噛み合わない。それならば隠形は解かないはずだ。違う。

(北。この国は北部の国境付近に魔物対策として軍が配備されている。鎖国派貴族がそこに接触すれば戦力想定が書き換わる。その監視および妨害。)

移動を優先し隠形は最小限。高速移動用の風圧魔術と足場の防御法陣が噛み合わずバランスを崩したとは我ながら初歩的なミスをした。

胸の内で膨れ上がっていた違和感が急速に辻褄が合わせられていく。嘘のように。何の疑いもなく。

(ああ。失敗した。)

静かな失望とともに受け入れる。これは、完全に、してやられている。

法陣魔術には自然に干渉する魔術は多く存在するが、人の思考や肉体に作用できるような魔術は極端に少ない。これは法陣魔術が扱える系統が一人につき基本的に一つに限られることに起因する。自然に干渉する魔術であれば一系統であってもある程度の応用が効くが、人そのものに作用する魔術では専門的になりすぎるために、法陣魔術で扱うにはほとんど単一の魔術しか使用できなくなってしまう。例外として治癒魔術が存在するが高度な運用にはかなりの技巧と経験が要求される。法陣魔術における治癒魔術師はごく一部の精鋭だ。

一方で筆記魔術にはその手の制限がほとんど存在しない。万能と呼んで差し支えないほどの自由度をもつ筆記魔術では、人の記憶や思考に干渉する魔術が当たり前のように存在している。

もうすでにイルゼは、無意識に辻褄が合わせられた架空の任務を疑うことすらできない。

(致命的ですね。)

未知の魔術を扱う相手。しかもおそらくこの国における上澄みと呼べる存在を舐めすぎたのだ。敵魔術師どころか味方の魔術師も認知できない状況に追い込まれてしまえば、自分に与えられた任務など遂行できない。軍属魔術師として、これは明確に失敗だ。

即座に決断する。すでに状況は手に負える範囲を超えている。いつまで正気でいられるのかも、どこに敵がいるのかもわからない状況で、新人師団員たちを見失ってしまったこの状況は、イルゼ一人では対処できない。

物理的な距離が離れ、魔術の影響範囲外にいるであろう上司へ頼る。それが最適解だ。たとえ不完全な洗脳魔術にかかったようなこの状況が、居場所をあぶり出す為の罠であったとしても。

テレンスへ指示を仰ぐため広域通信魔術を展開する。

耳元に展開された魔法陣が、その効果を成す前に自壊する。

(ああ、これは。)

知っている。通信相手につながらない場合に起こる、魔術の不成立。

法陣魔術で行うのであれば想像もできないほど煩雑な過程を要する、いわば通信妨害。そんなことまでできるのか。

であれば。

ここからは任務ではない。護衛ではない。

「秘匿任務において君の生命が危ぶまれる危機的状況下では、僕は君に命令しない。僕は君の実力を信頼している。自分の実力と判断で、どうか生き延びてくれよ。」

テレンスから任務を負う際に必ず付け加えられる、師団において許されがたいこちらの命を最大限に気遣った言葉。それに背くことは少しばかり心が痛い。

(出来の悪い部下で、ほんと、ごめんなさいね。)

僅かな時間。覚悟を決めるまでのタイムラグの後、隠密性を無視してある魔術を使用する。

一瞬の間に膨大な量の魔法陣がイルゼの肉体を包むように展開され、魔法陣から発せられるわずかな光がイルゼの姿をくらませる。

瞬きの間もなくそれらの魔法陣が互いに互いを崩壊させ、違和感を残し何事もなかったかのように森林に暗闇が訪れた。

抵抗(レジスト)、とただ単にそう呼ばれる。

あらゆる魔術への対抗策。展開速度を限界まで高めた魔法陣を多重展開し、過剰な密度で設置された魔力線の反発により巻き起こる魔力のノイズで魔力そのものをかき乱す技法。

原理とやり方は単純明快であり、法陣魔術を会得した者であればだれもが理解できる。

反面、現状、抵抗を使用可能な魔術師は、魔術師団においてわずか5人ほど。

理由は二つ。一つは、魔力線の反発を巻き起こすほどの多重展開技術とそれに耐えうる魔力を身に宿している人間など、ほとんどいないこと。抵抗には50以上の魔法陣を展開する必要があるが、10を超える多重展開については治癒魔術と同じ、法陣魔術における特殊技能の域にある。抵抗に使用する自然干渉を目的としない簡易魔法陣であってもそれは例外ではない。

そして二つ目。抵抗には明確な弱点が存在する。魔力のノイズは例外なく周囲の魔力そのものをかき乱す。体内の伝達器官を流れる魔力は魔術師はもちろんそれ以外の人間にとっても生命維持に重要な役割を持つ。伝達器官は軟ではない。しかし、至近距離で、親和性が高いどころかそのものである自身の魔力で引き起こされた魔力ノイズを浴びれば、体内魔力は乱され伝達器官は悲鳴を上げる。

