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騎士と隣の前線魔術師  作者: 日向の猫
プロローグ
10/11

10話

対魔術師用複合型内部解析魔術。

「―開胸。」

組み敷き、昏睡させた魔術師にフィンは複数の解析魔術を掛け合わせた魔術を行使する。

濃密な魔力に阻まれ、通常では解析どころか覗き見ることすらできない他人の体内を暴くフィンオリジナルの魔術。

接触し、両手がふさがるほどの術文字を常に記述し続けるという自身の安全を完全に無視することを代償として、フィンはこの魔術を行使していた。

この魔術の使用中は索敵魔術も行使できない。

時間をかければかけるほどフィンの安全は保障されなくなっていく。

そのためフィンは解析対象を体内に魔力を循環させる不可視の生体回路、伝達器官に限定していた。

人が魔力を扱うには脳から人体の各部位に神経のように張り巡らされた伝達器官を介す必要がある。

(何かを仕組むならここしかない。)

他人の伝達器官が拒絶反応を起こさないように自分の魔力を書き換えながら各部位に流し込んでいく。

(伝達器官のうち頚部の4本は未反応。手掌と手根、足根も違う。大腿部の2本にも反応はない。胸部の主要8本は微反応あり。やっぱり腕か。)

左右前腕の伝達器官に絞り細かく魔力を流し込んでいく。

前腕の中ほどを通る大きな伝達器官に魔力を流した時、昏睡している魔術師の手からわずか先の中空に魔力線が表れる。

(このあたりか。予想通りの多重行程。体内の伝達器官そのものへの仕掛け。)

先よりもさらに細かく調整しながら魔力を流し、仕掛けがなされた伝達器官の位置を特定していく。

同時に特定後に備え、伝達器官の形を読み取り解析するための魔術も記述していく。

法陣魔術の謎があと少しで手中に収まる。戦闘から奥の手の使用、精密を極める解析魔術の連続使用で削られたフィンの集中力がわずかに落ちた時、先ほど行動不能にした魔術師の声が耳に入った。

「リズ・カライトを見殺しにした気分はどうですか。」







シルの混乱は続いていた。

殺したはずの敵の魔術師がどこからともなく現れたかと思うと、大規模な魔術が行使され、一瞬で首から下の感覚を奪われた。

そして今、敵の魔術師の毒牙にかかる味方の魔術師を助ける術もなく地面に転がされている。

「なんなんですかおまえは」

首の角度を変え、何とか声を出す。成功はしたが声帯がうまく動かない。病気にかかった時のような掠れた声が出る。

敵の魔術師はこちらに一切目を向けず、ひたすらに術文字を記述し続けている。

(無駄ですか)

気でも逸らせればと思ったがうまくいかない。

だがそれはこちらに興味がないことも意味する。一撃で殺されなかった以上、この魔術師にこちらを殺す気はない。むろん、一撃で倒す術がなかった可能性もあるが。

(その可能性は限りなく低い。さっき使われた魔術はおそらく感覚を遮断するもの。国に喧嘩を売るのを避けるために、こちらを殺さずに動きを止めるだけの魔術を行使した。)

そこまで考えて思わず涙がにじんだ。

こちらは殺す気だったのだ。自分の持ち得る中で最高ランクの攻撃魔術を全力で行使した。この魔術師には対処する間も与えなかった。

あの騎士の怯えにも演技のようなものは見えなかった。

だから、それで気が緩まなかったと言えば嘘になる。

魔力探知を怠ったつもりはない。でもあれだけ膨大な魔術を使っていればいくら相手が格上であろうと違和感くらいはあったはずだ。

それに気づけず仲間の魔術師を組み敷かれ、もう一人の仲間と剣士は自分と同じように転がされている。また、自分のミスで。自分が気を緩ませたせいで。

復讐を果たすことも、剣士の雪辱を晴らすことも、仲間を守ることもできず、ただ邪魔になるからと、障害にすらならないからと立場だけで手心を加えられ殺されることもなく捨て置かれている。

