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騎士と隣の前線魔術師  作者: 日向の猫
プロローグ
1/10

1話

王都郊外の大森林。

周りに住む住民であれば子供のころに必ず聞く話がある。

日が暮れてからの森に入れば神隠しにあい、もしくは森にすむ魔物やら悪魔やら魔女やらに襲われて二度と家には帰れない、等の要約してしまえば「夜の森には近づくな」という類の教訓話だ。

これは子供を夜の森に入れないための安全策でありほとんどは嘘だが、1つだけ真実に近い話がある。

森には魔女が住んでいるという部分だ。

真実と呼ぶには少し話に尾ひれがつきすぎているが、実際に森には一人の魔術師が住んでいる。

どのあたりが尾ひれかと言えば魔術師は別に珍しいものでもなく、子供を連れ去るような危ない人種でもなく、森の魔術師は周囲の住民とも交流がある立派な王都民であり、何よりもその魔術師は男であり魔女ではない。

魔女の性別が必ずしも女性というわけでもないだろうが、その真実を知ったそれなりの数の周辺住民は落胆するという嘘のような笑い話は存在する。


その大森林の魔術師の家へと続く道を走る一人の騎士がいた。

全身に軽装鎧を身に着け、腰には刃幅の広い大剣を身に着けている。

それだけ身に着けながら意外にも軽やかな足取りを見せる騎士は魔術師の家に着くと迷うことなく扉を開けた。


「フィン、居ますか」

思いの他高い声が響く。

玄関から直通のリビングとキッチンは閑散としており所々本が積みあがっている。

フィンと呼ばれた男はその奥にある扉の向こう、寝室にいたようだ。

不機嫌そうな顔でぼさぼさの赤髪を搔きながら出てくる。

「こんな時間に何の用だ。くそ野郎」

「いつまで寝てるつもりだ引きこもり魔術師。あと私は女だ」

騎士は頭部の鎧を外す。下から出てきたのは腰まで届く黒髪と陶磁のような白い肌、猫のような黒眼をした美人。

フィンは深緑の目を細めてその顔を睨みつける。

「外には出てる。引きこもりではない。」

「子供か。週に一度の外出は引きこもりを否定できるほどの効力はないですよ。」

図星を付かれたフィンは苦い表情を浮かべるが視線の鋭さは変わらなかった。

「うるさい。大体今日は訓練日でもないだろ。何の用だリズ。」

リズと呼ばれた騎士はその言葉に姿勢を正し顔を険しくする。

「襲撃です。フィン。開国派が他国を手引きして王都に襲撃を仕掛けてきました。」

「は?」

突然の報告に意識が追い付かないフィンにリズは続ける。

「王族が王都脱出に使う地下通路を利用して城内へ侵入。王族を人質にした後、城内の制圧を開始。城内に侵入した戦力が王室の守備に重きを置いていることから王室内で現王に開国を要求しているものと思われます。」

軍上層部への戦況報告のような口調でそこまで一息に話した。

フィンは混乱したままリビングに置かれた木製の椅子に座りこむ。

「随分無理やりじゃないか。そんなやり方で開国させたって貴族が黙っていないだろ。」

「開国派はかなりの数の貴族を味方につけているのでしょう。でなければ軍に一切勘づかせずに襲撃できるはずがない。」

「もしそうだとしても不自然だ。そこまでの数の貴族を味方につけているのならそもそも襲撃の必要がない。議会で押し切ればいい。」

寝起きで回っていなかった頭が仕事をし始める。現状への疑問点を並べるフィンに、リズが首を振る。

「開国派に賛同する人間は若い者が多い。これは貴族とて同じです。いくら議会で多数派になろうと年増の大貴族たちが反対すれば議会は通らないでしょう。第一、襲撃は起きてしまっているのです。今その思考に割いている時間はありません。」

いきなり押しかけておいて何を、と怒鳴りそうになったところを理性が抑える。怒鳴ってどうにかなるものではないし、怒鳴る相手はリズではない。

(焦ってるな。)

フィンはいつの間にか浅くなっていた呼吸を意図的に深くゆっくりとしたものへ変える。

「それでなんでリズがここにいる。」

リズは騎士といえど軍に属する人間だ。

開国派の襲撃があったのなら、本来こんなところに居ていいはずがない。

フィンは魔術師として軍の訓練に参加することもあるが、救援を頼みに来たとしたら話が遅すぎる。

目的が読めない。そう感じていたフィンにリズが答える。

「私がここに来たのは幼馴染を逃がす為です。フィン、一緒に国外へ逃げましょう。」

それでフィンはリズの意図を悟った。

「十中八九、ここから内乱になります。そうなれば軍属の私とフィンは上からの命令に逆らえない。都合のいい駒としていいように使われます。」

「開国派と鎖国派の戦争か。」

当然の帰結だ。強引な手段を用いて王に要求を呑ませたとなれば大貴族たちが黙っていない。

「はい。そして他国の狙いもおそらくそこです。」

議会を通しての開国に無理を感じ他国の力に頼ってでも無理やり開国要求を呑ませたい開国派と、内乱によって国を内側から消耗させ労せず国を取り込みたい他国。

両者の利害が一致したことで今回の襲撃が起こったのだろう。

「それで、リズの見立てではこの国はもう泥沼なのか。」

「はい。」

リズは常に勝ち馬に乗るタイプの人間だ。

国で内乱が起きようと軍に居て勝つなら軍に従うし、寝返った方がいいなら寝返る。

忠誠心などない。

そもそもリズが軍に入ったのはその腕力を活かして効率的に稼ぐ手段としてだ。

フィンはリズがどうして入軍時の精神検査を乗り越えられたのか未だに不思議に思っている。

そんな彼女が逃亡を画策しているということはそういうことだ。

この国に未来はない。

最後にダメ押しのようにリズが言う。

「フィン、今なら外を見に行けますよ。」

にっこりと笑って手を差し出すリズ。

「わかった。逃げよう。」

フィンは少し考えた後、リズの提案に乗った。



***








同国の260年による鎖国と平和に終止符が打たれ、終わりの見えない内乱の始まったその日はのちに「魔女の落日」と呼ばれる。

選ばれた者にしか使えないとされた魔術が全世界に普及し生活の中に浸透するきっかけとなった日であり、同時に大規模な魔術団体による抗争が表面化する要因となった日でもある。

高貴であった魔術を地に落とし、さらに魔術戦の激化により魔術への恐怖を知らしめた。

その中心人物として、後の魔術の世界で密かに悪名を語り継がれることになる者の一人に彼は居た。

魔術師フィン・グレニス。

魔術狂と呼ばれる彼は、沈みゆく国でただ一人の前線魔術師であった。

次話、翌日投稿予定です。

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