対策は簡単。体内を流れる魔力そのものを操り、高速循環させ魔力ノイズを打ち消す。

さて、自身の血管を流れる血液の循環速度を意図して瞬間的に5倍に引き上げられる人類は何人いるだろうか。テレンスはできるだろう。シルもいずれはそこに至るかもしれない。

だが、イルゼにそんな曲芸は不可能だ。

今、イルゼが何事もなく立っているのはただの、奇跡的な幸運に他ならない。

才能と絶技と曲芸を高度に掛け合わせた、わが身を保証しない切り札と呼ばれる類の技法。

その使用により、イルゼは自身にかかった精神干渉と思われる魔術の解術を期待した。

高密度に展開された魔力線の過干渉反発によって引き起こされる魔力ノイズ、自然ではありえない事象を、人の感覚器は聴力の限界を超えた高音が、聞こえないはずの異音が鳴り響いたかのような違和感として伝達する。

それを感じ終えたイルゼは落胆とともに意識を切り替え、即座に耳元に魔法陣を展開する。しかしそれもすぐに自壊する。

抵抗の使用によりイルゼの記憶に変化はない。広域通信魔術も成立しない。それはつまり、敵魔術師の魔術の影響下から抜けられていない。

(私が相手なら、自身の洗脳下で解術の素振りを見せたら、即座に殺しにかかる。)

この瞬間にも、敵魔術師からの追撃が飛んでくる。

迎撃か、退避か。一瞬の逡巡も許されない中、イルゼは直感を無視して選択した。

足元に大規模な魔法陣を展開する。

それにより針葉樹林の大地に光輝く巨大な魔法陣が出現した。

検知魔術。魔法陣範囲内の空間情報を光学と空気力学の範疇なら全て探知する、風と光の二属性魔術師であるイルゼ特有の絶対把握領域。

どれだけ魔力濃度を下げようと、光学系迷彩を用いようとこの領域内にいれば隠れることはできない。法陣魔術の性質上、存在を許されない確実な索敵魔術であり、使いようによっては切り札となりえる魔術。

かなり魔法陣を大規模に展開したため通常の使用では消費魔力が莫大になる。だが使用時間を短縮し、検知内容を人間に絞ることで連続使用を躊躇する程度の魔力消費に抑えた。

洗脳下であれ、空間内の情報精査を魔法陣に委託しているこの魔術であれば、敵魔術師及び味方を認知できるのではないか。

端から望み薄な希望は、想定通りに打ち砕かれる。これだけ広大に広げた検知範囲内の検知結果に、人間の反応はない。

急激な魔力消費に悲鳴を上げる肉体を無視して、敵の攻撃から少しでも逃れるために不定形の大円を描くような高速移動を開始する。

(抵抗が通用しなかった。洗脳のような今の状態は私の肉体に作用している魔術の影響ではない。抵抗を克服した魔術体系、は流石にいったん無視。考えても意味がない。あの人数を探知圏外へ移動させた。可能性はある。月の傾きを見る限り時間感覚は狂わされていない、と信じたいけど、そもそもの記憶に干渉されていたら意味がない。魔術によって得られる空間情報すら誤認させられる魔術の使用。あり得る。法陣魔術の自由度なら空間や情報そのものへの干渉、あり得るのか。いや洗脳とは噛み合う。空間情報自体の書き換えなら、あるいは。)

推測できる使用された魔術の種類はこの程度。いま持ち得る手札で打ち破れる可能性があるのは幸運か。

検知魔術ですら把握できない敵魔術師の存在。いつ迎撃されてもおかしくない。わけでもない。

これほど大規模にいくつか魔術を展開した。それでも敵魔術師からの奇襲はない。

迎撃できない可能性の方が高い。油断を狙っているのでなければ。

理性は、撤退を叫んでいる。だが、このまま帰れば敵魔術師が未知の魔術を使ったこと、そして有効な対策が無かったという事実しか残せない。

軍属魔術師として全く正しい判断ではない。思考が希望的観測に引っ張られている。

理解していながら、イルゼは選んだ。

イルゼもまた、魔術師団内における若き精鋭の一人である。才能は、シルヴィアにはかなわない。だが、隠形という死と隣り合わせの戦場が積み上げた麓の見えない経験の山が、代理副官の座と、その実力を確たるものとしている。戦場において身に沁みつきすぎた周辺観察。敵の魔術の渦中にあっても失われない本能がほんのわずかな違和感にもならない何かを訴えるその地点に、イルゼは迷いなく飛び込み、二度目の全賭け(レジスト)に身を投げた。

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