悔しさですらない。ただよくわからない絶望と怨嗟で目が熱くなる。

このままでは終われない。

復讐に侵されながらもシルのもともと持つ理知的な面が告げている。

あのお人よしの師団長代理が未熟な自分だけにこんな重大な任務を与えるわけがない。

必ず保険がある。

なら今の自分の役目はその保険がこの悪魔のような魔術師に届くまで、願わくば息の根を止めるまで、魔術師の気を逸らし、仲間の魔術師たちを守り切ることだ。

自分が死んでも。

震える声を吐き出す。

「フィン、グレニス。」

出発前に教えられた憎き復讐相手の名前を。そして、その悪魔と懇意にする悪魔の従者の名前を。

「リズ・カライトを見殺しにした気分はどうですか。」

初めて、悪魔の手が止まった。




思わず、震えた。自分の役目すら忘れるほどの恐怖と怒りを、血がにじむほどの力で唇を噛み、痛みで感情を押さえつけながらなんとか留め置いていた。




「感覚遮断を受けてもしゃべれたのか。」

フィンが発した言葉はシルへの返答ではなかった。

感覚遮断は洗脳魔術と同じく禁止されて久しい魔術であり、フィンにしても使用回数が数度しかない魔術の一つだ。効果や影響は自身で十分に検証したわけではなく、あくまで禁止前の文献から得られた情報をもとに推測している。使用時の文献の数が十分に多かったため安全性については検証の必要がないと判断していたが、遮断範囲を絞った場合の連動部位への影響については再度検証が必要かもしれない。そう思いながら貴重な被験者が転がっている状況を都合よく思い、この魔術師への応答を決めた。

「意識は明瞭なのか。身体の感覚はあるか?なくても自身の肉体は認知できるのか?認知できるとしたら輪郭程度なのか、詳細なものがわかるのか?経験則的なものであくまでも感覚自体は完全に遮断されているのか?」

思いついた疑問を羅列しながら開胸の解析結果をメインに思考している状況ではまともに記憶できないと判断し、開胸使用中でも記述できる非常に簡易的な録音魔術を使用する。

「どうでしょうね。それをしゃべるほどおまえに協力的だと思っているならかんちがいもはなはだしいですね。それほど人の感情に疎いから味方を見殺しにしても平然としていられるのですか?」

感覚遮断されながらの喋り方に慣れてきたのか次第に聞き取りやすい声になってきた。

今回魔術師に使用した感覚遮断は手で触れた位置から下の感覚を遮断するようにしたが触れた位置の微妙な違いでこの魔術師だけが喋れているのだろうか。触れた位置までは記憶も記録もしてなかったが後で脳の記憶を探れば分かるかもしれない。

そもそも連動部位への影響が遮断範囲の大部分でなければ機能自体には問題ない可能性が高い。

肉体を完全に機能不全にしてしまうような魔術では全身どころか半身に使用した時点で生存率は絶望的に下がる。

肉体の生存機能を保全したまま感覚だけを遮断する魔術がなぜ声帯の機能を肉体の保全に必要であると判断したのか。肉体に作用する魔術が作用不作用の判断の線をどこに引いているのか。

一度術文字レベルに解体して組み直してみてもいいかもしれない。

フィンは片手間で思考しながら、当たりをつけた伝達器官部位に魔力を流す。眠っている魔術師の手の先の中空に完全な魔力円が出現する。

これはフィンが魔力円の記述に関わるであろう伝達器官部位を完全に絞り切ったことを意味する。それでフィンは感覚遮断魔術の効果影響に関する実験への興味が薄れた。

確実に伝達器官の形を読み取り記録できるように精密な探知と脳の記録容量の再整理を実行する。外部出力できる知識や記録は本として出力しながら最も多面的な記録が可能な生体メモリの容量を空けていく。同時に読み取った伝達器官の情報を読み込んでいく。

脳に記憶ではなく記録として読み込まれた情報をさらに解析にかけるための魔術の記述を始めた時、聴力の限界を超えた高音が鳴り響いたような異音のような違和感が鳴り響き、次に明確な破壊音が周囲にとどろいた。


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